6.叡智と業火
「なら飛んで行くのが手っ取り早いであろう。暫しの辛抱だから、吐いたりするなよ翼」
イースがぶっきらぼうに言ったのと同時に、イースの体が金色の光を纏い、どんどんと巨大化していく。…そして、光が弾けるとイースの姿は竜王と呼ぶに相応しい者えと変わっていた。
…最初に見たときは、怖くてそれどころじゃ無かったけど、改めてみると巨竜って滅茶苦茶格好いいっ!!
………。
「ん?飛ぶってどう言う事??」
「………。」
何で何も言わないんだ。静まった空間に、イースの翼が空を切る音だけが通り抜ける。
ひときは大きい旋風が吹上、俺は砂埃に目を瞑った。…瞑ったのだが、次に目を開いたとき俺は雲の上に居た。
「…た、高い。ってイース!?飛ぶなら飛ぶで、ちゃんと説明してから飛べよ!!」
先程までの甲高い声とは違い、重く響く声が頭上から聞こえた。
「空を飛んだ事の有る人間などいないだろう。それに人間は初めてを異様に怖がる、我なりの気遣いだったのだが、杞憂であったか」
これも竜王様流の優しさだったらしい。…だけどね、イース。流石に鷲掴みされたままの飛行はちょっと…。せめて背中に乗せるとかさ、何か他の方法があったんじゃないか?
やはり、人間と巨竜で考え方は大きく違うらしい。
「お気遣い痛み入りますよ、竜王様。でも、俺の世界では人間も普通に空飛んでたぞ」
「何っ、人間が空を飛んでいる!?しかも、普通にだと…。ふ、ふん。翼よ、我を謀ろうとしても無駄であるぞ。人間が飛ぶなど有り得ん」
イースは(悠久の時を過ごす)とか言っていた割には、子供っぽく反論してきた。実は巨竜の中では、若い方なのかもしれないな。
どれ、ここは一丁竜王様にお教えして差し上げようか。
「本当だぞ。飛行機って言ってな、鉄で作られた、何て言うか…鳥?まぁ、そんな物に乗って飛ぶんだよ」
「鉄の鳥…。翼の世界の鍜冶士は常軌を逸しておるのだな。そんな物を作り出すとは。まぁ、所詮は鉄でできた鳥だ、我に敵うわけがないがな。一息で消し炭だ!」
鍜冶士、と言うと少し違うかもしれないけど、大体正解か。しかし、何を張り合っているんだこいつ?
………。
(さては自分より凄そうな奴が現れて、一瞬焦ったな?)
「…ははぁん。イースにも、なかなか可愛いところが有るな。もしかして俺の話を聞いて、ちょっとビビったな」
「あ、あまり冗談が過ぎると手を離すぞ!?少しは自分の立場を理解しろ、全く…」
イースの声が少し揺らぐのを、敏感に感じ取った俺は、調子にのって続けた。
(もう少しいじめてやるか…。)
「飛行機以外にも最あるぜ。ジェット機とかヘリコプターとかって、おぉっ!!?」
俺が言い終わる前に、イースの体が右に大きく揺らいだ。
「イ、イース!?冗談が通じなすぎるぞ、お前??確かに俺も、少し調子に乗ったけども!!」
焦る俺を他所に、イースは体勢を整え、空気を震わせる叫び声を上げた。
「とんだ挨拶だな。我を誰と心得るか、ロキっ!!!」
初めて聞くその咆哮は、怒りに満ち満ちていた。しかし、その怒りは俺に向けられたものでは無い。俺は、イースの視線の方向に目を向けた。
「君こそ僕を誰だと思ってるわけ?敗北者である蜥蜴の分際で、神である私に向かって、そんな醜い殺気を向けて来て。それに、いきなり名前をばらすなんて無粋な蜥蜴だね」
そこにはローゲと同じか、少し濃い紫の髪。それを後ろで結った美男子が空に浮いていた。しかし、ただの美男子では無い。怪しく揺らぐ赤い瞳には、異様な神威があり、それが彼の言っている事が真実で有ると証明していた。
俺は突然の神の登場に唖然としたが、直ぐに怒りの感情が腹の奥から溢れるのを感じた。
…イースが攻撃された事に対しての怒りか?自分でも理由が良く分からない。
(どうでもいい、さっさと奴を…奴を…。)
自分の声であるが、自分じゃないそんな声がエコーの様に頭に響く。
(さっさと奴を、殺せ!!!!!!!!!)
「…あっああああああああああああ!!?!?!」
「待つのだ、翼っ!!」
叫ぶと同時に俺は奴に飛びかかった、体が嘘のように軽く、燃えるように痛む。イースが何か言っているが、俺には届かない。
(どうでも良い、焼けようが、痛もうが。…今は彼奴を殺したい!!)
しかし、空中で放った俺の渾身の右ストレートはあっさりと摘まれた。俺は右の拳を掴まれた状態で、空中に留まった。手を放されれば、地面に真っ逆さまだ。
「へぇっ。噂道理、凄いねこれ。受け止めはしたけど、痛みを感じたの何て僕、久しぶりだよ。やっぱり楽しいねぇ、戦争はっ!!」
そう言うとロキは、俺を思いっきり下にぶん投げた。感じた事のない重力に乗り、俺の体が地面に沈む。
(がはっ!!?あぅあっ…。)
声にならない声が漏れる。体が動かないまま空を見上げる俺の視界に、黒い鳥の群れが飛び去る光景が映った。
『翼を溶かす者』。…確か幽閉された男が蝋で羽を固め、飛び逃げたけど、太陽に近付き過ぎて墜落死したんだっけ?
だったら俺は、どうして地に伏している?彼奴が太陽だとでも言うのか。
(嫌、違う。あれは只の賎しい神だ。俺の大切なものを奪っておいて、まだ足りないのか!!?)
知らない記憶が頭の中に流れ込んでくる感覚の中、しっかりとした声が聞こえた。
《究極スキル:復讐者を発動します》