プロローグ 勇者は重大なことに気付く
聖歴794年、6月7日、この日は俺が勇者としてこの世界に転生した日だ。そして今日、聖歴1000年、6月8日、俺はある目的のため魔王を倒した日だった。さて、こうなった経緯と転生してからのことをざっくりとまとめてみよう。
ある日のこと、俺はいつものように学校への道を歩いていると不意にドンッ!と言うような音が聞こえ、いや、ガンッ!か。とりあえず強すぎる衝撃を横から全身に受けた後、俺は地面に叩きつけられ目の前に血が広がるのが見える。
たぶん車に撥ねられたのだろう、まあ別に未練とか思いつかないからいいか。
そんなことを考えている間にも周りからは悲鳴とかが聞こえていたが、気にせず意識を手放した。
「・・・んっ、ここは?」
どのくらいの時間がたったのだろうか、目が覚めると俺は見知らぬ天井を、というよりも天井そのものがなく星空が見える空間に横たわっている。いや、浮いているが正しいか。
「・・・ああ、そういえば俺死んだんだっけ?てか死後の世界って普通アニメとかの桃源郷とか、雲の上とかじゃないのかよ」
そんな独り言をつぶやいて周りを見渡すが、何もない。と思っていると空、というよりも直接脳内に声が響いてくる。
『勇者に選ばれし者よ、あなたを新たな世界に導いてあげましょう。それに伴いあなたには魔王を倒すという使命が』
「いやいや、まず現状説明をして、あと自己紹介。その後にそっちの要件を言って、もう大体わかったけど」
おそらく神と名乗るであろう何者かの言葉を遮る。
『あ、はい。そうですよね。ニホンジンですものね。えー、こほん。私は女神フェイトです』
やっぱりね。予想通りだよ。
「うん、ところで姿を見せないのはなんで?」
『えっと、その、私、目を合わせて話せないんですよ』
「へー。・・・まあいいや。それで俺を勇者として転生させたいわけか、なんで俺?」
『それはですね、偶然あなたを見つけたからです。簡単に言うと勇者として転生できる適正を持っていたからですね。80億分の1人ぐらいで一万年に一人の超高確率ですね。ちなみにただ転生するだけならクラスメイトに一人ぐらいの確率ですね』
80億分の1って大体世界人口から一人じゃん、しかも一万年に一人ってどんな確率だよ。転生できる人との格差が大きすぎだろ。
『えっと、それでですね。あなたに勇者として転生してもらいたい世界についてですが』
俺が転生する世界のことについて受けた説明をまとめると、まさしくファンタジーの世界だった。エルフやドワーフ、獣人とかいうけも耳系種族がいること。
魔物がたくさんいてそれを倒すことで生計を立てる冒険者がいること。努力で得られる技能の他に職業や称号で習得できる魔法や技能、スキルがあること。しかも武器にレア度があったり、スキルとかにもレベルがあったりと、まあ他にもあったがとりあえすごく普通のファンタジーってことだな。
「えっと、それで俺が勇者として転生して、魔王を倒してほしいと」
『はい』
「それで?」
『え?』
「え?いやいや、無償でやるわけないじゃん。せめて予め何かしらの能力とか武器とかもらわんと」
『あ、えっと』
「あ、もしかして俺が『わかりました、女神様の頼みであれば全力を持って魔王を打ち倒して~』とか言うと思ってた?」
『は、はい・・・私の世界の人たちは聞いてくれてましたので』
ああ、どっかのお嬢様みたいな感じなのか。いや神か。とりあえず転生の定番と言えばチート特典だからそれの話をするか。
「・・・まあ、とりあえずどこまでできる?」
『え、えっと、基本的に世界やその世界に生きるものに直接干渉すること以外なら』
「んじゃあ、とりあえず、俺を不老長寿にしてくれ。不老不死じゃないからな。あと魔法とかスキルとかあるなら片っ端から習得させて」
『えっとですね・・・寿命の方は一応できます。ですが魔法とかを最初から習得させるのはできないです』
「え?なんで?」
別に無双ゲーになっても問題ない気がするんだけどな。
『世界のバランスが崩れるのでできないんです、潜在的なものならできますよ?』
「つまり努力次第で習得できると」
『はい、そうですね』
「んじゃあ、それで」
『わかりました・・・』
女神がそう言った後、俺の体が光り輝き、次第に光が収まっていく。これで特典をもらえたのだろう。実感ないけど。
『それではあなたの新たな人生が素晴らしいものであることをお祈りしてます』
「あ、はい」
そして俺は再び意識を手放す。
* * *
女神に転生させられ、勇者として俺はこの世界に新たな命として生まれた、というよりも目が覚めたら草原に一人立っていたが正しいな。それから近くの街で20歳になるまで普通の生活をし、その後約100年間は旅をしながらこの世界のことや魔物の研究、特に魔法の開発をしたりと魔王のことなど忘れて異世界生活を楽しんでいた。
それからさらに100年、世間では俺は最強の勇者や全知全能として認識されると同時に、役立たずとか奇人、変人などのマイナスの印象も持たれていた。
まあ、200年近く魔王放置して、人とあまり関わらなかったたらそうなるよね。なぜか避けられてたし。それにこの世界の人にも少ないけど勇者がいるから比べられているんだろうな~。
でもそのおかげで得たものはたくさんあったが、失ったものもあったな。結婚とか恋愛とか出会いとか、まるで青春すべて勉強に捧げた高校生みたいな感じだ。見た目はイケメン(自称)なのに何がいけなかったのだろうか。
そう、俺は200年たってやっと気づいたのだ。出会いがなかった原因は何かあった気がするが、忘れたな、うん。
「俺って、前世から彼女いないじゃん。童貞歴=年齢ってやばいじゃん、てか見た目十代でも年齢的にもうジジイ通り越して遺物だよ。あー彼女欲しい、嫁欲しいー。一夫多妻が普通の世界なんだから一人ぐらいいてもいいじゃんー」
そんなことをぼやきながら変な薬を作ったり、ごろごろしたり、ごろごろしたりと日々を過ごしていた俺だが、聖歴1000年6月7日の朝、俺は目が覚める前にとある夢を見る。それは、
『勇者、夜空よ。そろそろ魔王を倒しなさい、あなたをこの世界に転生させてから200年と少しの時が立ちます。すでに魔王はこの世界の大半を支配して』
「え、今更お告げ?」
『・・・お願いします、そろそろ倒してもらわないと私の領域にまで被害が来るので』
「じゃあ倒したら俺を転生させてもらえますか?3度目の人生ってことで」
『・・・わかりました、あなたが今の生を終えたらもう一度転生させます』
「あ、もちろん特典は今の俺の能力や装備は引き継げるようにしてくれ」
『はい、もうそれでいいので、早く魔王を倒してください。本当お願いします』
「はーい」
というような夢を見たので魔王討伐を決め、さっそく魔王城へと向かう。
城への道のりに障害となるであろう魔物がたくさんいたが、すでに世界最強の勇者となっている俺にかなうはずもなく、何事もなかったかのように魔王と対面することができた。
『ヨクゾ来タナ、勇者ヨ。我ガ軍門に下ルノナラバ世界ノ半分ヲ貴様ニ』
「どこの一作目だ。要らん、死ね」
俺は魔王の前口上を無視し、極位光・聖超魔法<廻る彗星>を放ちながら近づき自作の聖剣スターライトを振るう。それだけで魔王の防御した腕ごと肩を切り裂き、身体に無数の傷を負わせる。
魔王は息も絶え絶えに血を流しながら膝をつきながらも剣を掴み抵抗してくる。
『グガァァ、オノレ勇者メ!我ガマダ話シテイルト言ウノニ!ダガ、我ヲ殺シタトコロデ、我ガ娘ガ第二ノ魔王トシテ再ビ』
「うっさい、さっさと死ね」
『オノレェェ!!』
俺は魔王を真っ二つにし、再生できないようにさらに追い打ちとして何度も剣を振り降ろし肉塊に変える。そして生命活動が停止した魔王の体が光の粒子となり、その場にサッカーボールぐらいの大きさの蒼い魔結晶と魔王が持っていたのであろう魔剣が、俺はそれらを異空間に収納する。
「さてと、これで魔王は倒したしあとは国に戻って報告するだけだな。さて帰るか」
その後俺が拠点にしている街が属しているシャーロット王国の首都シャーロットに戻り、世界の英雄として崇め奉られることになったのは、まあ仕方ないだろう。
・・・その所為かさらに結婚とは縁遠いことになったのはなぜだろうか。普通こういうのって殺到されるんじゃ・・・
それからしばらく時間が経ったころ、世界から魔王の脅威がなくなったことで、変異種と呼ばれる強力な魔物も姿を消したらしい。これで世界に平和が戻ったと言ってもいいだろう。
さてと、今の俺の役目は終わったということで、俺は世界会議に出席し各国の王を前にして宣言する。
「俺、そろそろ死ぬから、あとよろしく~」
「「っ!?」」
「俺の隠れ家とか聖剣とか使えるなら使っていいよ。あ、でも管理とかはここにいる国で共有したりとか、まあうまくやって。じゃあさよなら~」
「なっ!お待ちください勇者様!」
俺は会議に出てた各国の王や重役たちが驚きながら引き留めるのも聞かず、部屋から出て行く。こういう時にテレポートとかの魔法があれば便利なんだけどな。
この前女神に聞いたところ、『大都市におかれているような転移門はいろんな条件があるので世界のバランスが崩れることはないのですが、夜空様が言うような魔法は無理ですね。似たようなものならギリギリ大丈夫ですが、そんなチートは私でも使えないですね。それよりもなんで私に直接連絡できるんですか!?私でさえ夢に出ないと世界の住民に語り掛けれないのに』と言うことがあった。
俺の調べた限りだと魔法って基本的になんでもできるはずなんだけど、てかなんか魔王を倒した後俺に対して様付けで呼ぶようになったのは気にしないでおこう。
シャーロット王国から約300kmほど離れた小さな村にある俺の家に帰ってきた。
「さてと、ここで死ねばこの体の死体とかの処理は誰かがしてくれるだろう。・・・一応遺書書いておこう」
俺はさっき世界会議で言った俺の遺産についてのことや、俺の死体のことについてなどの遺書を書き、楽に死ぬための毒薬をありったけ服用してベッドに横になる。毒耐性LvⅩあるけどさすがに効果があったらしく5分もしないうちに意識が遠のいて行った。
目が覚めると懐かしい星空の空間に浮かんでいてどこからか女神の声が聞こえてくる。
『夜空様、本当にいいんですね、このまま死んでしまって』
「え、いいよ。てかはよ転生させて。あ、特典とかは前回の引き継ぎはもちろんだよね」
『えっとですね、能力はまた潜在的なものでして。装備はすでにこの世界の人によって保管されてしまっていまして・・・』
「まあ、そっか仕方ないな。んじゃまあさくっと転生お願いしまーす。あ、もし次会うことがあるなら今度は夢じゃなくて直接姿を見せてねー」
『・・・わかりました。それでは夜空様に良き出会いがありますように』
女神がそう告げると再び意識が深く沈んでいく。
さあ、俺の三度目の新たな人生が始まろうとしている!
『・・・夜空様、あなたは今度こそ前へ進んでくださいね』
意識が完全になくなる前にそんなつぶやきが聞こえた気がした。