僕の―電脳《浸食》現実―バトルフィールド
今の現実が、近未来を感じさせるように変貌して早4年。
世界の電脳空間は、暴走したAI(人工知能)群に占領されていた。
その原因である、AI技術とクラウド技術、P2P技術などを駆使して作られたオープンワールドゲーム「重戦機 バトルフィールド」。売りであったAIによる自己成長プログラムが暴走し、ウィルスの様に感染してき、がんのように増殖をみせて、今やそれに感染していない電脳空間はないと言っていいほどだ。
ゲームが元だったせいか、それは歪な電脳空間を構築し、目的というものもなく、ただ誰にも制御できない状態で拡大していっていた。
その過程で発生した優れたAI群は、人に恩恵と損害を与えている。
そんな世界だけど、父さん、母さん、中学生3年生になった僕は、今日も一人でなんとか生きています。
「よう、束頁。今日はみんなでカラオケに行こうって話になったんだけど、お前もどうだ?」
放課後、僕の苗字を呼んで遊びの誘いをかけてくれるのは、面倒見が良いと評判のクラスメイトだ。その後ろには、同級生が5人ほど。
せっかくの誘いだ。本当なら、クラスでの付き合いを考えると遊びに行った方がいいのだろうけど、そうもいかない。集団行動が苦手な僕には敷居が高いのと、何よりそんな余裕が無い。
「ゴメン。今、余裕がなくてさ。また今度」
そんなセリフとともに校舎を出ると、春らしく桜の花びらが咲き乱れ、散っていた。
ヒラヒラと舞う花弁の中、僕を待ち構えてたかのように、一人で立っている女生徒。
黒く長い髪と白い肌が特徴的な、きれいな少女だ。
ウチの生徒みたいだけど、知り合いという訳でもないし、忙しいから会釈だけして通り過ぎよう。
そして、会釈をした瞬間――
「貴方は、まだそんなに微睡んだ目をしているのね。自らが招いた運命は、直ぐそこまでせまっているのに」
――よく、わからないことを言われたような気がした。
その言葉に、後ろ髪を引かれるような思いだったけど、やっぱり時間も無いので急いで帰ろう。
そうそう、家に帰る前に夕食と朝食を買っておかないと。
立ち寄った店は、小さなお弁当屋さんだ。味もよく衛生面も抜群に良いと評判のお店だけど、一番特徴的なのは何と言ってもこれだろう。
『おお、光。夕飯の買いものか?』
気軽に名前を呼んできたのは、モニターに映し出される恰幅の良いオジサンの映像で、ここは人が誰も居ない自動化された店内。
そう、この店はAIと電脳空間が発達した結果誕生した、「完全な」無人AI店舗だ。これこそが、暴走したAIが生み出した恩恵の一部。
「はい、それと朝食の分もお願いします」
『ああ、なら日替わり定食と、朝食ベーグルセットでいいか?』
「はい」
そして、一分で出てくる弁当類。完全な機械化調理は、カップラーメンも超える超速料理ってうたい文句も間違いじゃないな。
『そうそう、今日はこの後、「こっち」に来るのか?』
もちろん。その為に、今日は急いで帰っているんだ。
「ええ、今は色々と入用な時期で、ちょっと稼がないといけなくて」
『お前も大変だな。まあ、時間があったらこっちにもよってくれや。アイツも会いたがってる』
誰かが僕のことを待っていてくれる。そう言ってくれるだけで、僕にとっては嬉しいことだ。
「はい、ぜひうかがわせて頂きます」
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以前は家族とともに暮らしていた寂しい家に帰りつくと、ご飯を適当に冷蔵庫に突っ込んで何時もの場所へ向かう。
無機質でパソコンしかない僕の部屋は、無人店舗より殺風景という他ない。
VR機器を身に着けそれを起動すると、何時ものソフトを起動すると、画面には「重戦機 バトルフィールド」という文字が浮かぶ。
それ見て僕は、4年前までは世界的な人気を博していたゲームのタイトルだったのにと、いつも感慨深く思ってしまう。
そんなことを考えていたら、一瞬の暗転、それから眼前に見えるのは簡素で少し古風な日本の街並みだ。
僕は、そんな街から外れる様に操作する。
途中のガラスに映っているのは、今の僕をほぼ完全に再現したPCだ。いつもながら似ていると感心してしまう。
そんなPCで街の門に近づくと、顔なじみの門番のNPCが挨拶をしてきた。
「やあ、今日も害獣機を退治に行くのかい? それなら残念ながら、今の非戦闘エリアには害獣機が居ないと連絡を受けているよ」
これが唯のゲームだった時、見向きもしなかった敵の「害獣機」も、今の僕にとっては生命線だ。居ないからと言っても、引き下がるわけにはいかない。
「ええ、ですけどそれでも問題無いですよ。今日は非戦闘エリアでは無く、防衛ラインまで出向くつもりですから」
「そうかい、束頁君なら釈迦に説法だろうけど、仕事だから説明しとくね。防衛ラインから先は、自衛隊の戦闘区域だ。行くのは自己責任。誤射されても文句は言わないように」
冗談交じりにしゃべることができるNPC。これは、NPCが個別人格AIで制御されているから出来る芸当で、定型文以外でもしゃべることができる。これで見た目も人と変わらないっていうのだから、これはもう人間だと僕はいつも思う。
「もちろんわかっています。じゃあ、行きますね」
「はいよ。キミのご武運を願っているよ」
そんな言葉を背にして門を出たら、本番だ。
浮かぶ戦闘コマンド、そこに書かれた文字は「起動」の二文字。当然、それを選択すると、PCの周りは一変した。
僕の目線は、はるか高く10mは上昇し、周りは固く厚い金属壁に囲まれ、周りには電子機器と操作盤が並ぶ。そこから、周囲の外景を投影するように、さっきまであった金属壁の映像を塗りつぶしていく。
この感覚、まるで空に浮いているようだといつも思う。
『重戦機「スオウ」、補助AI「イソラ」、起動しました』
改めてぼく(PC)が乗っている二足歩行型戦闘兵器「重戦機:スオウ」の全身を見てみる。全長10mにもなり、各種重火器と近接武器を備えた対害獣機兵器だ。
そして、ゲームでは適キャラとして出てきたのが、害獣機だ。様々な形態があったけど、その行動基準は単純で、街を襲うってことだ。
これらが、このゲームが唯のゲームだったときのメイン。二足歩行ロボットと園的だ。このゲームはそのリアルさと、実際の機体にのって操縦しているような感覚を味わえることで、人気を博していた。
今とは違って、本当に、ただ遊ぶだけのゲームだったのにな。
……よし、いつも通り動くな。装備もいつも通りだ。
「それじゃあ、行こうか。目的地は防衛ライン外、害獣機の討伐だ。そこまでのナビを頼む」
『了解。目的地、防衛ライン外、害獣機戦闘区域、ナビゲーション、スタート』
「スオウ、発進する」
背中に着いたブースターを点火し、地を飛ぶかのように滑走する。そして、それが合図かのように、僕はこのゲームだったものへ埋没していった。