人魚の帰郷
海底行きの電車に乗り込んで18分。景色はどんどん濁っていく。
久し振りに帰るのだ。
薄暗い、嘗ての住み処に。
周りにあるのは魂を持たずに死んだ何かの墓ばかり。
昔は花を手向け、懸命に弔いの言葉を呟き続けていた。
ただ、今は、そこに魂どころか躯が埋まっているとも思えない。
墓の中身はからなのだろう、と過ぎ去る墓標たちを流して眺めながらぼんやりと思う。
毎日喪服に身を包み、光の届かない海底で生きていた、わたしの青春時代。
久し振りに帰るのだ。
わたしは眼鏡を手に入れた。
これで嘗て歪んでよどんで見えていた景色も本当の形が見えるだろうか。
いや、見えなくていいのだ。
わたしは今はもう海の外を知っている。
海の外には空がある。
空は、広がる暗闇の時にすら灯りが散らばっている。
それを集めて宝石箱に詰めて時が来るのを待っているのだ。
いつか集めた宝石でふたつ指環をつくるのだ。
そうすればあのとき見た闇すら飲み込む灯りを永遠に身に付けることができるのだろう。
だからもはや正しくなんて見えなくていい。
夢を見ている間に電車は終点へ到着する。
周りは相変わらず仄暗い海の底だ。