いない朝
◇◇◇
誰にだろうと等しく朝は来る。
鳥の鳴き声。
人々の小さな喧騒。
希望の光。
けど、ひどく寝覚めの悪い朝だった。
――だって、そうだろう?
「やあ、おはよう」
「……なんで俺のベッドの中にいるンすか、マルドゥークさん」
その人との距離、わずか50センチ。
狭いベッドの中で、見つめあう二人。
彼の瞳は力強く透き通り、ずっと見ていると吸い込まれそうになる。
整った顔に、ポッ、と赤みが差す。
なぜ?
「いや、年相応の実に可愛らしい寝顔だったのでね。ずっと見ていたくなった」
「なにいってんすか?」
「この状況を理解できないのは分かるが、消去法で考えたまえよ。キミが私だったとして」
「ありえませんけど?」
「まあ、聞いてくれよ。……連日の戦闘と見張りでさすがの私も疲れていた、としようか」
「意味がわかりませんが?」
「で、そこに都合よくベッドがあるじゃないか? となれば、私はどうするのがいいだろうか?」
「そんなの知りませんよ、何で俺のベッドに潜り込むことになるんですか」
「キミはずいぶん大胆だね。まさか、寝ている女性のベッドに潜り込めとでも?」
「男のベッドになら潜り込んでもいい、とでも?」
「ハハハ。面白い男だねえ、キミは」
「やめてください、セクハラで訴えますよ」
あと、いい加減、俺から視線はずして。惚れてまうやろ。
やれやれ、と笑って、ベッドから起き上がるマルドゥークさん。
……朝が来た。
俺たちが馬鹿なやりとりをしているうちに、フランさん、サーシャさんも起きたようだった。
サーシャさんは起き抜けに隣にいる誰かに、
「おは」
よう、と続けようとしたが、すぐに気づいて、なんとも言えない悲しい顔をした。
マアトがいなくなって1日が過ぎた。
……たった二日しか一緒にいなかった存在だが、ぽっかりと欠けてしまった。
壊れたおもちゃのように歪で、悲しい光景。
今まであって当然だったものがなくなる。
なんとかしてやりたい。
「ふにゃあ」
寝ぼけているのか、獣人モード全開のフランさん。
身体を丸くして、布団に突っ伏していた。
マルドゥークさんがゆっくり近づいていった。
「おはよう」
「ふぁい、おはよーごじゃいまふ……って、ままままマルドゥークしゃま!」
シャキン、と起き上がる。
たとえるならその動きは、仕事中、上官に眠っていたところを見られた哀れな軍人が懸命に自分の勤勉ぶりをアピールするかのごとくであった、と俺は解析する。
「おはよう」
「お、おはようございますです、今日も気持ちの良い朝ですね! 尻尾もふりんふりんですよ!」
微妙に顔の赤いフランさんがそれをごまかすように尻尾をぐるぐる回して妙なダンスを踊った。
それをにこにこ笑って眺めるマルドゥークさんは、だいぶ顔色も良かった。
「……楽しそうだね」
そんなふたりの様子を見ていたサーシャさんが二人に聞こえるように、ぽつりと呟いた。
「あっ……ご、ごめん。サッちん」
空気が重い。察したフランさんがすぐに謝る。
「サーシャさん」
「なに?」
「だいじょうぶですよ。見つかりますから」
「……だと、いいけど」
その後、おかみさんが朝飯を届けにきた。
マアトの不在に気づかれたが、なんとかごまかした。
フランさんが騒ぐ。マルドゥークさんが聞く。
サーシャさんはいつもより口数が少なかった。
朝飯は、パンだった。相変わらず美味しかった。




