妖怪VS悪魔
遅めの投稿です。
◇◇◇
周囲の戦闘が激化していき、虫たちがその数を減らしていても、対峙した二人は意に介さなかった。
「……じいさん」
影の男エスクードが懐かしそうに呟く。
「息災か?」
鼠のじいさんが話し掛けた。
「ええ、おかげさまで」
「そうか」
じいさんはその短い言葉を聞いて、安心したように、ふっ、と身体を沈ませると――
「はぁぁっ!」
電光石火の早業でエスクードに肉薄、刀を一閃する!!
「ッ!」
ぎぃんんっ。
じいさんの唐突な攻撃を、エスクードは纏った影で受け止める。
どうやら弾性のある影らしく、しっかり刀を受け止めているのに、消えたりはしていない。
「いかんなぁ。総大将が、最前線に出てきては」
小柄な老人はぎりぎりと刀で影と鍔迫り合いをしながら、眼前の不気味な人物に対し、まるで久しぶりに孫にでも会ったような明るい口調で話し掛けている。
「あなたにだけは、言われたくありませんよ」
「違いない」
カカ、と笑う。
ぐんっ、と刀が押される。
「むっ?」
ふいにエスクードが空気に紛れ、実体を失う。
反発する力を失った刀がするりと宙を斬り、地面を斬りつけた。
どごん。
地面が爆裂した。
ふたたび、影が、離れた場所に人の姿を形作る。
「……相変わらずですね、あなたは。まるで、化け物だ」
「化け物はおぬしじゃろ?」
軽口を叩いたじいさんが、すぐ距離を詰めようとする。
「チッ!」
させじとエスクードが指先を向ける。
ドドドドン!
幾筋にも伸びた影が、黒い針のように隆起する。
「オギュェェ!?」
ドスリ。
運悪くじいさんとエスクードの間にいたカマキリの何匹かが影の針に貫かれた。
緑の体液が滑り流れ、じたばたもがいている。
「邪魔じゃ!」
じいさんに斬られた影が、どろりと力を失う。
生贄も細切れになって弾ける。
疾駆するじいさん。
刀が揺らいだ。
「神薙流・滅殺」
「ぐっ!!?」
一閃の斬戟は、計8発。
目で追えないスピードで幾度も迫る刀を、歪な影が受け止める。
夜の闇に影の軌跡が千切れとんだ。
「ほぉ、今のを受けきるか。……強くなったな」
じいさんが心底、感心した、という風に言った。
「あまり奥義を連発するのはやめてもらいたいですね」
「なぜじゃ?」
「死んでしまいます」
「そうか」
会話の合間にも、遠慮なく刀を振るうじいさん。
対するエスクードも、それを影で器用にいなす。
「わしはな、おぬしの選んだ道に文句は言わん。おぬしの生きる道だからな。好きに生きればよい」
「でしたら、その刀を納めて、放っておいてくれませんかね」
「それはできぬ相談じゃな」
じいさんが踏み込んで、一刀する。
エスクードは影で受け流し、お返しとばかりに業火をじいさんに向けて数発、放つ。
炎はじいさんに命中せず、びゅんと振られた刀によって霧散する。
「殺戮を由、とするのがおぬしらの教理か?」
「いいえ。我らの目的は殺戮にあらず。殺戮など、我らが救いのための手段に過ぎません。我らには、滅びの使徒様の御力が必要なのです。それは、あなたもご存知のはずでは?」
「滅びの使いなどと、いもしないものに縋り、救いのために滅びを求めるか?」
「いいえ、いらっしゃいます。私は、見つけたのです。滅びの使徒様を」
「そう思いたいだけであろう、エスクードよ」
「今は、ベイルです。終末教団、7司教の一、災厄。お見知りおきを」
「おぬしの肩書きなんぞに興味は無い」
「そうですか」
影が尖り、命を奪う凶器へと変貌する。
それは、じいさんの刀によく似た形だった。
「ほお?」
「真似ごとでいいなら、こんなこともできるんですよ」
エスクードが影でできた刀を操る。
打ち合い、ひしゃげ、なお、影もじいさんもひるまない。
連閃、閃戟。
命を賭けた奪い合いだ。
「おぬし、なぜ、わざわざエスクードと名乗った?」
「……さあ」
「わからんのか? 自分のことじゃろう」
「何故でしょうね。ひょっとすると、あなたに会いたかったのかもしれませんね」
「ふん」
じいさんが笑う。
お互いの一撃は、どれもが喰らえば必死のはず。
にも関わらず、どちらもいまだ立っている。
ときには笑い声さえ聞こえるその一角は、別の戦場のようだ。
スピードは圧倒的にじいさんが上に見えるが、エスクードは手品だか知らないが、影による瞬間移動によってその差を埋めている。
近寄れば離れ、離れれば近寄る。
決着の付きそうで付かない戦いに、間抜けにも俺は見とれていた。
「あ、ああ! ギルド長! こんなところに! はやくお助けしなければ!!」
今更になって、じいさんのお付きの人がハァーハァー言いながら現れた。
顔面がだいぶ蒼白い。
「助けるって、あれをですか? 無理でしょ」
折れた木々、陥没した地面、砕け散った岩、逃げ惑う動物、虫、冒険者。
二人の戦いは激しく、ときに周囲を巻き込んでは、いまだ続いている。
「しかし、ただ見ているだけというのは」
「うーん」
と言われても、助ける手段が見当たらん。
応援することぐらいしか……
て、あれ??
マアトは、どこにいった??
(さっきまで俺の傍にいたと思ったのに)
見渡しても、小さな姿を見つけられない。
じいさん達の戦いに気を取られている間に、どこかではぐれてしまったのかな?
まあ、サーシャさんと一緒にいるんだろう。
(というか、サーシャさんもいない?)
あの人がはぐれる、というのは考え辛い。
じゃあ、どこに?
「……さて。そろそろ引き際でしょう」
「なんじゃと?」
じいさんとの戦いを楽しんでいたエスクードが、戦いの手を止め、小さく呟いた。
「撤退します」
「……む、まだまだこれからじゃろうに」
刀をあれだけ振り回していたにも関わらず、余裕たっぷりのじいさん。
体力無尽蔵か。
「私の用意した虫は、あらかた倒されてしまったようですし。一人、いや、二人ですかね? 厄介なのがいますね。誤算でした。このままだと、残っている方々に、私がタコ殴りにされてしまいます」
エスクードの言った通り、あれだけ居たカマキリたちも、だいぶ数を減らしていた。
まぁ、マルドゥークさんが手当たり次第に倒してたからな。これでも、持ったほうなのかもしれない。
まだ残ってはいるが、後は、掃討するだけだろう。
「なに、手出しはさせんよ」
鋭い目のまま、笑うじいさん。
だが、エスクードは挑発に乗らなかった。
「目的は達しましたし、今日はこの辺で。決着はまた後日。それでは、ごきげんよう」
影の気配が薄れていく。笑い声が不気味に響く。
じいさんが刀を振るうが、手応えなく、スルッとすり抜ける。
完全に消え失せた。
「ふん……逃げたか」
鼻を鳴らすじいさん。
刀をびゅん、と振って納めていた。
周りの戦闘音も、いつの間にかしなくなっていた。
「ギルド長! ご無事ですか!」
お付きの人が駆けていく。
気づいたじいさんが手を上げる。
「疲れた。わしを馬に乗せよ」
「い、いえ。ここには、いないですよ」
「なら、おまえが背負え」
「えっ?!」
「疲れたと言ったじゃろ。おんぶ」
「は、はいっ!」
お付きの人に背負われるじいさん。
完全に見た目通りの老人と化していた。
談笑する冒険者たちの声がようやく届く。
戦いが、終わったのだと実感する。
足元にはカマキリの骸。
爆発するなんてことはなかった。
「ルド!」
いないと思っていたサーシャさんが駆け寄ってくる。
なんだか、慌てた様子だ。
「マアト、見なかった?」
「え?」
「いないの、どこにも!」
サーシャさんが必死に訴える。
いない?
「ちょっと目を離したら、いなかったの! それで、えっと、探しまわったんだけど、どこにもいなくて! どうしよう、ねえ、どうしたらいい!?」
「落ち着いてください」
彼女をなだめる。
深呼吸してもらう。
「あの子、さっきまで俺の傍にいたんですけど」
「う、うん。それで、ちょっと目を離したら、もういなかったから……」
「探してたんですか」
「ごめん、わたしのせいだ。わたしが、気を抜いたから」
「いや。俺だって――」
何だ?
俺だって?
気を抜いた?
違うだろう。
「もう一度探してみましょう、まだ探していないところがあるかも」
大所帯だし、見落としていたり、どこかに紛れている可能性もある。
「う、うん。ありがとう」
不安そうな顔を見せたサーシャさん。
いつも飄々としている彼女のこんな顔を見るのは、初めてかもしれない。
初めて?
いや。
今までも、こんな顔をしていたこともあったんだろうな。
俺が、きっと、見ようとしなかっただけなんだ。
じいさんがめっちゃ強くなってしまいました。なぜこんなことに……




