表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30代ニートが就職先を斡旋されたら異世界だった件。  作者: りんご
第五章 変わる日々
91/96

虫なんてそんなもん


 ◇◇◇


 耳障りなシャーという連鎖音。無数の黒い甲虫。

 向かい合う黒い影たちの正体は、昨日の蜂とは違うやつで、見た目は、カマキリに酷似していたが、大きさが怪物級だった。

 どいつもこいつも、身長が1メートル半を超えてる。

 背の低い大人くらいの、数百にも及ぶそいつらが、器用に後ろ足を使って直立し、ぞろぞろと軍隊のように整列し、両手の巨大ガマで俺たちを威嚇しする様は、嫌悪と戦慄を呼んだ。


「圧巻だねえ、こりゃ」


 大して脅威を感じる風でもなく、マルドゥークさんが呟く。

 

 にらみ合いも一瞬。


 初陣を切ったのは、敵の方だった。

 数匹のカマキリ部隊がこちらに突っ込んできて、行軍を開始する。


「皆の者、気を引き締めよ!!」


 ギルド長のじいさんが叫んだ。

 呼応するように、オオオォー、と皆の士気も高まる。

 ――乱戦だ。


 各所で刃の音、衝撃音、ついで、何かが燃える音、大気を裂く音が木霊する。

 ただ、このカマキリも、そこまで強いものではないらしい。大して苦戦している様子も感じられず、俺たちの方が優勢のようだった。


「わしの刀を」

「はっ、はい!」


 お。

 とうとうじいさんも動くようだ。向かってきた3匹のカマキリ達に慌てることなく、その身に不釣合いな刀をお付きの人から受け取っていた。


「うむ。では、久方ぶりに暴れようかの。よっと」


 白馬から降りたじいさんは地上で、数歩ほどよろめいた。

 大丈夫か、あのじいさん。


「さて」


 ぴぃんと、大気が張り詰めた――ような気がした。


「神薙流、落葉の型」


 抜かれた刀身が煌き、バネのようにその小さな身体がしなった、と思ったら、ふっ、とじいさんの姿が消える。

 一瞬で遥か彼方にいるじいさん。

 納刀の様子がスローモーションのようだ。


 そして――


「おぎゅぎゅぎゅぎゅえええええ!!!」


 ぼんぼんぼん。

 意味不明な絶命の叫びを上げて、カマキリたちは文字通り、破裂した。


「どんどんかかってくるがよいぞ! 光栄に思え、今度のも、とっておきじゃぞ?」


 じいさんがぐるぐると回転しながら、勢いよく刀を地面に突き立てる。

 地面が割れた。

 割れた裂け目は津波のごとくカマキリの群れに押し寄せていき、どんどん飲み込んでいく。

 絶叫。


「ギルド長! 無茶しないでください!」

「ほほほ、楽しくなってきたわい! 奥義の大安売りじゃあ!」


 お付きの人は悲壮感が漂っていたが、じいさんは生き生きとしていた。

 次々にカマキリを倒していくじいさんは、今、生きていた。

 どれもが違う技で、おそらくは長い時間の果てに、会得したであろう技の数々。


 ……すげえな。


「ザコどもの経験値、もらったあああ!!」


 どうしているだろうと思った矢先に、狂乱したマルドゥークさんが目に付いた。

 長剣を抜刀、迎撃がてらに、ぼん、とカマキリの首を刎ね、さらに円を描きつつ、手近な数匹に切りつけていた。

 崩折れ、両断され、ぶっとんでいく。

 こういうときは頼もしい。

 

「くはは!! 私には近づかないことだ! もっとも、私の経験値になりたいのなら別だがね!!」


 たぶん、その言葉は、みんなに向けたものだろう。

 周りの冒険者が息を呑んだ。

 アレを初めて見た人は衝撃的だろうな。


 力強く、流れる動作に無駄が無い。

 なんか楽しそうだし、あの人は放っておいても心配なさそうだ。


 きぃんきぃん。


 おっと、悠長に他人の観察なんかしてる暇はなかったか。

 いつの間にか、近くには何体かのカマキリの集団。

 囲まれたか。


「こいや、化け物め」


 短剣を抜き放って、カマキリを迎え撃つ。


「おとーさん!」

「俺だって戦える。心配するな」


 力に任せてがむしゃらに剣を振るう。

 こいつらの動きはそれほど速くない。目で追える。

 なら、俺でも十分対応できる、はずだ!


 ざん。


 思ったより柔らかい虫皮に、刃が通ってくれた。

 あっさりとカマキリの頭が胴体と別れを告げた。 

 首はころり、と転がって、緑色の液体を垂れ流している。


 カマキリどもが狼狽しているのが手にとるようにわかる。

 俺が戦えるのが不思議か?


 一体倒したので、要領がわかる。

 基本的に首を狙うと、刃が通る。電池を奪われたみたいに、動かなくなる。

 びゅんと振るわれるカマを受けないように落ち着いて、向かってくる一匹、二匹、に、カウンターで斬りつける。

 傍のマアトに緑の体液がかからないように気をつけないと。


 飛びかかってくる奴は、すばやく蹴り飛ばして地面に倒れたところで、頭を踏み潰す。

 ―――心地いい。


「こういうのを相手にするなら、ナイよりロングソードのほうが良さそうかな」


 今度、店に行くことがあれば買ってこよう。短剣は、俺の性には合わないかもしれない。


「すごいすごい!」


 マアトが興奮してぱちぱちと拍手する。


「おとーさん、かっこいい」

「そうか?」


 称賛が飛んで、こそばゆい。

 しかし、冒険者ってのはいいな。みんなこんな良い思いをしてたのか。

 最高の職業だな。金までもらえて。合法的に殺せて。


「えっ」


 マアトが驚いていた。


「なに?」

「う、ううん。なんでも、ない……」


 歯切れの悪い彼女の言葉に、少しだけイラッとする。言いたい事があるなら、言ってほしいもんだが。


「あっ?」 

「なんだよ、まだ、なにか――」


 振り返ると、背後にカマキリがいた。

 まだ残っていたらしい。

 背筋がぞっとした。


 そいつは、俺に一撃を加えようと、必殺のカマを振りかぶり――そのまま静止した。

 ぶしゅ、と緑の液体が飛び散って、降りかかる。

 どうやら、首を切断されたようだ。


「ルド!! よそ見しないで!!」


 すこし息を荒げているサーシャさんが、剣を閃かせて、俺の危機を救ってくれたらしい。

 息が上がっている。

 駆けてきたのだろうか。


「……それは、あなたも同じでしょう」

「なに? なんて言ったの?」

「いえ」


 まだまだ数が残っている。

 油断はできない。


 気を入れなおした、そのとき。

 目の前の影がぼんやりと縮んでは、伸びて、どろどろと形を帯びる。

 羽を携えた人の形を取る。


「こんばんは、皆さん。今宵も楽しんでいただけていますか」

 

 妙に落ち着く声色。昨日のエスクードとか名乗ったやつだ。

 こういう登場の仕方しかできないのかな、こいつ。

 サーシャさんが油断無く、剣を向けて言い放つ。


「楽しくない」

「そうですか? 思う様に、生物を蹂躙する。そのとき、生物は生を実感する。皆さん、十分に楽しんでおられるようですが」

「帰って」

「お断りします。私にも事情があるのでね」


 事情ね。

 確かじいさんに復讐したいんだっけ?


「ちょっといいですか」


 俺がなるべく自然に声をかけると、エスクードとやらが俺を見た。

 なんだか、話せばわかってもらえる気がするんだよな。


「私によく似る男。少し気になってはいましたが、なにか?」

「復讐とかってくだらないと思うんで、前向きに生きてみませんか?」

「……何の話です?」

「いや、じいさんに復讐するためにこんなことしてるんでしょ」


 それを聞いたエスクードは、考え込む素振りを見せた。


「あの老獪に何か吹き込まれましたか。ふむ……それで? あなたはそれを信じたわけですか。なにも疑うことなく?」


 なに?

 なんだって?

 俺が次の言葉を探していると、


「もう結構。あなたのような人間は、今、ここで死んだほうがよろしいでしょう」


 エスクードが俺に指先を向ける。

 さながらそれはピストルのよう。

 彼がなにかの詠唱を始めると、影は膨張し、膨らんで、めきめきと隆起する。

 それは死のカタチだ。


 俺に向けられるソレは、おそらく彼にとって羽虫を叩き落す程度でしかない。

 だが、必殺である。虫けらを殺すには、十分すぎる。


「むっ?!」


 エスクードが反射的に叫んで、飛びのく。

 詠唱が中断されたおかげで、俺に死が向けられることはなかった。

 ついで、すさまじい風圧が、びゅおん、と通り過ぎていく。


「……じいさん」


 小柄な鼠人が、カカ、と笑いながら現れていた。 

 呟いた言葉は、ふたつだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ