虫なんてそんなもん
◇◇◇
耳障りなシャーという連鎖音。無数の黒い甲虫。
向かい合う黒い影たちの正体は、昨日の蜂とは違うやつで、見た目は、カマキリに酷似していたが、大きさが怪物級だった。
どいつもこいつも、身長が1メートル半を超えてる。
背の低い大人くらいの、数百にも及ぶそいつらが、器用に後ろ足を使って直立し、ぞろぞろと軍隊のように整列し、両手の巨大ガマで俺たちを威嚇しする様は、嫌悪と戦慄を呼んだ。
「圧巻だねえ、こりゃ」
大して脅威を感じる風でもなく、マルドゥークさんが呟く。
にらみ合いも一瞬。
初陣を切ったのは、敵の方だった。
数匹のカマキリ部隊がこちらに突っ込んできて、行軍を開始する。
「皆の者、気を引き締めよ!!」
ギルド長のじいさんが叫んだ。
呼応するように、オオオォー、と皆の士気も高まる。
――乱戦だ。
各所で刃の音、衝撃音、ついで、何かが燃える音、大気を裂く音が木霊する。
ただ、このカマキリも、そこまで強いものではないらしい。大して苦戦している様子も感じられず、俺たちの方が優勢のようだった。
「わしの刀を」
「はっ、はい!」
お。
とうとうじいさんも動くようだ。向かってきた3匹のカマキリ達に慌てることなく、その身に不釣合いな刀をお付きの人から受け取っていた。
「うむ。では、久方ぶりに暴れようかの。よっと」
白馬から降りたじいさんは地上で、数歩ほどよろめいた。
大丈夫か、あのじいさん。
「さて」
ぴぃんと、大気が張り詰めた――ような気がした。
「神薙流、落葉の型」
抜かれた刀身が煌き、バネのようにその小さな身体がしなった、と思ったら、ふっ、とじいさんの姿が消える。
一瞬で遥か彼方にいるじいさん。
納刀の様子がスローモーションのようだ。
そして――
「おぎゅぎゅぎゅぎゅえええええ!!!」
ぼんぼんぼん。
意味不明な絶命の叫びを上げて、カマキリたちは文字通り、破裂した。
「どんどんかかってくるがよいぞ! 光栄に思え、今度のも、とっておきじゃぞ?」
じいさんがぐるぐると回転しながら、勢いよく刀を地面に突き立てる。
地面が割れた。
割れた裂け目は津波のごとくカマキリの群れに押し寄せていき、どんどん飲み込んでいく。
絶叫。
「ギルド長! 無茶しないでください!」
「ほほほ、楽しくなってきたわい! 奥義の大安売りじゃあ!」
お付きの人は悲壮感が漂っていたが、じいさんは生き生きとしていた。
次々にカマキリを倒していくじいさんは、今、生きていた。
どれもが違う技で、おそらくは長い時間の果てに、会得したであろう技の数々。
……すげえな。
「ザコどもの経験値、もらったあああ!!」
どうしているだろうと思った矢先に、狂乱したマルドゥークさんが目に付いた。
長剣を抜刀、迎撃がてらに、ぼん、とカマキリの首を刎ね、さらに円を描きつつ、手近な数匹に切りつけていた。
崩折れ、両断され、ぶっとんでいく。
こういうときは頼もしい。
「くはは!! 私には近づかないことだ! もっとも、私の経験値になりたいのなら別だがね!!」
たぶん、その言葉は、みんなに向けたものだろう。
周りの冒険者が息を呑んだ。
アレを初めて見た人は衝撃的だろうな。
力強く、流れる動作に無駄が無い。
なんか楽しそうだし、あの人は放っておいても心配なさそうだ。
きぃんきぃん。
おっと、悠長に他人の観察なんかしてる暇はなかったか。
いつの間にか、近くには何体かのカマキリの集団。
囲まれたか。
「こいや、化け物め」
短剣を抜き放って、カマキリを迎え撃つ。
「おとーさん!」
「俺だって戦える。心配するな」
力に任せてがむしゃらに剣を振るう。
こいつらの動きはそれほど速くない。目で追える。
なら、俺でも十分対応できる、はずだ!
ざん。
思ったより柔らかい虫皮に、刃が通ってくれた。
あっさりとカマキリの頭が胴体と別れを告げた。
首はころり、と転がって、緑色の液体を垂れ流している。
カマキリどもが狼狽しているのが手にとるようにわかる。
俺が戦えるのが不思議か?
一体倒したので、要領がわかる。
基本的に首を狙うと、刃が通る。電池を奪われたみたいに、動かなくなる。
びゅんと振るわれるカマを受けないように落ち着いて、向かってくる一匹、二匹、に、カウンターで斬りつける。
傍のマアトに緑の体液がかからないように気をつけないと。
飛びかかってくる奴は、すばやく蹴り飛ばして地面に倒れたところで、頭を踏み潰す。
―――心地いい。
「こういうのを相手にするなら、短剣より長剣のほうが良さそうかな」
今度、店に行くことがあれば買ってこよう。短剣は、俺の性には合わないかもしれない。
「すごいすごい!」
マアトが興奮してぱちぱちと拍手する。
「おとーさん、かっこいい」
「そうか?」
称賛が飛んで、こそばゆい。
しかし、冒険者ってのはいいな。みんなこんな良い思いをしてたのか。
最高の職業だな。金までもらえて。合法的に殺せて。
「えっ」
マアトが驚いていた。
「なに?」
「う、ううん。なんでも、ない……」
歯切れの悪い彼女の言葉に、少しだけイラッとする。言いたい事があるなら、言ってほしいもんだが。
「あっ?」
「なんだよ、まだ、なにか――」
振り返ると、背後にカマキリがいた。
まだ残っていたらしい。
背筋がぞっとした。
そいつは、俺に一撃を加えようと、必殺のカマを振りかぶり――そのまま静止した。
ぶしゅ、と緑の液体が飛び散って、降りかかる。
どうやら、首を切断されたようだ。
「ルド!! よそ見しないで!!」
すこし息を荒げているサーシャさんが、剣を閃かせて、俺の危機を救ってくれたらしい。
息が上がっている。
駆けてきたのだろうか。
「……それは、あなたも同じでしょう」
「なに? なんて言ったの?」
「いえ」
まだまだ数が残っている。
油断はできない。
気を入れなおした、そのとき。
目の前の影がぼんやりと縮んでは、伸びて、どろどろと形を帯びる。
羽を携えた人の形を取る。
「こんばんは、皆さん。今宵も楽しんでいただけていますか」
妙に落ち着く声色。昨日のエスクードとか名乗ったやつだ。
こういう登場の仕方しかできないのかな、こいつ。
サーシャさんが油断無く、剣を向けて言い放つ。
「楽しくない」
「そうですか? 思う様に、生物を蹂躙する。そのとき、生物は生を実感する。皆さん、十分に楽しんでおられるようですが」
「帰って」
「お断りします。私にも事情があるのでね」
事情ね。
確かじいさんに復讐したいんだっけ?
「ちょっといいですか」
俺がなるべく自然に声をかけると、エスクードとやらが俺を見た。
なんだか、話せばわかってもらえる気がするんだよな。
「私によく似る男。少し気になってはいましたが、なにか?」
「復讐とかってくだらないと思うんで、前向きに生きてみませんか?」
「……何の話です?」
「いや、じいさんに復讐するためにこんなことしてるんでしょ」
それを聞いたエスクードは、考え込む素振りを見せた。
「あの老獪に何か吹き込まれましたか。ふむ……それで? あなたはそれを信じたわけですか。なにも疑うことなく?」
なに?
なんだって?
俺が次の言葉を探していると、
「もう結構。あなたのような人間は、今、ここで死んだほうがよろしいでしょう」
エスクードが俺に指先を向ける。
さながらそれはピストルのよう。
彼がなにかの詠唱を始めると、影は膨張し、膨らんで、めきめきと隆起する。
それは死のカタチだ。
俺に向けられるソレは、おそらく彼にとって羽虫を叩き落す程度でしかない。
だが、必殺である。虫けらを殺すには、十分すぎる。
「むっ?!」
エスクードが反射的に叫んで、飛びのく。
詠唱が中断されたおかげで、俺に死が向けられることはなかった。
ついで、すさまじい風圧が、びゅおん、と通り過ぎていく。
「……じいさん」
小柄な鼠人が、カカ、と笑いながら現れていた。
呟いた言葉は、ふたつだった。




