行軍の足は勇ましく緩やかに
◇◇◇
群れて連なる人々が、勇壮なるラッパを鳴り響かせる。
規則正しい足音が、バラバラに岩や木々に木霊した。
魔物の大群との衝突予想ポイントまでは、あとわずか。
総力戦だ。
あのじいさん、全軍を最前線に投入しちゃって街の守りどうするのかな、と思ったりしないでもないが、鶴の一声で黙らせていた。
情報も何もない、泥仕合。
けど、やってみるより他はない。
「おう、またよろしくな」
どっかで見たような顔の男が近寄ってきて、気さくに声をかけてくるが、名前が分からん。
「よろしく、岩男さん」
「なんだ、そりゃ?」
「名前、伺ってないので」
「そういや名乗ってなかったか」
男は、スミスと名乗った。
ぴったりだと思った。
少しの間、スミスさんは適当な話をして、仲間の許へ帰っていった。
「今日は、みんないっしょで良かったね」
「ええ」
サーシャさんが嬉しそうに言ってくれた。
今回は皆、一緒に行動して良いことが正式に認められていた。
昨日のランク分けで文句が多かったんだろうか。
ふつう、冒険者連中は、同じレベルの人間同士でつるんでいるらしい。
強いやつは強いやつ同士で惹かれあうし、弱いのは弱いので群れる。
どちらも利害関係が一致している。
「ふんふんふん♪」
ご機嫌に前を歩くフランさんは、俺には長靴を履いた猫を連想させた。
いや、あれはケットシーだったか。
いずれにせよ、獣人は月夜に目立た無い。
だが、金髪の長身の人はそれでも目立っている。
視線が、俺を飛び越えて集まっているのがわかる。
『見て、あの人。格好よくない?』
『背、高い。優しそうだし、めちゃタイプ』
『強いのかな? 強いんだろうなあ』
『抱かれてみたい』
冒険者の女どもが、遠巻きにきゃーきゃー言っていた。
「モテモテでうらやましいですね」
ちくりと刺したら、
「そうなんだな。モテてしまうんだ」
笑顔で、抜けぬけと言い返しやがった。
「モテる方法を教えてあげようか? 簡単だよ。自分を、磨けばいい」
「誰でもできるわけじゃないでしょう」
たぶん、この男は本当にそう思っていて、誰でもできることだと思っているのが嫌味の無いその態度から透けて見えた。
叶ってきたんだろうな、努力が。
『ね。隣にいる目立たない男は誰?』
『引き立て役でしょ?』
『あたしパス。なんか、根暗そうだし、アレは、ちょっと』
『きっとあのクズ男を守ってあげてるのだわ。なんてお優しい……』
言われたい放題だった。
左手に、きゅっと、やわらかい手の感触を感じた。
サーシャさんが無言で手を握ってくれていた。
「――ギルド長、本当に戦われるお心算ですか」
「ほほほ、抜かしおる。老いたりとはいえ、若造ごときに引けはとらんよ」
「わたしどもはもう齢30を超えておりますが」
「30など童も童じゃろ。80、90を過ぎてようやく大人じゃ」
「今からでも遅くありません、敵はわれわれが。あなたにもしものことがあったら、フィルヒナーのギルドは立ち行かなくなってしまいます」
「大変なのは一瞬に過ぎぬ。代わりのものはいくらでもおる。責任者なぞ、誰がやっても同じじゃ。いざとなれば、犬にでもくれてやれ」
「ギルド長!」
「存外、立派な治世をするかもしれんぞ?」
白馬に乗ったじいさんの、スケールが違いすぎる会話が聞こえてくる。
元気なじいさんだな。
「うう、寒いよぉ」
大人用のぶかっとした服をそのまま着させられたマアトが、ぶるぶると震える。
温泉から直行したからな。1枚じゃ寒いかもしれない。
「我慢してくれ。みんな寒いんだ……と、思う」
「が、我慢する」
俺のを渡してもいいが、俺も服は一枚しか着て無いんだ。
脱いだら素肌。周りの視線が寒くなりそうだから、やめとこう。
「おや、寒いのかな? どれ、私のマントを貸して――」
「いやあ!」
マアトが俺にしがみつく。
最後まで言わせてもらえなかったマルドゥークさんがショックを受けて、手を差し伸べたまま固まっていた。
ユルい感じで、いいね。
そうこうしているうちに、行軍が止まる。
「……見えてきたぞ」
緊張した声が洩れる。
うっすらと見える、不気味な黒い影たち。
人の群れと、影の群れ。
嵐の前の、静けさがあった。




