じいさんと私というエッセイ
◇◇◇
「よく集まっていただいた、冒険者よ! 勇敢なる冒険者よ!! 夜分に恐れ入る!!! これより緊急クエストの発令を宣言するッ!!」
やたらキレのある節をつけた小さなじいさんの演説が始まる。
遅れて、一振りの刀を携えたお付きの人が脇に控えた。
「またも我らの街に魔物の大群が押し寄せている! 詳細は不明だ! が、諸君らの為すことは何ら変わりない! どうか街のために力を貸してもらいたいッ!! 諸君が日々、鍛え上げてきた力は何のためにあるか!? その名誉は、その技は、何がためにあるか!? 今、このためにあったのだと心せよ!!」
荒ぶるじいさんの声に混じって、周囲の小さな声も聞こえてくる。
『また虫なの?』
『あたしの広範囲魔術で一網打尽に』
『おいおい。また、家に火ィつけんなよ?』
『緊急クエって、こんな何回もあるもんなの?』
『昨日って、何があったの? 子供が、すごい魔術使ったとか聞いたんだけど』
『知らなーい。前線にいた人に聞いたら。なんか知ってるでしょ』
『いや、ガセだろ? ありえねーよ』
熱心に聞き入る者、眠そうな者、好き勝手する者。
俺は、あくびしながら適当に聞き流していた。
「今日は、私も出よう!!」
突然、壇上のじいさんが衝撃的なことを口走ったせいで、どよめきが起こった。
出る? 戦うってことか?
「ギ、ギルド長……総責任者が出撃するなど前代未聞なのですが」
「そうだそうだ。年寄りは無理すんなよ。俺たちにまかせておきゃいいだろーが」
「おじいちゃんは後ろで、どーん、と構えててくれればいいんだからさ」
周囲がたしなめるが、老人は頑なに聞き入れない。
カッ、と渇を入れると、空気が張り詰める。
「街の一大事ッ! ただ指を咥えて待っているなど、長たる者のすることであろうか! 人には、たとえ死のうとも、行かねばならぬときがあるのだ!!」
熱い演説に、何人かが涙ぐむ。
あのじいさん、腰があんなに曲がってんのに戦えるのか?
あの年でギックリ腰とかやったら、マアトの手品でも直らないぞ。きっと。
「だいじょうぶだよ。あのおじいちゃん、よっぽど強いのが来なければ、そうそう負けないと思う」
いや心配はしてないが、よっぽどって何だ?
グレムリンとか、スライムとかか?
「じいさんとサーシャさんは、戦ったことがあるんですか」
「無いよ」
「じゃ、わからないじゃないですか」
「わたし、視ればわかるんだ」
「というと?」
「うん。その人がどういう人で、どんな特性を持ってて、どのくらい力を持ってるのかって。なんとなくわかるの」
「へえ」
まあ、観察力のある人なら、そういうことが、できる人もいるのかな?
「あ、じゃあ俺は? なにか適正とかわかりますか」
炎とか言うのかな。まさかね。
「……ルドのは……わからない」
サーシャさんが言い淀んだ。
「見ればわかるんでしょう? 今も俺のこと見てるじゃ」
「視てないよ。嫌、かなと、思ったから」
サーシャさんは俺をじっと見つめている。
見てるのに、見てないとはこれ如何に。
「? なに笑ってるの?」
「楽しいことを考えてたんですよ」
「楽しいこと?」
「不謹慎ですかね」
「……ううん。緊張して、ガチガチになってるよりは、いいと思う」
そうだな。
緊張していては、実力は出せやしない。
気の抜けてたほうが柔軟な対応ができるってもんだ。
なるようになるさ。
「では、諸君!! 無理、無茶、無謀をせぬように、命を重く尊び、事故の無いよう、尽力してほしい!」
じいさんの声が響く。
命を軽んじ、自己の無いよう。
俺は、またあくびをかみ殺した。




