ふつうの、人間
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◇◇◇
「……くしゅん」
宿への帰り道、サーシャさんと手を繋いでちょこちょこ歩くマアトが、可愛らしいくしゃみをした。
「風邪か、マアト」
「わかんない。なんか、ぶるっ、てしたの」
「そういえば、風が、冷たくなってきたね」
日が暮れた通りは、人通りもまばらなこともあって肌寒く感じるが、懐はだいぶ暖かった。
ギルドでの換金作業を終えて、ルピアさんから、報酬やらのもろもろを含めて、かなりの額をもらってしまった。
それがどうも上乗せしてくれたらしく、金色の硬貨も10枚以上混じっていた。
分厚い皮やら牙やらは、工房のなんとかじいさんが加工して、近いうちに販売する話がまとまったらしい。
ニコニコ顔のルピアさんには『またよろしくね』とか言われたが、あんな大物、倒せる云々は別にしても、そうそう出会えないと思うんだけども。
「早く宿に帰って、温泉に入ろうか」
「うん!」
今日はいろいろと汚れたし。
特に女性陣に付いた土や埃、汚れ、赤が目立つ。
きれいなのは、俺とマルドゥークさんくらい。
……いや。
元々、可愛い、と言っても差し支えない彼女らが汚れているので、逆に目立つんだろう。
透き通るような肌を持つサーシャさん。
子供ながら愛らしいマアト。
黙っていれば意外にスタイルの良いフランさん。
きっとそうだ。
断じて俺たちが働いていないわけではない。たぶん。
「手、寒い? 抱っこしようか?」
「う、ううん。へいき」
「誰かがマアトを見ながらよからぬことでも考えてるんじゃないですかね。それで寒気がするとか」
「……なぜに、そこで私を見るのかな。ルドルフ君は」
3歩後ろを歩くマルドゥークさんを振り返って凝視する。
隣歩いてくれればいいのに、話し辛いな。
「前科があるでしょう、あなたには前科が。ノゾキの達人。ノゾキの常習犯でしたよね?」
「ノゾキではない! 常習犯でも無い!! 覗いたのは、一度だけだ!!!」
とうとう自分で白状した。この人は、もうダメなんだ。
「一度なら許されるんですか? 一度も二度も同じじゃないんですか?」
「いや、だが、しかし」
「もうマアトのことは考えないでもらっていいですか。うちの子が穢れるんで」
「ぬうう……なぜこんなことになっている。私はいつまでこの不名誉を被らねばならんのだ……」
もう、一生そのままでいいんじゃないですかね。
と思っていたのに、フランさんが、おずおずとかばう。
「あ、あたしは、マルドゥーク様の味方ですから!! 見たいなら、あたしのを……」
「なんか論点ずれてます。あと、残念ながら、この手の犯罪者は、大人の女には興味ないんですよ」
「犯罪者ではないッ!!」
「う、うそ。そんな……」
「信じるなああ!? 私は、ふつうの女性が好きだ!!」
「え……ふつう?」
「頼む、聞いてくれないか。私は、そちらのお嬢さんのことを愛らしいと思っているが、決してそういう目で見たことは――」
マアトがわずかに眉をひそめた。
言い訳してるようにしか聞こえないんだろうな。
彼も、彼だ。なんでそんな必死になる? 騎士のメンツか? 誰を気にするんだ?
受け入れればいいのに。
「それは……ふつうの、【人間】が、好きってことです、か?」
俺は、きゅっとした。
なぜか過剰に反応したフランさんが、特徴的な耳をぴこりとしおらせて、顔を伏せる。
その様子に気づいたマルドゥークさんが慌ててフォローしている。
「いや、そういう意図は、ない」
「そう、ですか?」
「そうさ。世界には多くの種族がいる。ドワーフ、ホビット、エルフに、獣人。
姿かたちが違うだけで、皆、『ふつうの』人間だ。外見や生まれのことで、キミが気に病むことは何もない」
「……マルドゥーク様」
フランさんが、うっとりしていた。
一目惚れってやつは、理解できん。
特に何かあったわけじゃない、よな?
マルドゥークさんも自分の台詞が割と恥ずかしかったのか、赤い顔を背けてやがるし。
なんか、気に入らん。
「……そうだね」
黙って聞いていたサーシャさんが短く、マルドゥークさんに賛同する。
「みんな、そう思ってくれれば、いいのに」
難しいんでしょうね。
どうしても、人は外見を見るから。
赤い夕日。伸びる影。
影は姿を変え、縮んでは溶けていく。
今日も、夜が来る。
だが、その前に、温泉だ。
次回更新は 2月17日 18:00 です!




