パンとケーキは別腹です②
◇◇◇
「いかがでしたか? うちのパンケーキは」
「最高でした」
「お気に召して何よりです。お客さまに喜んでいただきたくて、うちは、最高のものを作っているんですよ」
女がほっこり笑った。
「お代の方をいただきたいのですが」
「いくらになるの?」
「そうですね。ひとつ金貨1枚ですので、合計で金貨5枚です」
ふうっ、という、病弱少女みたいな悲鳴を上げて、サーシャさんが倒れた。
「お、おかーさん!! だいじょーぶ!!?」
「きんか……5まい……わたしの……2ヶ月ぶんの……」
マアトに支えられたサーシャさんがうわごとを言った。痛々しい。
金貨5枚とか言われてもピンとこないぞ。大卒の初任給でいくら、とか誰か説明して。
「どうかしましたか? なんだか皆様、お顔の色が優れないようですけれど」
にこやかな女が、不思議そうに尋ねてくる。
「流石に、それは、ぼったくりじゃないのか。ずいぶん儲けているのだな?」
マルドゥークさんが反論する。が、ケチをつけられているのに店員さんは笑顔を崩さない。
「とんでもない! すべて必要経費で、懐にはほとんど入らないんです。皆さんの笑顔のためにやってるのに、ぼったくりだなんて、心外です」
「だが」
「食い逃げじゃないですよね。あなたほどの立派な身なりの騎士様が、金貨1枚も持ってない、なんてこと、ないですものね」
「ぐ……ぬう」
マルドゥークさんが唸りを上げる。
薄々思ってたけど、この人、戦闘以外ではあんまり役にたたないかもしれない。
「あの、他のお客さんとこういう風に話したことあります?」
「いえ、あまり。私、口下手なので」
「……最近、他のお客さんが来たことは?」
「ここしばらくは、どなたもいらしてません。最初は来て下さった方もいるのですけど、2回は来て下さらないんです。どうしてお客さんが増えないんでしょうか」
心底わからない、といった様子だ。
「うーん。少し、高いんでしょうね」
「え? 高いんですか?」
「高いんですかって、わからないんですか」
「ふつう、だと思うんですけど。違うんですか?」
「いやいや、普通じゃないって! パンケーキ1枚とにゃんにゃん金貨なんてありえないから! めちゃめちゃ上等なところでフルコース食べれるよ!」
フランさんが突っ込む。
そのにゃんにゃん金貨ってなんだ。猫特有の、猫語か?
「え、え、え? そうなのですか」
「はい」
「で、ですけど、金貨なんて、誰でも持ってますでしょう?」
「持ってませんよ」
店員さんが皆を見回した。
無言で頷く皆さん。
本気で信じられない顔をしている。
「そ、そんな」
客がいないのって、これが原因だろう。
確かにうまい。けど、やたら高い。次に繋がらない。
きっと誰も言ってくれなかったんだな。
ふと昔を思い出す。
――おまえを思い、言ってくれるのは、家族だけ。
言ってくれるということは幸せなこと。
どれだけやかましく言われようとも、うっとおしがってはいけない。
他人は、何も言ったりしやしないのだから。
そんなことを、昔、誰かから聞いた。
もう思い出せないそれは、誰の言葉だったか。
「――だから、お客さんがいないんだね。評判なのに」
「うっ……そうだったんですか……」
「お会計、どうしましょうか」
「いや、もう食べてしまったからね。払わないわけにはいかない」
「あたし金貨持ってたかなあ……」
「いいですよ。フランさんの分は。俺達で出しますから」
「いいの?」
「どうせグランドグリゲーターの素材やら、仕事の報酬やらありますから。MVPに払わせるわけにはいかんでしょ」
「……うーん、やっぱいいや。あんまり借りを作りたくないし。ありがとね」
「いいのに」
「猫さんは、見つけたなけなしの金貨を店員さんに払っていた。そして、後悔した。余計な見栄をはらなければ良かった、と」
「心の声がダダ漏れてる! っていうか、猫って言うニャ!」
「しまった、つい」
「おや。私の分も払ってくれたりするのかな?」
あんたは持ってるでしょ。自分で払え。
チッ、とわかりやすく舌打ちするマルドゥークさん。
なんかコイツは気に喰わん。
マルドゥークさんが懐をまさぐって、金色に輝く硬貨を取り出す。
「す、すみません」
女が恐縮する。
マルドゥークさんが格好つけた。
ちゃっかり手を取って、金貨を握らせてやがる。
店員さんの顔が少し赤くなった。
俺も、金貨って、あったかな?
銀貨なら沢山あった気がするんだけど。
「ひー、ふー、みー、……あー、ちょうどありそうです。よかったよかった」
サーシャさんと、マアト、あと俺の分。
金貨3枚分、軽いが、重いお会計だった。
「あ、ありがとうございました」
「ええ。ご馳走様でした。じゃ、出ましょうか」
「美味しかったけど、懐はスッカラカンニャー」
「猫には、お似合いでしょう」
まさに、猫に小判だ。
「また猫って言った!? 差別だ!!」
あー、もう、うるさいなあ。
サーシャさんみたいに静かに……って、どうも静かだと思ったら、まだショック受けてたよ。
金くらい、いくらでも稼げるだろうに。
まあ、後で優しい言葉でもかけてあげよう。
そろそろ約束の1時間を過ぎる。
戻って報酬をもらおう。
みんなが店の出口に向かうと、藁をも掴みたい女が叫んだ。
「あ、あの! もっと、お客さんに来て貰えるようになるには、どうすればいいでしょうか!!」
適当に言ってやる。
「新しいメニューでも、考えてみたらどうですか。パンケーキだけじゃなくて」
「……新しい、メニュー」
呟く女を背に、店を出たときには思いもよらなかった。
後日、この縁をきっかけに、もう一騒動あったのだが、それは、また、別の話。




