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30代ニートが就職先を斡旋されたら異世界だった件。  作者: りんご
第五章 変わる日々
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パンとケーキは別腹です②

 ◇◇◇


「いかがでしたか? うちのパンケーキは」

「最高でした」

「お気に召して何よりです。お客さまに喜んでいただきたくて、うちは、最高のものを作っているんですよ」


 女がほっこり笑った。


「お代の方をいただきたいのですが」

「いくらになるの?」

「そうですね。ひとつ金貨1枚ですので、合計で金貨5枚です」


 ふうっ、という、病弱少女みたいな悲鳴を上げて、サーシャさんが倒れた。


「お、おかーさん!! だいじょーぶ!!?」 

「きんか……5まい……わたしの……2ヶ月ぶんの……」


 マアトに支えられたサーシャさんがうわごとを言った。痛々しい。

 金貨5枚とか言われてもピンとこないぞ。大卒の初任給でいくら、とか誰か説明して。


「どうかしましたか? なんだか皆様、お顔の色が優れないようですけれど」


 にこやかな女が、不思議そうに尋ねてくる。


「流石に、それは、ぼったくりじゃないのか。ずいぶん儲けているのだな?」


 マルドゥークさんが反論する。が、ケチをつけられているのに店員さんは笑顔を崩さない。


「とんでもない! すべて必要経費で、懐にはほとんど入らないんです。皆さんの笑顔のためにやってるのに、ぼったくりだなんて、心外です」

「だが」

「食い逃げじゃないですよね。あなたほどの立派な身なりの騎士様が、金貨1枚も持ってない、なんてこと、ないですものね」

「ぐ……ぬう」


 マルドゥークさんが唸りを上げる。

 薄々思ってたけど、この人、戦闘以外ではあんまり役にたたないかもしれない。


「あの、他のお客さんとこういう風に話したことあります?」

「いえ、あまり。私、口下手なので」

「……最近、他のお客さんが来たことは?」

「ここしばらくは、どなたもいらしてません。最初は来て下さった方もいるのですけど、2回は来て下さらないんです。どうしてお客さんが増えないんでしょうか」


 心底わからない、といった様子だ。


「うーん。少し、高いんでしょうね」

「え? 高いんですか?」

「高いんですかって、わからないんですか」

「ふつう、だと思うんですけど。違うんですか?」

「いやいや、普通じゃないって! パンケーキ1枚とにゃんにゃん金貨なんてありえないから! めちゃめちゃ上等なところでフルコース食べれるよ!」


 フランさんが突っ込む。

 そのにゃんにゃん金貨ってなんだ。猫特有の、猫語か?


「え、え、え? そうなのですか」

「はい」

「で、ですけど、金貨なんて、誰でも持ってますでしょう?」

「持ってませんよ」


 店員さんが皆を見回した。

 無言で頷く皆さん。

 本気で信じられない顔をしている。


「そ、そんな」


 客がいないのって、これが原因だろう。

 確かにうまい。けど、やたら高い。次に繋がらない。

 きっと誰も言ってくれなかったんだな。


 ふと昔を思い出す。


 ――おまえを思い、言ってくれるのは、家族だけ。

 言ってくれるということは幸せなこと。

 どれだけやかましく言われようとも、うっとおしがってはいけない。 

 他人は、何も言ったりしやしないのだから。


 そんなことを、昔、誰かから聞いた。

 もう思い出せないそれは、誰の言葉だったか。 


「――だから、お客さんがいないんだね。評判なのに」

「うっ……そうだったんですか……」

「お会計、どうしましょうか」

「いや、もう食べてしまったからね。払わないわけにはいかない」


「あたし金貨持ってたかなあ……」

「いいですよ。フランさんの分は。俺達で出しますから」

「いいの?」

「どうせグランドグリゲーターの素材やら、仕事の報酬やらありますから。MVPに払わせるわけにはいかんでしょ」

「……うーん、やっぱいいや。あんまり借りを作りたくないし。ありがとね」

「いいのに」

「猫さんは、見つけたなけなしの金貨を店員さんに払っていた。そして、後悔した。余計な見栄をはらなければ良かった、と」


「心の声がダダ漏れてる! っていうか、猫って言うニャ!」

「しまった、つい」

「おや。私の分も払ってくれたりするのかな?」


 あんたは持ってるでしょ。自分で払え。

 チッ、とわかりやすく舌打ちするマルドゥークさん。

 なんかコイツは気に喰わん。

 マルドゥークさんが懐をまさぐって、金色に輝く硬貨を取り出す。


「す、すみません」


 女が恐縮する。

 マルドゥークさんが格好つけた。

 ちゃっかり手を取って、金貨を握らせてやがる。

 店員さんの顔が少し赤くなった。


 俺も、金貨って、あったかな?

 銀貨なら沢山あった気がするんだけど。

 

「ひー、ふー、みー、……あー、ちょうどありそうです。よかったよかった」


 サーシャさんと、マアト、あと俺の分。

 金貨3枚分、軽いが、重いお会計だった。


「あ、ありがとうございました」

「ええ。ご馳走様でした。じゃ、出ましょうか」

「美味しかったけど、懐はスッカラカンニャー」

「猫には、お似合いでしょう」


 まさに、猫に小判だ。


「また猫って言った!? 差別だ!!」


 あー、もう、うるさいなあ。

 サーシャさんみたいに静かに……って、どうも静かだと思ったら、まだショック受けてたよ。

 金くらい、いくらでも稼げるだろうに。

 まあ、後で優しい言葉でもかけてあげよう。


 そろそろ約束の1時間を過ぎる。

 戻って報酬をもらおう。

 みんなが店の出口に向かうと、藁をも掴みたい女が叫んだ。


「あ、あの! もっと、お客さんに来て貰えるようになるには、どうすればいいでしょうか!!」


 適当に言ってやる。


「新しいメニューでも、考えてみたらどうですか。パンケーキだけじゃなくて」

「……新しい、メニュー」


 呟く女を背に、店を出たときには思いもよらなかった。

 後日、この縁をきっかけに、もう一騒動あったのだが、それは、また、別の話。



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