パンとケーキは別腹です①
◇◇◇
「本当にここなんですか」
さびれた裏路地に、ひっそり佇む建物。
これ、店なのか?
日も落ちているから、なおさら店に見えない。
「おにーさん、わかってないなー。こういう隠れ家的なところのほうが、美味しいごはんが食べれるんだぞ?」
「ま、いいですよ。おなかすいてるんで、食べれれば。さっさと入りましょ」
「ごめんくださーい!」
「ちょっとうるさいですよ」
「誰もいないのかにゃ?」
返答なし。
店内を見回せば、意外におしゃれなテーブルが並んでいるが、客の姿は無い。
人気店、のはずだよな?
「人がいないようだが」
「匂いも、しないよ」
「パン焼いてないの?」
「営業してないんじゃないですかね」
「もう一回、声かけてみたら?」
「す、すみません! たいへん遅くなりまして。いらっしゃいませ」
人懐こい笑みを浮かべて奥から出てきたのは、まだ若い店員の女だ。育ちがいいのがにじみ出てるな。
エプロンがまぶしい。初々しくていいね。
「あ、あ。えー、お席の方にどうぞ」
「どうも」
席に案内し終えると、女はさっさと店のカウンターに戻っていった。
愛想があるんだか、ないんだか。
イスが高く作られていたので、背の低いマアトは席につこうとして苦戦していた。
「ひとりで座れる?」
「う、うん。へいき」
彼女は背伸びをして、イスによじのぼる。
手を貸すのは簡単だ。
でも、今、手を貸すのは、よくない気がした。
「そうか。がんばれよ」
「がんばる」
「お嬢さん。お困りでしたら、私の手をどうぞ」
「やだ!!」
彼女は差し伸べられた手を拒絶し、うんしょうんしょと頑張って、一人で座っていた。
微笑ましいね、うん。
少なからずショックを受けてる竜喰らい様が、とても絵になる。
ぎしりとイスが鳴る。
テーブルはアンティーク。イスも高級そうだ。
「お店の雰囲気は悪くないね」
「あの。なんだか嫌な予感がしませんか」
「え、どんな?」
「……いや、具体的にはわかりませんが」
「じゃあ、大丈夫じゃない?」
「うーん」
気にすることはないか。
まあ、どうにでもなるよな。
「おなかすいたから、なにか頼もうよ」
「そうですね」
「パンケーキがおいしいんですよね」
「うん」
「皆さん、パンケーキで?」
「私は、何でも構わない。食事には、あまりこだわりが無いのでね」
「いいよ」
「うん!」
「はらぺこー」
「俺、適当に頼んできますよ」
「あ、お金、持ってる?」
「ええ。じゃ、行ってきます」
先日マアトが子供を助けたときにもらったお金が、懐にある。
ちょっと使わせてもらおう。
店員さんの笑顔が眩しい。
「お決まりですか?」
「メニューは?」
「うちは、シンプルなパンケーキしかないんですよ」
「えぇ? わかりました。じゃあ、その、パンケーキを5つで」
「かしこまりました。では、これから焼き上げますので、少々お待ちください」
「時間、かかりそうですかね? あまり長くなるようだと」
「いえ。10分もあれば」
「そうですか」
まあ、それくらいなら、いいかな。
「すみません。すこしお待ちくださいませ」
ぺこっとお辞儀をして、女は店の奥に入っていった。
いいね。実にいい。
テーブルの方ではフランさんとマルドゥークさんが騒いでいた。
ここからでは話している内容までは聞き取れない。
――10分って、退屈だな。
人生についてでも考えるか。
壁の染みでも眺めるか。
……あれとあれを繋げると、絵っぽく見えるな。
「お、お待たせしました」
ほどよい甘い匂いがして、香ばしい香りが立ち込める。
ミトンのような手袋を両手につけた店員さんが、パンケーキを5つ、持ち手のある銀製の皿に並べて運んできた。
小さな紙も乗っている。あれで持って、喰えってことかな。
「おぉ。いい匂いですね」
「ありがとうございます。本当においしいんですよ、うちのは」
「そうですか」
店員から皿を受け取ると、ずしっと重みが伝わる。
「あ、熱くないんですか?!」
そういえば素手だったな。すっかり忘れてた。
「熱いのは平気なんで」
「火傷してませんか? 気をつけてくださいね」
「どうも。お代の方は?」
「召し上がった後、いただきに伺います」
「わかりました」
皿を受け取って、席まで運ぶ。
気づいた4人が、俺に注視した。
「いい匂い」
「そうですね。冷めないうちに食べましょう」
冷めれば何もかも水の泡。
何事も、時期が大切だ。
紙を持った皆が揃って、パンケーキに手を伸ばす。かぶりつく。
ふわふわ、しっとり。優しい甘みがあって、しつこくなく、軽い。
何個でも食べられそうだ。
「ん? んんんん!? おいしい!」
「うん、すごくおいしい」
「マアト、これ、好き!!」
「むぐ、むぐ。うん、これは、うまいね」
「そうですね」
独特な甘みだが、これは、何を使ってるんだ?
砂糖、ではなさそうだが。ふむ??
あっという間に、みんな完食した。
大満足している顔だった。
「ふにゃー。評判通りだったよ。こんなに美味しいのに、なんで人がいないのかなぁ?」
「不思議な甘みでしたけど、なにを使ってるんでしょうね」
「……これ、シュガーの実だよ」
「シュガーの実?」
「すごく甘い木の実で、あんまり採れない食材。危険な地域にしか生えないから」
「ほう。これが、シュガーの甘さか。見たことはあるが、食べるのは初めてだな」
「さすがに、丸ごと使ってはないと思うけど」
「あたし、初めて食べる。こんな甘さなんだね」
「紙のこと、気づいた?」
「あの、食べるときに使った?」
「触った感じ、シラカバの素材でできてる高級品なの。あの紙だけでも、かなり高いと思う」
「あ、そうなんですか」
「へー、なんかつやつやしてると思ったんだよね。サッちん、物知りだねー」
「……ねえ、これ、いくらだったの?」
「え? さあ」
「さあ、って……値段、聞かなかったの?」
「後で払えばいいって言われたんで」
「……なんか、嫌な予感がする」
「そ、そうですね」
「――いかがでしたか? うちのパンケーキは」
にこにこと現われた店員さん。
タイミング図ってたのかな。




