表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30代ニートが就職先を斡旋されたら異世界だった件。  作者: りんご
第五章 変わる日々
82/96

パンとケーキは別腹です①


 ◇◇◇


「本当にここなんですか」


 さびれた裏路地に、ひっそり佇む建物。

 これ、店なのか?

 日も落ちているから、なおさら店に見えない。


「おにーさん、わかってないなー。こういう隠れ家的なところのほうが、美味しいごはんが食べれるんだぞ?」

「ま、いいですよ。おなかすいてるんで、食べれれば。さっさと入りましょ」

「ごめんくださーい!」

「ちょっとうるさいですよ」

「誰もいないのかにゃ?」


 返答なし。

 店内を見回せば、意外におしゃれなテーブルが並んでいるが、客の姿は無い。

 人気店、のはずだよな?


「人がいないようだが」

「匂いも、しないよ」

「パン焼いてないの?」

「営業してないんじゃないですかね」

「もう一回、声かけてみたら?」

「す、すみません! たいへん遅くなりまして。いらっしゃいませ」


 人懐こい笑みを浮かべて奥から出てきたのは、まだ若い店員の女だ。育ちがいいのがにじみ出てるな。

 エプロンがまぶしい。初々しくていいね。


「あ、あ。えー、お席の方にどうぞ」

「どうも」


 席に案内し終えると、女はさっさと店のカウンターに戻っていった。

 愛想があるんだか、ないんだか。

 イスが高く作られていたので、背の低いマアトは席につこうとして苦戦していた。


「ひとりで座れる?」

「う、うん。へいき」


 彼女は背伸びをして、イスによじのぼる。

 手を貸すのは簡単だ。

 でも、今、手を貸すのは、よくない気がした。


「そうか。がんばれよ」

「がんばる」

「お嬢さん。お困りでしたら、私の手をどうぞ」

「やだ!!」


 彼女は差し伸べられた手を拒絶し、うんしょうんしょと頑張って、一人で座っていた。

 微笑ましいね、うん。

 少なからずショックを受けてる竜喰らい様が、とても絵になる。


 ぎしりとイスが鳴る。

 テーブルはアンティーク。イスも高級そうだ。


「お店の雰囲気は悪くないね」

「あの。なんだか嫌な予感がしませんか」

「え、どんな?」

「……いや、具体的にはわかりませんが」

「じゃあ、大丈夫じゃない?」

「うーん」


 気にすることはないか。

 まあ、どうにでもなるよな。


「おなかすいたから、なにか頼もうよ」

「そうですね」

「パンケーキがおいしいんですよね」

「うん」

「皆さん、パンケーキで?」

「私は、何でも構わない。食事には、あまりこだわりが無いのでね」

「いいよ」

「うん!」

「はらぺこー」

「俺、適当に頼んできますよ」

「あ、お金、持ってる?」

「ええ。じゃ、行ってきます」


 先日マアトが子供を助けたときにもらったお金が、懐にある。

 ちょっと使わせてもらおう。

 店員さんの笑顔が眩しい。


「お決まりですか?」

「メニューは?」

「うちは、シンプルなパンケーキしかないんですよ」

「えぇ? わかりました。じゃあ、その、パンケーキを5つで」

「かしこまりました。では、これから焼き上げますので、少々お待ちください」

「時間、かかりそうですかね? あまり長くなるようだと」

「いえ。10分もあれば」

「そうですか」


 まあ、それくらいなら、いいかな。


「すみません。すこしお待ちくださいませ」


 ぺこっとお辞儀をして、女は店の奥に入っていった。

 いいね。実にいい。


 テーブルの方ではフランさんとマルドゥークさんが騒いでいた。

 ここからでは話している内容までは聞き取れない。


 ――10分って、退屈だな。

 人生についてでも考えるか。

 壁の染みでも眺めるか。

 ……あれとあれを繋げると、絵っぽく見えるな。


「お、お待たせしました」


 ほどよい甘い匂いがして、香ばしい香りが立ち込める。

 ミトンのような手袋を両手につけた店員さんが、パンケーキを5つ、持ち手のある銀製の皿に並べて運んできた。

 小さな紙も乗っている。あれで持って、喰えってことかな。


「おぉ。いい匂いですね」

「ありがとうございます。本当においしいんですよ、うちのは」

「そうですか」


 店員から皿を受け取ると、ずしっと重みが伝わる。


「あ、熱くないんですか?!」


 そういえば素手だったな。すっかり忘れてた。


「熱いのは平気なんで」

「火傷してませんか? 気をつけてくださいね」

「どうも。お代の方は?」

「召し上がった後、いただきに伺います」

「わかりました」


 皿を受け取って、席まで運ぶ。

 気づいた4人が、俺に注視した。


「いい匂い」

「そうですね。冷めないうちに食べましょう」


 冷めれば何もかも水の泡。

 何事も、時期が大切だ。

 紙を持った皆が揃って、パンケーキに手を伸ばす。かぶりつく。

 ふわふわ、しっとり。優しい甘みがあって、しつこくなく、軽い。

 何個でも食べられそうだ。


「ん? んんんん!? おいしい!」

「うん、すごくおいしい」

「マアト、これ、好き!!」

「むぐ、むぐ。うん、これは、うまいね」

「そうですね」


 独特な甘みだが、これは、何を使ってるんだ?

 砂糖、ではなさそうだが。ふむ??


 あっという間に、みんな完食した。

 大満足している顔だった。


「ふにゃー。評判通りだったよ。こんなに美味しいのに、なんで人がいないのかなぁ?」

「不思議な甘みでしたけど、なにを使ってるんでしょうね」

「……これ、シュガーの実だよ」

「シュガーの実?」

「すごく甘い木の実で、あんまり採れない食材。危険な地域にしか生えないから」

「ほう。これが、シュガーの甘さか。見たことはあるが、食べるのは初めてだな」

「さすがに、丸ごと使ってはないと思うけど」

「あたし、初めて食べる。こんな甘さなんだね」

「紙のこと、気づいた?」

「あの、食べるときに使った?」

「触った感じ、シラカバの素材でできてる高級品なの。あの紙だけでも、かなり高いと思う」

「あ、そうなんですか」

「へー、なんかつやつやしてると思ったんだよね。サッちん、物知りだねー」

「……ねえ、これ、いくらだったの?」

「え? さあ」

「さあ、って……値段、聞かなかったの?」

「後で払えばいいって言われたんで」

「……なんか、嫌な予感がする」

「そ、そうですね」

「――いかがでしたか? うちのパンケーキは」


 にこにこと現われた店員さん。

 タイミング図ってたのかな。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ