白い世界
ちょっと遅くなりました。ごめんなさい!
「……そうですか。どうもありがとうございます」
疲れた手で、スマホの電源をぴっ、と切る。
もう2日になる。
兄さんのいない家は、眠りについた子供のようだ、と、私には思えた。
「心当たりのありそうなところには色々聞いてみたけど、なにも知らないって。これって、変じゃない?」
そもそも兄さんに、私たちに黙って旅行に行くような甲斐性は無い。
事件か、事故か。あるいは……
父さんと母さんに顔を向けると、ふたりも私と同じような顔をしていた。
「ねぇ、警察に届けた方がいいんじゃないかしら?」
「だめだ」
「そんな。あの子が事件にでも巻き込まれていたら」
「もし、ただ家を出て行っただけだったら、どうする。我が家の恥をさらすことになるんだぞ」
「出て行った? 兄さんが?」
「30にもなって、仕事もせず、フラフラしていることが、いたたまれなくなったのだろう」
ありえない。ありえないと思うけど――否定できるの?
兄さんが今の環境をどう思っているのか。どう思っていたのか。
私にはわからない。
「……ねえ、あなた。この感じ、あのときに似ていないかしら?」
母さんがふと思い出したようにぽつりと言った言葉。
私は、かちかちと動く歯車の音を聞いた。
「あのとき?」
「そう、そうよ。あのときもこんな風に、あの子が突然いなくなって――」
「よしなさい!」
父さんのこんな声を聞いたのは初めてだ。
私の前では、いつも穏やかな人なのに。
「……円、疲れただろう? おまえは旅行から帰って、まともに寝ていない。
心配なのはわかるが、もう休みなさい。兄さんのことは、しばし忘れて」
「そうね。このままでは、あなたの身体も心配よ。あの子も、もう子供じゃないんだもの」
家族会議も、意味がない気がした。
ただ、兄さんが不在ということを認識するだけ。
二人の顔を見つめる。
いつもと変わらない、優しい顔があった。
「円。後は私たちに任せて。おまえは眠りなさい。眠ることも、また大事な仕事だよ。
なあに、案外、おまえが目を覚ましたら、ひょっこり根を上げて帰っているかもしれんぞ?」
父さんが優しく言う。
従うより他ない。
冷たい床を歩いて、私は私の場所へ向かうしかない。
兄さんの部屋が見えて、目を逸らしてしまう。
――私は、無力だ。
ベッドに身体を預ける。
ぽふん、と私を包んでくれるが、私が求める温かさを感じなかった。
兄さんの温度じゃない。
兄さんは、どこに行ったのか。
どうして出て行ったのか。
(一緒に、お土産、食べようと思ってたのに)
テーブルの上に置かれたお饅頭のパッケージに描かれたご当地キャラが、なんとなく寂しそうに見えた。
渡す相手は、どこにもいない。
兄さんのばか。
このままじゃ、賞味期限、切れちゃうよ。
私のせいかな。
私が、ダメな妹だから。
赤、日、影。
きちきち、と、音がする。
会いたい、兄さんに。




