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30代ニートが就職先を斡旋されたら異世界だった件。  作者: りんご
第五章 変わる日々
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再会、竜と猫


 ◇◇◇


 どこかぼうっとしているフラさんを尻目に、さくさくと作業を進めた。

動かない獲物から、力を込めて短剣をずぶりと抜き取る。もう、これは大きな肉でしかない。

殺したらば、喰らって、明日に活かす。命をもらったものの、責務だ。たとえ、こいつが『死にたがっていた』としても。


「フランさーん。これ、解体するのを手伝ってください」

「はにゃ……あ、うん」


 どこか夢見ごこちなフランさんの足取りは大分あやしい。


「ねえ、あたし達。あの、『グランドグリゲーター』に勝ったんだよ、ね?」

「ええ、勝ちましたよ。あなたのおかげで」

「そ、そうなのかな? なんだか、ぜんぜん、現実感が沸かなくて」

「……しっかりしてくださいよ」

「そっか。うん、そうだよね」


 ナイフを渡すと、少しだけ正気に戻ってくれた。


「え? なに?」

「なにって。解体してください。こいつを。俺は、できないので」

「あたしが? で、できるかなあ」

「できますよ」


 ワニの巨体は10メートル以上の長さがあるとは思っていたが、間近でよく見ると、もっとあるな。

 解体するだけで何時間もかかりそうだが、どうにかなるだろう。


「どうやって捌くのー!」


 ゴツイ、長い、硬いの3拍子に、途方に暮れた猫さんが叫ぶ。

 自分で考えてください。あなたの頭は何のためにあるんです。考えるためにあるんでしょ。


「……柔らかい部分があるんで、そこに沿うように、短剣を流してください。そうすると、スルッと切れますから」

「ん? あ? ほんとだ! なんか、イケそう!!」


 コツを掴んだらしい猫さんが、嬉しそうにナイフを走らせる。

 順調に解体できているようだ。

 血みどろだけど、気にしてないらしいので何より。


 さて。

 フランさんの解体を眺めていると、背後の森から、駆けてくる複数の足音がする。


「ルドっ!! ぶじで……え?」


 地面に倒れ伏すワニトカゲを見たときのサーシャさんの反応は予想通りだが、それよりも、もうひとつの気配は『竜殺し』だ。

 ひとつ多かったのは、こいつか。

 どうしてこの男が、ここにいるんだ?


「た、倒した、の?」

「運が良かったんですよ」

「そんな……でも……ううん、違う。よかった。ルドが、無事で」

「おとーさん! けが、ない!?」

「大丈夫だよ」


 マアトが俺を心配してくれる。頭を撫でてやったら、嬉しそうに頬を緩ませた。


「……これは、おどろいたな。【グランドグリゲーター】はキミ達だけで倒せる相手ではないと思うのだが」

「場合によっては、倒せるときもあるでしょう」

「キミは、軍師なのか? さぞ、優れた妙手があったのだろうな」

「いやいや、よく見てください。俺みたいなクズに、何かできると思います? 俺は戦力外で、戦いを見てただけです。実際にアレと戦ったのは、フランさんですよ」

「彼女が? いや、それでも、こうして生き残っただけでも大したものだ」

「いえ、あなたには及びませんよ」


 仮面の応酬が続いた。そろそろこちらの質問をさせてもらおうかな。


「それはいいとして、なぜ、あなたがサーシャさんと一緒なんです? 確か、街を離れると伺ってましたけど?」

「彼女に頼まれてね。キミ達を助けてくれ、と。その必要はなかったみたいだが。

今は、たまたま森で会った、ということで納得してくれないかな」


 サーシャさんが? こいつに、頼んだ?

 彼女に視線を向けると、彼女の服が、少し汚れているのが気になった。俺たちと別れる前には無かった汚れがついている。


「なにかしたんですか」

「気になるかな?」

「ええ」

「泥に塗れる覚悟を持って、私に頼んだだけのこと。文字通りね。気になるなら彼女に聞けばいい。答えてくれるとは思わんが」


 そういうことか。これ以上、答える気はなさそうだ。

 まあ、いい。


「それで? 獣人の彼女は、どこに? 姿が見えないようだが」

「ああ、えーと。彼女なら――」

「呼んだ?」


 ずぶう、とワニトカゲの口から這い出てくるさん。


「ひいいいいいいいい!!?? お、お、お、おねーちゃああああん!!」


 マアトが失神しそうな絶叫をあげた。

 血みどろでワニの口から出てくるとか、軽くホラーなんで、もうすこしワンクッション置いて出てきてくれませんかね。 


「な、なんで、そんなところに?」


 サーシャさんの疑問も最もだ。


「いやー、これだけ大きいと中に入れそうでしょ? 喰われちゃった体験をしてみようかと」

「どうでした。潜ってみた感想は」

「もっと生臭いのかと思ったけど、そんなに臭くなかった。この血も、意外にうめぇ」


 ケラケラ笑う彼女は、もう気の抜けたいつものフランさんだ。血みどろだけど。

 かをぺろ、と舌で絡め取る姿を見たマアトは、恐ろしいやらなにやらで、もうドン引きだ。彼女たちの間に、ちょこっと溝が出来た、気がする。

 けどね、マアト。動物の生き血は、生き物が生きるために必要な、貴重な栄養源なんだぞ。そこわかってあげて。

 

「ん? んんんんん??? ママママ」


 フランさんが俺の後ろ辺りを視認した瞬間、謎の言語を発し始めた。

 ママ?


「ま、ま、マルドゥークしゃまあああああ!!!」


 どどどど。


 長身の金髪目掛けて一直線。

 力を解放したグランドグリゲーターもかくや、というレベルの勢いだ。

 あれ、狂乱状態になってるのかな。

 【竜殺し】はネズミじゃないぞ。


「マルドゥーク様!!」

「うん、また会えてよかったね」

「感激ですっ!! あのっ、あの、どうして、こちらに?」

「事情があってね。キミ達を助けるように頼まれたんだ。申し訳ないが、今は、この説明で納得してくれないかな」

「は、はいっ! マルドゥーク様のご説明でしたら、どんな不条理なことでも納得します!」


 女なら誰でも黄色い声をあげそうな笑みに、ほうっ、とフランさんの顔もゆるみっぱなし。

 血みどろだけどね。すげーのは【竜殺し】も、それを意に介さず、フツーの会話をしてるってことだな。


「再会に水を差すようで申し訳ないんですけど。ちょうど、マルドゥークさんも手伝っていただけるようだし、解体さっさと済ませちゃいませんか?」


 巨体を眺めて、言う。

 フランさんが頑張ってくれたおかげで、頭と尻尾の部分、1/5ほどの解体は終わっているが、残りは手付かずだ。

 だが、みんなで協力してやれば、すぐに終わる。ソシャゲのレイドと同じだ。


「え、あ、うん。そうだね」

「グランドグリゲーターの解体なんてそうできることではないからね。楽しませてもらうよ。本当は戦いたかったところだが」

「このサイズだと、全員で持って帰る量にも限界がありそうだけど……貴重な部位だけ、あとはこの場で……」

「が、がんばるー」

「マアトはムリしなくてもいいよ?」

「ううん。が、がんばる。おかーさん、手伝えること、ある?」

「そう? じゃ、こっちに来て」

「うん!」

「分担してやりましょうかー」

 

 分担作業は黙々続いた。

 時には協力して。俺は短剣を使って捌く。

 魚なんかと変わりはしない。ただ大きいだけだ。これも、生き物なんだから。

 短剣の使い方にも、ずいぶん慣れたな。

 できるだけ力をいれずに捌く技術もなんとなく身についてしまったぞ。


 みんなで協力したが数時間はかかった。

 これ、フランさんひとりにやらせてたら、2日はかかったな。


 サーシャさんが貴重な部位の牙や、鱗、尻尾なんかを袋に詰めていた。

 ギルドで換金してくれるようだ。

 早いところ帰ろう。で、温泉入って寝よう。俺はあくびを噛み殺した。



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