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30代ニートが就職先を斡旋されたら異世界だった件。  作者: りんご
第五章 変わる日々
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優先すべきは


  ◇◇◇


 涼しい笑顔を浮かべているマルドゥークが森の陰から姿を見せたことで、緊張の糸が張りつめる。

 対峙すると、やっぱり存在感があった。

 『竜殺し』という肩書きのせいもあるだろうけど、わたしは小柄な方だから、圧倒されないようにしないと……。


「まずは剣に手をかけるのは、やめて。戦う気、ないから」

「ああ……女性に対して、とる態度じゃなかったかな?」


 剣から手を離してくれたが、にやつく顔を見ていると警戒をゆるめていないのがよくわかる。

 つい、感情が出てしまいそうになる。


「あなたは【竜殺し】でしょ? そんなに警戒する必要がある? わたしは、最低ランクのジャガイモ戦士だよ」

「だろうね。たとえ実際には色々な経験を積んでいたとしても、今のギルドのシステムだと、ランクを上げるためには、討伐クエストを一定数こなす必要があるからね。

キミは、魔物をあえて殺さないように立ち回っているようだし、ランクは上がらないだろうさ」


「わたしは、ランクに興味ない」

「もちろん、キミの自由だよ。どうでもいい。どうしようとも……底辺を這い回っていようと知ったことでもない」

「……ケンカ売ってるの?」

「どうかな。買ってくれるのなら、売ってみたい気もするけどね」


 この人には、ルドとは別の意味で心を乱される。


「おかーさん、このおにいさん?」

「うん、昨日、バイバイしたはずのおにいさんだね」


 いけない、小さい子もいるんだ。わたしが、落ち着かないでどうする。

 落ち着かないと、喰われるぞ。

 深呼吸すると、すこし心が落ち着いた。


「あなたがどういう理由で、今、この場所にいるのは、とりあえず聞かないでおく。

あなたの力を貸して欲しいの。厄介な魔物にわたしの仲間が追われてる可能性があって――」


「なぜ、私がキミを助けなければならない?」


 言葉を途中で遮られる。

 わたしは彼にいい印象を持っていない。彼も、わたしにいい印象は持っていない。

 これがふつうのことだと解っていても、少なからずショックだった。

 でも、だからって、引き下がるわけにはいかない。

 だいじな人を守れるなら、どんな手だって、使う。


「……この惨状を起こした魔物は、【グランドグリゲーター】だと思うの」

「ほう?」


 そっと顔色を伺う。

 少し興味を惹けたように見えた。

 この人は経験値を必要としてる。

 だったら【グランドグリゲーター】は、うってつけの相手だ。

 きっと、協力してくれる。


「根拠は?」

「え?」

「私はこの目で【グランドグリゲーター】を確認してはいない。なら、キミの言葉が信じるにたる、証を見せてもらいたい。

想像ではなく、この場所に【グランドグリゲーター】がいることを証明する物を、見せられるか?」

「……こっちに、来て」


 警戒しながらだったけど、ついてきてくれた。

 倒れた大きな木。根に近いところを調べてみる。

 わたしの想像通りなら、ここに、あるはず。


「……あった」

「なにかな」

「見て。根元が折れるみたいに捻じ曲がってる。こんなこと、普通には起こりえない。よほど強い力で、ぶつかったんだと思う」

「ふむ。それで?」

「この樹の破片に、わかりにくいけど、歯型があるの。ギザギザしたもので斬られてる」

「人がつけた可能性もあるだろう。東方の武具には、そういうものもあると聞くが」

「武具にしては切口が雑で、大きすぎる。あと、ここ。小鳥の死骸があるんだけど……この子。絞め付けられて死んでるの。握りつぶさないように、長い間、絞められてる」

「……」

「この森に生息していて、強い力の持ち主で、ギザギザの歯型。興味を引いたものを弄ぶ。わたしは、こんな存在を【グランドグリゲーター】以外に知らない」


 二人の命が懸かってる。

 わたしは、この説明に、出来る限りの熱を込めた。


「状況を踏まえると、キミの考え通り、いるのかもしれない。それで? 私にどうして欲しいんだったかな」

「力を貸して欲しい」

「きちんと頭を下げなさい。キミは、私に力を貸して欲しいんじゃなかったのか」

「……お願い、します」

「いいとも。ただし、私の協力を欲するなら、土下座してもらおう」


 彼がそう言って不敵に笑った。


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