優先すべきは
◇◇◇
涼しい笑顔を浮かべている彼が森の陰から姿を見せたことで、緊張の糸が張りつめる。
対峙すると、やっぱり存在感があった。
『竜殺し』という肩書きのせいもあるだろうけど、わたしは小柄な方だから、圧倒されないようにしないと……。
「まずは剣に手をかけるのは、やめて。戦う気、ないから」
「ああ……女性に対して、とる態度じゃなかったかな?」
剣から手を離してくれたが、にやつく顔を見ていると警戒をゆるめていないのがよくわかる。
つい、感情が出てしまいそうになる。
「あなたは【竜殺し】でしょ? そんなに警戒する必要がある? わたしは、最低ランクのジャガイモ戦士だよ」
「だろうね。たとえ実際には色々な経験を積んでいたとしても、今のギルドのシステムだと、ランクを上げるためには、討伐クエストを一定数こなす必要があるからね。
キミは、魔物をあえて殺さないように立ち回っているようだし、ランクは上がらないだろうさ」
「わたしは、ランクに興味ない」
「もちろん、キミの自由だよ。どうでもいい。どうしようとも……底辺を這い回っていようと知ったことでもない」
「……ケンカ売ってるの?」
「どうかな。買ってくれるのなら、売ってみたい気もするけどね」
この人には、ルドとは別の意味で心を乱される。
「おかーさん、このおにいさん?」
「うん、昨日、バイバイしたはずのおにいさんだね」
いけない、小さい子もいるんだ。わたしが、落ち着かないでどうする。
落ち着かないと、喰われるぞ。
深呼吸すると、すこし心が落ち着いた。
「あなたがどういう理由で、今、この場所にいるのは、とりあえず聞かないでおく。
あなたの力を貸して欲しいの。厄介な魔物にわたしの仲間が追われてる可能性があって――」
「なぜ、私がキミを助けなければならない?」
言葉を途中で遮られる。
わたしは彼にいい印象を持っていない。彼も、わたしにいい印象は持っていない。
これがふつうのことだと解っていても、少なからずショックだった。
でも、だからって、引き下がるわけにはいかない。
だいじな人を守れるなら、どんな手だって、使う。
「……この惨状を起こした魔物は、【グランドグリゲーター】だと思うの」
「ほう?」
そっと顔色を伺う。
少し興味を惹けたように見えた。
この人は経験値を必要としてる。
だったら【グランドグリゲーター】は、うってつけの相手だ。
きっと、協力してくれる。
「根拠は?」
「え?」
「私はこの目で【グランドグリゲーター】を確認してはいない。なら、キミの言葉が信じるにたる、証を見せてもらいたい。
想像ではなく、この場所に【グランドグリゲーター】がいることを証明する物を、見せられるか?」
「……こっちに、来て」
警戒しながらだったけど、ついてきてくれた。
倒れた大きな木。根に近いところを調べてみる。
わたしの想像通りなら、ここに、あるはず。
「……あった」
「なにかな」
「見て。根元が折れるみたいに捻じ曲がってる。こんなこと、普通には起こりえない。よほど強い力で、ぶつかったんだと思う」
「ふむ。それで?」
「この樹の破片に、わかりにくいけど、歯型があるの。ギザギザしたもので斬られてる」
「人がつけた可能性もあるだろう。東方の武具には、そういうものもあると聞くが」
「武具にしては切口が雑で、大きすぎる。あと、ここ。小鳥の死骸があるんだけど……この子。絞め付けられて死んでるの。握りつぶさないように、長い間、絞められてる」
「……」
「この森に生息していて、強い力の持ち主で、ギザギザの歯型。興味を引いたものを弄ぶ。わたしは、こんな存在を【グランドグリゲーター】以外に知らない」
二人の命が懸かってる。
わたしは、この説明に、出来る限りの熱を込めた。
「状況を踏まえると、キミの考え通り、いるのかもしれない。それで? 私にどうして欲しいんだったかな」
「力を貸して欲しい」
「きちんと頭を下げなさい。キミは、私に力を貸して欲しいんじゃなかったのか」
「……お願い、します」
「いいとも。ただし、私の協力を欲するなら、土下座してもらおう」
彼がそう言って不敵に笑った。




