フランさんがやってくれた~第2ラウンド決着~
◇◇◇
その一撃は地面を抉り、隕石が衝突したようなクレーターを作り出したとかうんたらかんたら言っておけば衝撃の度合いもわかるだろうか。
幸いにも直撃を受けなかったワニもどきも、衝撃で背後に吹き飛ばされ、どごん、と樹にその巨体をぶつけていた。
「おおー、すごいっすねえ! やりゃできるじゃないっすか」
ぱち、ぱち、と乾いた拍手を送る。
消し飛ばされた地面を見たフランさんは、停止する。
「ち、違う! これあたしじゃない!!」
彼女は自分の拳を見つめて、ゼンマイ人形みたいに、もげそうなほど首をぶんぶん振り回していた。
「何いってるんです。どう見てもあなたがやったんでしょ」
「やってない! そんなに力いれてなかったし!」
「フランさんって、実は、有名な戦士とかでしょ。能あるなんたらは尻尾を隠すってやつですか」
「……そういえば、あたしの一族には1000年に一度、突然現われる超戦士の伝説が」
「そう、それ。フランさん、伝説の人。絶望的状況に陥ったことで秘めたる力が目覚めたんですよ。すげえなあ」
「そ、そうなのかな?」
まんざらでもなさそうな彼女と俺がのんきな会話をしている間、吹き飛ばされたワニトカゲは何らうろたえることが無く、
「ウオォォォーン」
体勢を立て直して、野獣のような雄叫びを上げる。
即座にこちらへ突進してくる。
その突進はこれまで見た中で、一番早く、ずっと力強かった。
おかしいな。
およそ生き物であれば感じるはずの反応が無い。
あいつ、目の前で地面を消し飛ばされたというのに、まったく動じてないぞ。
恐怖がないのか? いや――
俺は、初めてあの化け物の目を正面から見た。
光が宿っている、きれいな目をしていた。
「……フランさん、あの一撃。絶対に受け止めてくださいね」
「え? うん」
捕まってしまうと困るので、発破をかける。
気の無い返事を返し、のそのそと構えるフランさん。
「俺が合図したら、なにがなんでも鼻先に一撃を喰らわせてください。その後は、すぐにあいつから離れて」
「な、なにを考えてる、にゃ?」
「逃げる準備」
ハハハ、と極上の笑顔で親指を立ててやったら「いつものおにいさんに戻って!」と懇願された。
いつもの俺って何だよ。元から俺は、こんなんだぞ?
「オオオオオォオオオオオオーン!!」
どしんどしんどしんどしん。
巨体が激しく揺れながら迫ってくる。そのたびに、地面までもが揺れているようだった。
「ギニャアア!? めっさこわい!!!
おにーさん、あたしの側にいるよね……って、いねーし!! 逃げやがったあのやろう!!」
俺はこっそり移動し、狼狽するフランさんを、近くにあった巨木の陰から見物していた。
それにしてもでかい樹だな。見上げれば猛々しく枝が広がり、遥か遠くに頂がある。樹齢何年くらいだろう? 1000年くらいかな。だとすれば、アレといい勝負か。
もうすぐ、一人と一匹が激突する。タイミングを見計らう必要がある。
「あああ、もうもう!! こうなったらやってやるう! マルドゥーク様直伝の奥義を喰らえ!! ネコも歩けば棒に当たる拳!!」
びゅおん。
常識外れのスピードで打ち出されたシンプルに突き出すだけの拳は、風圧を生んだ。
周囲の木々がざわつく。
……うん、どう考えてもフランさんオリジナルだな。
だが。
「ウオオオオオオオーーーーーン」
獣は歓喜の雄叫びをあげた。
ここまできたらフランさんもヤケクソなんだろう。
目から迷いが消えている。
ワニVSネコ。
ありえない戦いが始まった。
獣と獣は打ち合う。牙と拳。壮絶なぶつかりあい。
どごん、どごん、どごどごん。
「硬っ! ぜんぜん効いてないんですけど!?」
フランさんの拳が放たれるたびに風が巻き起こる。
人喰いザメみたいな牙で喰らいつこうとするワニに対し、フランさんは焦りながらも剛拳を的確に当てていく。
しかし、よほど鱗が硬いのか、あるいは強くなっても元が大したことないからなのか。大きなダメージは与えていない。
よく気を引いてくれているとは思う。
「さて」
何合目かに及ぶ打ち合いを眺めて。
――とん、と巨木に触れる。
それだけで、充分だった。
「いいですよー!」
「へぁ? あ、うん。てりゃ!!」
素早い動きで鼻先に一発。
「きゅ!?」
かすめただけの攻撃が、ワニトカゲの意識を一瞬、完全に刈り取った。
いま、あいつは棒立ち状態。意識が遠くにあっても、動けない状態だ。
フランさんがステップで下がる。
その瞬間。
俺の触れた樹が、ぐらぁ、と倒れていく。
どーーーーん!!
「グェェェェェーーーー」
地面が大きく跳ね上がる。
巨木に、ちょうど胴体の中ほどを下敷きにされたワニトカゲが搾り出すような声をあげた。
俺は、冷静に近づいた。
ワニトカゲは衝撃で気絶していた。
だから、そのまま、
「ん」
さくり。
そうするのが当たり前のように、手にした短剣で、そいつの眉間を思いっきり突き刺した。
気絶していた生き物は、声すらあげず。
ちょうど、樹と融合したような奇妙な姿のまま。
長い命を終えた。




