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30代ニートが就職先を斡旋されたら異世界だった件。  作者: りんご
第五章 変わる日々
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トイレに向かった勇敢な二人と一匹


 ◇◇◇


「この辺りで、いいかな」


 草むらの茂みに彼女を立たせる。

わたしが屈むと、ホッとしたようにはにかんだ。


「パンツ、自分で脱げる?」

「うん」


 のろのろと片足を上げて彼女が下着を脱ぐ。

 わたしは後ろを向いて、なるべく気を向けないように努めた。

 

「んんっ」


 安堵した声と共に、ちょろちょろと液体が流れる音がする。

 彼女は、いま、ここに生きている。


「終わった?」

「うん」

「あ、待って」


 彼女がそのままパンツを履こうとしたので、近くに生えていた清潔そうな草を摘んで、彼女に渡す。


「使って。拭かないと、その、だめだから」


 意図がわからず、きょとんとしていた彼女だが、わかってくれたのか、笑顔を向けてくれた。


「自分で拭ける?」

「へいき」


 草を使って、汚れをそっと拭いていた彼女が、可愛らしく口を尖らせた。


「ちくちくする」

「がまんして」


 できるだけ柔らかそうなのを選んだけど、ガマンしてもらうしかない。

 街に戻ればいくらでも紙が使えるけど、今、この場には無いし……。


「ありがと、おかーさん」

「いいよ」


 なんとなく無言になってしまう。

 おかーさん、か。

 今の状況は、逃げているだけなのかもしれない。

 彼女の衣服を整える手伝いをしながら、そんなことを考えてみた。

 わたしは、彼女に何ができるんだろう。

 でも、いまは。


「戻ろう、おとうさんのところへ」

「うん」


 わたしが立ち上がると、元気よく頷いてくれた。

 彼女の手をしっかり握り締めて、元の場所へ戻ろうとしたとき。


 ……地面が揺れた。

 森が、ざわめいている。

 なんだかおかしいな、と思った。


「……地震かな?」

「じしん?」


 よくわかっていなそうだったので、彼女に説明してあげる。


「えっと、地震っていうのはね。自然に地面が揺れるんだ。ずっと昔は、神様の怒りだなんて言ったんだよ」

「? 誰かが、揺らしてるの?」

「ううん、違うよ。地震は、誰かが揺らすものじゃ――」


 そこまで言いかけて、ぴたりと、思考が止まる。


 『誰かが、揺らしてるの?』


 彼女の言葉が、心に疑問を投げかけた。

 先ほどの揺れ。

 わたしは、なんだかおかしいな、と感じなかった?


「――誰かが、地震を起こした?」


 ありえない。

 そんなことは、この周辺にいる普通の魔物にはできない。

 できるとすれば、普通じゃない魔物。

 思い当たる可能性は――


「まさか、【グランドグリゲーター】……?」


 クエストリストに長いこと放置されていた魔物。

 最近は目撃情報もなく、忘れられた魔物。

 人知れず討伐されたのかと思っていたけど、ひっそりと、生き残っていたとしたら。

 最悪だ。


『このっ、ばかちーーーーん!』


 森の向こうから、人の声が響いた。

 その方向からは多くの鳥が羽ばたいてくる。


「今の声、獣人のおねーちゃん?」


 わたしを見上げたマアトが不安そうに尋ねてくる。

 残してきた二人に何かあったのかもしれない。


「も、もどろうよ、おかーさん!」

「そうだね。急ごう」

「うん!」


 彼女が転ばないように慎重に歩調を合わせて駆け足で急ぐ。

 近づくにつれて、わたしは恐ろしくなった。動物が逃げてくる。木々が妙な形に歪んでいる。

 道中にいくつもの動物の死骸が無残に転がっていた。それは、意思を持って殺したというより、通り道を塞いでいて邪魔だったからつい踏み潰してしまった、という感じだった。


「……これは」


 現場を見て、戦慄する。

 森の一角はボロボロだった。

 大木が薙ぎ倒されている。

 何百年と森に根付いた意思を簡単に捻じ曲げて、地面から引き抜かれたように転がっていた。


「な、なにが起こったの? おとーさん、と、おねーちゃんは?」

「落ち着いて。さっき、声が聞こえたでしょ。だから、二人は、まだ生きてる」


 泣きそうなマアトに慰めの言葉をかけて、周囲を注意深く観察しても、人の死体は無かった。

 よかった、と思う反面、あれに目をつけられたらどうなるかを考えた。


 【グランドグリゲーター】という魔物は、大抵の場合、森で生まれ、無垢なまま、その一生をすぐに終える。

子孫を残すと、彼らは例外なく死んでしまう。そういう風に造られているから。

でも、ごくごく稀に、伴侶に出会えなかった個体が、長い長い時間の果てに、際限なく成長する事態が起こりえる。

それが【リトルグリゲーター】の変異種、【グランドグリゲーター】という存在だ。


 好奇心旺盛で、無邪気な、森の破壊王。

 一度、目をつけた生き物は、死ぬまで追いかけてくる。

 彼には悪意がない。ないから、逆に困る。


「でも、はやくおとーさんたちを探さないと」

「そう、だね。でも、その場合――」


 戦う必要がある。

 でも、わたしは【グランドグリゲーター】とは戦ったことがない。

 知識としては、ある。ママから聞かされて、鼻先が弱点だということもわかっている。

 けれども、実際にどうなるかはわからない。

 一人では、勝てるか怪しい。それなら。


「そう、だね。それがいい」

「? おかーさん??」

「いるんでしょ。そこに」


 わたしは、昨日からずっとわたしたちをつけていた気配に声をかけた。

 今も鬱蒼とした木々に隠れているその人に声をかける。

 出てこなかったらどうしようかと思ったけど、ちゃんと出てきてくれた。


「……驚いたね。気配は完全に消したと思っていたのに」


 現われたのは、背の高い金の髪の男の人。

昨日、わたしたちに街を離れるといって去っていった、マルドゥークという男の人だった。



ちょっと毛色を変えてみましたがいかがでしたでしょうか。折を見てちょこちょこ追加する予定です。

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