VS 破壊王、ラウンド1
◇◇◇
「――冗談にゃ?」
「マジです」
フランさんが段々、俺の言ったことを理解して、慌て始めた。
「い、いやいやいやいやいや!! ちょっと待って! なにゆえ、そうなるん!?」
「だって、俺よりランク上でしょ。まともに戦えるのはあなたしかいないです」
「む、無理だから!! 【破壊王】に勝てるわけないじゃん! あれって、冒険者が徒党を組んで討伐に当たるやつ!」
うーむ。まんま、レイドボス、みたいなもんだよな。それって、つまり、タカをくくられてるんだぞ?
『おまえはひとりじゃ何もできやしない』って。
そんなの嫌だろ。くやしいだろ。試してみたくねーの?
「いや、イケルんじゃないですか」
「その根拠の無い自信どっからきてんの!?」
「……うーん。勘?」
「勘って!」
「さっさとぶつかって玉砕、いや、健闘してきてください」
「いま玉砕って言った! あ、わかった! おにーさん、あたしをおとりにして、ひとりで逃げる気だにゃあ!?」
あー、もう。にゃーにゃーうるさいなあ。
「俺がどうとかって話じゃないんです、あなた自身の問題なんです。戦わないと、死にますよ」
眼前には黒い怪物。愛らしい死の獣。黙っていたら食べられます。いいんですか、あなたは、それで。
「わ、わかった、よ……」
震える足を奮い立たせた、フランさんが怪物の前に進み出る。
黒い怪物と対峙するネコ。その様子は、まんま、人間と猫が向かい合っているようだった。
ちらっと、彼女が振り返る。視線が頼りなく揺れていた。
「あの。ひとりでやれ、とか言わない、よね?」
「一つだけ、作戦があります」
「ど、どんな!?」
「さっき聞いたんですけど、フランさんには――というか、獣人の特性っぽいですけど【ネズミ殺し】っていう特性がありますよね」
「え。だめだよ。だって――」
「そうですね、特定の相手にしか発動しない。なので、ここで作戦です」
ごくっと、フランさんが唾を飲んだ。
まあもったいぶる必要もないので、一気に説明する。
「作戦というのは、シンプルです。アレを、、、ネズミだと思えばいいんです」
「は?」
「俺の予想ですが、それで発動するはず、と踏んでいます」
「えと。おにーさんがいま、なにを言ったのかわからなかったんだけど、もう一回、聞いてもいい?」
「アレをネズミだと思ってください」
「聞き直しても同じだった!」
絶望するフランさんに、きゅおー、と鳴くワニ。
どっちも空を仰いで叫んでいるのに、その胸中は大いに異なる。
「やってみてください、たぶん、いけますから」
確か大幅に身体能力強化されるという話だったから、ある程度は、やりあえるはずと踏んでいる。
おそらく数分くらいは持つだろう。
「た、たぶんって、あたし、そんなこと、試したことない――」
「俺の国にこんなことを言った人がいます。自分が信じる自分を信じろ、と」
「その自分を信じられないんですけど!?」
「できなきゃ、死にます。やるんです、あなたが」
「………」
フランさんの目は明らかに不服を訴えていたが、やがて重い腰をあげてくれた。
やるしかないことをわかっていただけたようで何より。
さて。
「おびえるにゃ、あたしは最強。イメージするのは常に自分。目の前にいるのが敵だと思うな。敵はおのがうちにのみいると知れ」
フランさんがマインドコントロールを始めた。
とうとう狂ったか? いや、正気かな?
すぅ、はぁ、と深呼吸の音が聞こえてくる。
流麗な拳法みたいな動きでワニと対峙する様は、なかなか様になっていた。
「さあ、来るがいい! 戦場の徒花の力、とくと見せてやろう!!」
びしっ、とキメ台詞まで言い始めた。
おお、格好だけは、なかなかいいぞ。
「きゅおおーーーーん♪」
「ごめん! やっぱムリ!!」
ワニの迫力に秒で折れて、逃げてきた。
「近くで見ると迫力がちげーの。本能的にムリ。あれ、ぜったいネズミじゃない」
「ヘタレっすね」
「うっさい!!」
でも、戦ってくれないと困るんだよな。
どうするかな、うーん。
「そうだ。一発でいいんで、あいつを殴ってきてくれませんか」
「なんで!? やだよ!!」
「――あいつの弱点は顔の中央。鼻っ柱です。そこに一発食らわせられれば、倒せます」
「鼻って、口のすぐ近くなんですけど!?」
「目がよく見えてないので、簡単に殴れます。思い出してみてください。さっきの鳥も、地面に降りてから、捕まるまで結構かかってたでしょ? 近くのものはよく見えないんです」
「そ、そういえば、そうだった、かも」
「フランさんの力で思いっきりぶん殴れば、倒せます。うまくいかなくても、気絶はさせられます」
「な、なんだぁ。そんなこと知ってたなら、もっと早く教えてくれてもよかったのに」
「拗ねないでください。引っ張った方が面白いと思ったので」
「行ってくる!」
「逝ってらっしゃい」
フランさんが意気揚揚とワニに走っていく。
「きゅああー」
ワニが接近してきたフランさんを捕まえようと、身体をしならせて、まきつけようとする。
が。
「……あ、ほんとだ! よく見えてないみたい!」
おお。
軽々と避けて見せた。
嘘だったのに、思い込みってすごい。
まあ、腐っても身体能力は悪くないし、ワニもじゃれてるだけだから、しばらくは捕まらないだろう。
あとは、殴ってくれれば、いい。遠慮せずに、やっちゃえ。
「くらえーーー!! 全力のーーー! ねこねこあたっーーーーく!」
やる気のそがれる掛け声と共に、彼女が、ぽかり、と拳を振り下ろす。
と。
ドゴオオオオオオオオオオオーーーーン!!
「え!!?」
その一撃は、ワニには当たらなかった。
しかし、その衝撃は隕石のように地面を軽く抉り飛ばした。




