そうだ、馬車で行こう
◇◇◇
家から行商の馬車乗合所までは歩いてそれほどかからないらしいが、1日に運行する数が少なく、昼前の時間を逃すと、その日はもう馬車が出ないそうだ。
よって、朝バーベキューの後、すぐにギルドに出発することになった。
女性も白いシャツから、昨日見た、剣とアーマーのコスプレ衣装に着替えた。改めて見たが、なかなかに堂に入っている。
徹底する主義なんですね、わかります。そんなところもステキですよ。
「馬車ってことは、けっこう遠いですよね」
「うん。馬車でも半日くらいかかる」
「半日かあ」
馬車って、どれくらいのスピードが出るのか知らないけど、そこそこの距離があるんだろうな。あ、サラブレッドだったら早いかも。木曽馬みたいな短足だったら……そんなに早くないな。偉大な馬だけどね、木曽馬。
さくさくと乾いた砂と土の上を歩いていく。
本当にここはどこなんだろう。見上げた先で太陽が大地を照らし、嘲笑う。地元の人だろうか。汗を流し、畑で野良仕事をする人がいた。緑が続く坂道をゆったりと二人で下ると風が感じられる。
犬が鳴けばネコも鳴く。しかし、流れる風景には違和感がつきまとっている。
ピースはぴったりとハマっているのに、出来上がった絵を見ると、どこかちぐはぐだ。
何気ない会話が続いたが、
「もうすぐ着くよ」
「見えますか?」
「あそこ」
女性が指差して教えてくれた。遠くに馬車が確認できる。いてもたってもいられず、早歩きで向かう。女性も俺に歩調を合わせて着いて来てくれた。馬車の実物を見るのは初めてだ。なんか感動するな。
車を引くのは3頭の馬。残念ながらサラブレッドではなかったけど、10人くらいまでは乗れるのかな? 外の風が入らないようにカーテンのようなもので全体が覆われている。
見た目こそ古臭く原始的だが、目的、造り自体は現代と変わらない。
「……イイ」
俺が一人で馬車を眺めている間、
「やあ、サーシャ。採集クエストはもう終わったのか?」
「うん」
「……おい。運賃は銀貨3枚でいいんだぞ」
「わたしの分と、彼の分」
女性は、行商と思われる背の高い、人好きのするおっさんと一言二言、話していた。
女性が馬車に乗ったので、俺も続けて乗る。車内には細長いイスが2つがあって、すでに何人かの乗客が乗って座っていた。思い思いに話をして、時間を潰しているようだった。みんなツアー客なんだろう。
俺は、隣に座ってくれた彼女に、
「サーシャって、誰?」
と小声で尋ねたら、
「わたし」
と小声で返してくれた。なるほどね。ツアーの間はニックネームで通すわけか。個人情報保護の為だろうな。なかなか徹底してるなぁ。
「わかりました。じゃあ俺は、ルドルフでお願いします」
「それが、きみの名前?」
「ええ」
まあ、ただの思いつきだけどね。けれど、彼女はそう思わなかった。
「ルドルフ……。うん、すごくいい名前だと思う。優しくて、暖かい響きがする」
彼女はさらに続けた。
「親しみを込めて、ルド、と呼ばせてもらってもいい?」
「なら俺も、サーシャ、と呼ばせてもらいますよ?」
「いいよ」
俺たちは笑った。
出会ってから2日。ニックネームだけど、ようやくお互いがお互いの名前を知った瞬間だった。