ネコを噛んだ窮鼠は、儚く散る
◇◇◇
多少乾いてましになったが、全員ぬるぬるべとべとのまま、次の仕事へ。
森の入り口付近で巣を作っている魔物の討伐が俺の受けた仕事だ。
【イビルラット】とかいうその魔物は、繁殖力が強く、放っておくと増えてしまうため、早期の討伐が望ましいそうだ。
最近、こいつらの出没が増えているらしい。
ドキドキしながら、日が射す森を歩いていると、陰に動いている影をいくつか見つける。
何体かでまとまって動いていたが、数が多い。ざっと数えても30ぐらいはいる。緊張が走る。
「どうするのサッちん。不意打ちする?」
「……一体ずつ、みんなで協力して倒すのがいいと思う。ぜったい無茶しないで。【イビルラット】に噛まれると――」
「わかってますよ」
用心深いことだね。
彼女が武器を抜いた。俺も武器を構えた。
手がすべる。汗かと思ったらキノコ汁だった。
「マアトも、なにか、する?」
先日の一件で自信をつけたマアトが、てこてこと小さな身体で自己主張をした。
「そうだね。おかあさんたちの後ろにいて。怪我をした人がいたら、お願いできる?」
「うん!」
サーシャさんの問いかけに、元気に頷いた。
素直でいい子だ。
「いきましょう」
「うん」
「オッケー!」
魔物の姿を捉える。
子供ほどの大きさの、ネズミっぽい外見だった。
毛並みは、ぼさぼさ。
ただ、目は血走ったように赤く、ぎょろぎょろしていて、不気味だった。
俺たちの気配に向こうも気づいた。
ネズミたちが、一斉にぎょろりと睨む。途端に、力が抜けて、恐怖が込み上げてくる。
「【獣の睨光】だよ! 相手ステータスを下げるスキルなの! 目を見ないで!」
サーシャさんの叫ぶ声に目を逸らすと、少しだけ気が楽になった。
なるほどね。使う相手が雑魚なので、大した効果はないんだろう。
「たかだかネズミの分際で、このあたしにガンくれるとは、いい度胸だ」
フランさんが舌なめずりしながら、ネズミと交戦する。
その迫力に圧倒されたネズミの何匹かが後退る。
ワケのわからん奇声をあげたフランさんが、スキルなんぞ知ったことかと殴りかかる。
いつのまにか、彼女は、先にイガイガのついたナックルをつけていた。
「ぶぎゅっ」
殴られたネズミが、血飛沫を上げて、ぶっとんだ。
どかんと、樹にぶつかったネズミは、動かなくなる。
一撃で、倒してしまった。
……強い。
それを見たネズミの集団は、この場で一番の脅威はフランさんだと判断したんだろう。
彼女に狙いをつけて、ぞろぞろとまとまった。
だが、それがよくなかった。
「ザコどもが!! うざったいニャア!」
集られたことで、そのパワーが余すところなく発揮される。
彼女が殴る、蹴る、噛み付く。
悲壮な叫びを上げたネズミ達が桜の花びらの如く、どかんどかん散っていく。
引き千切ったネズミを咥えて、薄ら笑いを浮かべるフランさん。
というか、あの人、強くなってないか?
スイッチのはいった狂戦士みたいで、ちょっと怖いんだが。
「猫獣人のパッシブ【ネズミ殺し】の効果かな? 狂乱状態になって、与ダメージ3倍、全ステータス3倍の効果があるの」
「へ、へえ。そうですか」
サーシャさんがなんでもなさそうに言った。
次々に吹っ飛んでいく中心で、あは、あは、あは、とフランさんが高らかに笑っていた。
逃げ惑うネズミたち。追い討ちをするフランさん。
ちょっと可哀相になってきた。
「あ」
命からがら、逃げてきたネズミと目が合った。
俺相手なら勝てると踏まれたんだろうか。
戦闘態勢に入られた。
「マアト、俺の後ろに。くるぞ」
「う、うん」
けん制で、一度、二度と、短剣を振るう。
すると、ねずみは身を翻し器用に剣を避けた。
「このやろう。噛み付こうとしてやがる」
たしか、こいつに噛まれると――なんだったか。
まあ、いい。噛まれなければ、いいのだ。
剣を振るって、距離を取ろうとしたが、しつこいくらいに喰らいついてくる。
……まずいな。このままだと。
「ルドっ!」
自由に動いていたサーシャさんが、風のように走ってきて、目前のネズミを昏倒させた。
刀背を打ち付けたようだ。
「助かりました」
「ううん」
危なかったな。もう少しで―――
「これで最後ニャー」
楽しそうな猫の声と、絶望に彩られたネズミの声。
それも、しばしの間。
すぐに静かになって、森は、いつもの静寂を取り戻した。




