きざし
◇◇◇
ギルドに到着すると、ざわざわと職員の人が慌しく動き回っていた。
冒険者の数も多い。受付にはすでに長い列ができていた。
「昨日のアレ緊急クエストの件じゃないかな? 報酬、後で払うって言ってたし」
フランさんが言った。
なるほど。
それでこんなに人が多いのか。
「まあ、それだけじゃないと思うけどねー」
「というと?」
「虫の大群が攻めてきたんだよ? 色々と聞きたいんじゃないかな」
フランさんは、前線にいなかったから、謎の男のことは知らないはずなのに、彼女は、それを特に気にした様子もない。
見習いたいものだな。
「フランさんは、昨日、何をしてましたか」
「街を見回って、たまに飛んでくる【ビッグホーネット】を倒してたよ。まー、ほとんど前線の人たちが倒してくれたから、
あんまり飛んでこなかったけどねー」
前線は修羅場だったけど。
あの規模の襲撃があって、犠牲者はほとんどいない。
奇跡に近い。
(いや、奇蹟か)
傍らのマアトを見下ろすと、無邪気な顔で首を傾げていた。
やつらは、今日も来るのだろうか。
「マアトちゃん!」
「うわ、ルピアさん!? いつからそこに?」
風が起こったな、と感じた時には、受付のおねえさん、もとい、ルピアさんが、ずざぁー、っと、マアトに勢いよく飛びついていた。
まったく気配を感じなかったぞ。
「あぅ……」
赤面しているマアトに、幸せそうなルピアさんが頬擦りする。その辺でやめてあげて。
「いいんですか。冒険者、大量に並んでますけど」
「いーのいーの。あんなの待たせとけば。こんな朝早くからギルドに来る冒険者なんて、みんなアタマおかしいんだから。おっと、マアトちゃんは別よ?」
『おーい、聞こえてんぞぉー!?』
『報酬もらえないと、今日の朝飯が食べられないんだが……』
『かーちゃんが病気なんだ。早く帰りてえんだよ』
「あー、もー」
渋々、ルピアさんはマアトから離れて、並んでいる冒険者たちの対応に戻っていった。
解放されたマアトが、ほっと息をついて、俺にぎゅっと抱きついてきた。
……すこし、ルピアさんの香水の匂いがする。
「どうする? 報酬、先に受け取る?」
並んだ列を見渡しながら、サーシャさんが「そんなに多くはもらえないと思うけど」と一言付け加えた。
「先に今日の仕事を探して、終わらせましょう。報酬はその後で」
「うん」
「そうだねー」
掲示板の前はほとんど人がいなかった。
すでに仕事は貼られている。俺たちは仕事に目を通した。
各々、仕事を選んでいる。
俺は、というと。
「ルドは、どんなクエストを選……え?」
サーシャさんが、俺が手にした依頼書を覗き込んで絶句した。
「討伐クエスト……」
「そろそろこういうのに挑戦しても良いでしょう?」
「で、でも。危ないんだよ」
当然の反応か。心底、俺の身を案じてのことだろう。
「あれ、手伝ってくれないんですか?」
「もちろん、手伝うよ。でも、」
「じゃあ平気ですよ。サーシャさんが手伝ってくれれば、ね」
俺は、笑ってやる。彼女は押し黙って、何も言えなくなった。
これでいい。
多少強引でも、変わっていかないとな。




