変わらぬ朝に金の魚を② キッチン・フライ
◇◇◇
クン、と匂いを嗅ぐと、魚の焼けた匂いがする。
漂う匂いで、厨房の場所はすぐにわかった。
「おや、おはよう」
「どうも、おかみさん」
「魚を食わせる約束をしちまったからねえ。あんたたちも、今日は魚だよ」
「そのことなんですけども。魚は、塩で焼いただけですか?」
おかみさんは不審な顔をした。
「なんだい、藪から棒に」
「塩だけじゃ味気ないでしょ。オイルも使って味付けしてくれませんか。オリーブと香草の組み合わせは絶妙に美味いんです」
「……あんたが何を言ってんだかよくわからないね。魚は、塩で焼くもんだろ?」
あぁ、そういう発想がないのか。だったら、仕方ない。
「厨房、お借りしても?」
「もう、料理はできてるんだよ、あとは並べるだけさ」
「ですから、お借りしてもいいかと聞いてるんです」
「……ほぉ。つまり、あんたは、こう言いたいわけだ。あたしより、自分の方がうまく作れる、と」
「ちょっと、ルド。いきなり押しかけて、なにを」
「サーシャさんも、フランさんも、マアトも。美味しい方がいいでしょ?」
「それは、でも、だからって――」
「いいさ、構わないよ。自信があるんだね? だったら、やって見せてみな。あたしの料理と、あんたの料理。どっちがうまいか。判定してやろうじゃないか」
おかみさんがサーシャさんを止める。
俺を挑発している。
苦笑いした。
「ええ。ぜひ、参考にしてください」
俺は、昂ぶった心で、厨房に入る。
「ここにある食材は、好きに使ってくれて構わないよ」
「そうですか。では、お言葉に甘えて」
山と積まれた食材を吟味していく。
野草の類、根菜類、果実。でも、一際目を引くのは、金色に光る魚だ。
「珍しい魚ですね」
「そうだろ。この辺でも稀にしか見ない、金鱗魚さ。仕入れ先で、たまたまくれたんだ」
「金鱗魚!?」
「おや、知ってんのかい、獣人の嬢ちゃん」
ごくり、と生唾を飲む音が聞こえた。
「噂話だけは聞いたことがあるにゃ。なんでも、釣り人の間では、伝説として知られている魚で、フィルヒナーの一部の湖にしか生息していないとか。
個体数が少なく、保存方法が限られることから、幻の高級魚と呼ばれ、市場にも滅多に出回らないシロモノ。銀貨数十枚の価値は下らないという。
しかし……」
へえ。これ、そんなにすごいのか。
でも、しかし、なんです、フランさん。
ずいぶん言い淀むじゃないですか。
「……その身、その味は至高ながらも、調理がものすごく難しいと聞いたにゃ。その身は捌き辛く、すぐに焦げてしまう。
この魚を調理できる人間は、一流の料理人しかいない、と」
フランさんが解説してくれた。
魚を触ってみると、弾力のある身が、ほどよく指を跳ね返す。
なるほど、身が締まってる。こういうのは刺身にすると美味いのだが、今回は火を通そう。
調味料と、食材を色々物色。
あれと……あれを組み合わせて……。
「じゃあ、これを使わせてもらいますよ。……っと、刃をお借りします」
「好きにしな」
棚に立てかけてあった包丁みたいな刃を借りる。
鱗を削いで、3枚に下ろす。それほど難しくない。
さっくりと刃が通る。
「ほぅ」
この程度のことで驚かれても困るんだが、内臓を取り除いて、一口サイズに切り分ける。
なるほど、鱗は金色だが、見事な白身だ。
ぷるぷると身が揺れる。
「こいつに……」
手を動かしながら、魚の切り身に小麦をまぶし、卵に浸す。
「……ねえ。今日のおにーさん、手際が鮮やかすぎて、ちょっと格好よくないですか」
「前も、こんなことがあった、けど、でも、今日は、あのときより――」
「なに? おとーさん、なにしてるの? なにが起こってるの?」
普段は格好良くないみたいな言い方すんな、ネコの人。
あとは、焼くだけだ。
じゅっ、と身が焦げ過ぎる前に、手早く皿に盛り付け、サッと塩を振る。
レモンを絞って、果実の油を引く。香草を散らして、出来上がりだ。
それを人数分、さっと、こなす。
「ごくり」
それはこの場にいた4人全員の喉が鳴った音だ。
「どうぞ」
「いただこうかね」
「フォークをどうぞ」
「……むぐむぐ……こ、こいつは……!?」
一口、ぱくり、と食べて、おかみさんの顔つきが変わる。
おかみさんは次に、自分で作った料理にも、手をつけた。
いろんな表情が見て取れた。
おかみさんは、無言で、次の人に促した。
「フランさんも、どうぞ」
「で、では、いただき、ます……にゃ」
ぱくっ、と食べた瞬間、フランさんの耳がぴん、と立った。
「!! …… !! …… !! (言葉になっていない)」
感動したフランさんが皿まで食べ尽くす勢いで魚を喰らっている。
「これは……すごいね。皮がぱりぱりしてるのに、中はしっとり、ふわふわしてる。前に、ルドには、お肉の料理を食べさせて貰ったことがあるけど……」
「おいしい! これ、すごいおいしい!」
マアトも、サーシャさんも、フランさんも、満足してくれたようだ。
大したことはしてないんだけどな。




