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30代ニートが就職先を斡旋されたら異世界だった件。  作者: りんご
第五章 変わる日々
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変わらぬ朝に金の魚を② キッチン・フライ


 ◇◇◇ 


 クン、と匂いを嗅ぐと、魚の焼けた匂いがする。

 漂う匂いで、厨房の場所はすぐにわかった。


「おや、おはよう」

「どうも、おかみさん」


「魚を食わせる約束をしちまったからねえ。あんたたちも、今日は魚だよ」

「そのことなんですけども。魚は、塩で焼いただけですか?」


 おかみさんは不審な顔をした。


「なんだい、藪から棒に」

「塩だけじゃ味気ないでしょ。オイルも使って味付けしてくれませんか。オリーブと香草の組み合わせは絶妙に美味いんです」

「……あんたが何を言ってんだかよくわからないね。魚は、塩で焼くもんだろ?」

 

 あぁ、そういう発想がないのか。だったら、仕方ない。


「厨房、お借りしても?」

「もう、料理はできてるんだよ、あとは並べるだけさ」

「ですから、お借りしてもいいかと聞いてるんです」

「……ほぉ。つまり、あんたは、こう言いたいわけだ。あたしより、自分の方がうまく作れる、と」

「ちょっと、ルド。いきなり押しかけて、なにを」

「サーシャさんも、フランさんも、マアトも。美味しい方がいいでしょ?」

「それは、でも、だからって――」

「いいさ、構わないよ。自信があるんだね? だったら、やって見せてみな。あたしの料理と、あんたの料理。どっちがうまいか。判定してやろうじゃないか」


 おかみさんがサーシャさんを止める。

 俺を挑発している。

 苦笑いした。


「ええ。ぜひ、参考にしてください」


 俺は、昂ぶった心で、厨房に入る。


「ここにある食材は、好きに使ってくれて構わないよ」

「そうですか。では、お言葉に甘えて」


 山と積まれた食材を吟味していく。

 野草の類、根菜類、果実。でも、一際目を引くのは、金色に光る魚だ。


「珍しい魚ですね」

「そうだろ。この辺でも稀にしか見ない、ゴールフィッシュさ。仕入れ先で、たまたまくれたんだ」

ゴールフィッシュ!?」

「おや、知ってんのかい、獣人の嬢ちゃん」


 ごくり、と生唾を飲む音が聞こえた。


「噂話だけは聞いたことがあるにゃ。なんでも、釣り人の間では、伝説として知られている魚で、フィルヒナーの一部の湖にしか生息していないとか。

個体数が少なく、保存方法が限られることから、幻の高級魚と呼ばれ、市場にも滅多に出回らないシロモノ。銀貨数十枚の価値は下らないという。

しかし……」


 へえ。これ、そんなにすごいのか。

 でも、しかし、なんです、フランさん。

 ずいぶん言い淀むじゃないですか。


「……その身、その味は至高ながらも、調理がものすごく難しいと聞いたにゃ。その身は捌き辛く、すぐに焦げてしまう。

この魚を調理できる人間は、一流の料理人しかいない、と」


 フランさんが解説してくれた。

 魚を触ってみると、弾力のある身が、ほどよく指を跳ね返す。

 なるほど、身が締まってる。こういうのは刺身にすると美味いのだが、今回は火を通そう。

 調味料と、食材を色々物色。

 あれと……あれを組み合わせて……。


「じゃあ、これを使わせてもらいますよ。……っと、刃をお借りします」

「好きにしな」


 棚に立てかけてあった包丁みたいな刃を借りる。

 鱗を削いで、3枚に下ろす。それほど難しくない。

 さっくりと刃が通る。


「ほぅ」 


 この程度のことで驚かれても困るんだが、を取り除いて、一口サイズに切り分ける。

 なるほど、鱗は金色だが、見事な白身だ。

 ぷるぷると身が揺れる。


「こいつに……」


 手を動かしながら、魚の切り身に小麦をまぶし、卵に浸す。


「……ねえ。今日のおにーさん、手際が鮮やかすぎて、ちょっと格好よくないですか」

「前も、こんなことがあった、けど、でも、今日は、あのときより――」

「なに? おとーさん、なにしてるの? なにが起こってるの?」


 普段は格好良くないみたいな言い方すんな、ネコの人。


 あとは、焼くだけだ。

 じゅっ、と身が焦げ過ぎる前に、手早く皿に盛り付け、サッと塩を振る。

 レモンを絞って、果実の油を引く。香草を散らして、出来上がりだ。

 それを人数分、さっと、こなす。


「ごくり」


 それはこの場にいた4人全員の喉が鳴った音だ。


「どうぞ」

「いただこうかね」

「フォークをどうぞ」

「……むぐむぐ……こ、こいつは……!?」


 一口、ぱくり、と食べて、おかみさんの顔つきが変わる。

 おかみさんは次に、自分で作った料理にも、手をつけた。

 いろんな表情が見て取れた。

 おかみさんは、無言で、次の人に促した。


「フランさんも、どうぞ」

「で、では、いただき、ます……にゃ」


 ぱくっ、と食べた瞬間、フランさんの耳がぴん、と立った。


「!! …… !! …… !! (言葉になっていない)」

  

 感動したフランさんが皿まで食べ尽くす勢いで魚を喰らっている。


「これは……すごいね。皮がぱりぱりしてるのに、中はしっとり、ふわふわしてる。前に、ルドには、お肉の料理を食べさせて貰ったことがあるけど……」 


「おいしい! これ、すごいおいしい!」


 マアトも、サーシャさんも、フランさんも、満足してくれたようだ。

 大したことはしてないんだけどな。


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