表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30代ニートが就職先を斡旋されたら異世界だった件。  作者: りんご
第五章 変わる日々
62/96

悪い夢


 □□□


 日の光と、覚えのある香り。

 寝起きに伸びをする。身体が妙に疲れていた。


(昨日、いろいろあったからかな?)


 宿での朝を迎えるのは3度目だったか、なんてぼんやり考えた。

 いい匂いがする。脂を焦がす匂い。食欲をそそられる匂いだ。

 部屋をぐるりと見渡しても、誰もいない。


「サーシャさん?」


 声を出しても、答えるものは無い。

 虫の声ひとつ聞こえない、とても静かな朝だ。

 きっと、昨日みたいに、朝の散歩にでも出かけたんだろう。


(……全員で?)


 なんだか おかしい気がして、部屋を出る。

 宿中が、しん、と静まり返っていた。

 初めて見たときは、暖かい、と思った壁も、今は無機質にしか感じられない。

 壁の染みも、なんだか恨みを向ける人の顔のように見える。

 仄かに燻る鉄の匂いがした。


(どこかにいるはずだ。きっと、隠れているだけだ)


 ふいに、恐ろしい想像がよぎる。

 すべてが、夢なんじゃないか、と。


 胡蝶の夢。

 この世は、ひとりぼっちの、たった一匹の虫ケラが見ている夢。


「誰か! いないのか!!」


 誰でもいい。

 人は孤独で生きられない。

 俺は、ただの人だ。

 命の無い世界で生きられない。

 寒くて、凍えてしまう。


 無闇に叫んでは、走り回る。

 存在を証明するために、叫ぶ。叫びつづける。

 俺は、ここにいる。


 流れる視界の向こうに、たくさんの影がある。

 俺はその影の方に吸い寄せられる。

 

 ―――影は、死体だった。

 動く事の無い、いくつもの影は、夥しい死の塊だ。


 知っている人もいる。

 知らない人もいる。


 男も、女も、子供も、老人も。

 刃物で斬られ、焼かれ、潰されている。無残な状態だった。

 血が思ったほど流れていないな、なんて冷静に観察する自分と、事態を受け止められない俺がいる。


 ひとつの影が、ぎらりと俺を見る。

 瞳に覚えがある。知っている人だった。

 驚く俺に、その人は、よく知っている人の声で、呟いた。

 

「あなたが、みんな、殺したのよ」



 ◇◇◇


「うわぁああああああ!!?」

「だいじょうぶ、だいじょうぶだから!!」


 暴れる悪夢から現実に戻ると、柔らかく、温かい肌の感触を感じる。

 誰かに包み込まれている。

 その誰かが、サーシャさんだと認識すると、落ち着いた心持ちになった。


 まずは、苦しい呼吸を整える。

 はぁ、はぁ、と過呼吸気味な肺が、いつものリズムを取り戻す。

 サーシャさんは、俺が落ち着くまでの間、優しくずっと抱きしめてくれていた。


 密着していると、とくとく、と心臓の音が聞こえてくる。

 彼女は、生きている。


「……落ち着いた?」

「ええ……すみません」

「いいよ。そういうときは、ありがとう、の方がいい、と思うな」


 彼女は笑った。

 あぁ、いいね。この顔だよ。

 ドキドキと胸が高鳴る。

 この人も、俺と同じように、俺に好感を持ってくれていれば最高だ。


 ――おまえに、何がある? 

 ――うるさい、黙れよ。


「ええ、そうですね。ありがとうございます」


 心の声を冷静に握りつぶし、俺は、努めていつもの調子で答えた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ