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30代ニートが就職先を斡旋されたら異世界だった件。  作者: りんご
第四章 戦いは唐突に
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勝利の後は、爺と二人きり


 ◇◇◇


 戦闘が終わると、夕方に聞いたのとは別の鐘の音が、街中に木霊していた。

 安全を告げる鐘の音だそうだ。

 ぞろぞろと人々が住処に戻っていく光景を見てきたが、特に大きな被害は無く、無事に戦闘を終えられたように見えた。


 で、いろいろあって、ここはギルド本部の一室。

 部屋には、俺と、ギルド長のじいさんしかいない。

 窓からの闇を、室内のランプが照らして、跳ね返す。


「まあ、堅苦しい挨拶は抜きにして。狭いところじゃが、ゆっくり掛けなさい」


 テーブルにはじいさんだけが、ゆったりと腰掛けていた。

 じいさんに呼び出された俺は、事情を聞かれている。

 他の人たちも一人ずつ職員に呼び出されているようだった。


「わしが一人なのが、そんなに不思議かね?」


 表情に出てしまったのだろうか。

 確かにお付きの人がいないのは不思議でも有るが、じいさんは快活に笑った。


「なに簡単なことよ。今は護衛なんぞ必要ないから、付けておらん」


 必要ない?

 それは、どういう――


「さておき、聞かせてもらいたい。なにがあったか。情報が錯綜しておるでの。皆の証言をまとめたい。できるだけ詳細に頼む」


 事情を説明する。

 とりあえず勝利したこと。黒幕がいたこと。まだ、危機は去っていないかもしれないこと。


 あの謎の人物。

 人と言っていいのかわからないけど。

 滅びをもたらす者。

 エスクード、というその名を伝えたとき、じいさんの顔色がわずかに歪んだ。


「ふむ、そのエスクードという者……聞くに、わしの不肖の弟子じゃな。まず間違いなかろうて」

「弟子?」

「さよう」

「あの人、影に溶けるみたいに現れたり、消えたり、明らかに人間業じゃなかったんですけど」

「それはわしも解せんが……まま、そういうこともあるんじゃろう。あやつの執念を踏まえれば、な」

「……魔術師と名乗ってましたけど、おじいさんも、魔術師なので?」

「そうは見えない、とでも言いたそうじゃな」


 じいさんが、耳をぴこっと立てて、ムッとしていた。

 俺は慌てて謝る。


「す、すみません」

「いや、その通りなのだがな。見た通り、わしは魔術師ではない」


 カカ、と笑うじいさんは特に怒っている様子はなかった。

 ……このじいさん、最初の印象と違うな。ずいぶん話易そうだ。


 じいさんと話していると、嫌でも思い出す。

 爆発で犠牲になった男のことを。そりゃ、いい印象は持っていなかったが、だからといって死んでほしいなんて思っていなかった。


 恐ろしくなる。

 感情も何も無い身体。一目で死んでいることがわかる、身体と言う名の肉塊だった。

 でも、本当に恐ろしいと思ったのは――


「……ふむ、人が死ぬのを見たのは初めてか?」

「え? はい」

「おぬしの世界では、人は死なぬのか?」


 俺の世界?

 国、ということだろうか。

 確かに日本は平和な国だし、そうそう人が死ぬ事は無い。

 海外の国では違うだろうけど。


「死にますよ。ただ、身近にはありません」

「さぞ素晴らしい世界じゃろうな」

「いいえ、退屈なだけですよ」


 そこまで聞いたじいさんが、わずかに相好を崩した。


「……おぬし、似とるの」

「似てる?」

「決まっておろう。エスクードにじゃよ」


 俺が?

 あの影みたいなやつに?


「止してくださいよ」


 まったく似ていないと思うのだが、俺の様子を見て取ったじいさんは慌てずに弁解した。


「ああ、勘違いするでない。似とるのは外見ではなく、雰囲気や性格の方じゃ」

「性格?」

「彼奴は、おぬしと似ておる。似ておった。物腰が穏やかで、自分には関係ない違う世界から、現実を見ておるような奴じゃったからの。いやいや、懐かしい」


 じいさんはそこで言葉を切って、


「ときに、終末思想というのは知っているかね?」

「なんですか、唐突に」


「終末思想とは、世界が終わるとき、とんでもないことが起きるから、今のうちにやれることをやっておきましょう、って教えじゃな。

世紀末への不安を煽り、世界の切り替わる瞬間、人々の罪悪感を揺さぶる。

いわゆるカルト教徒どもが、信者の心を掴むためによく崇拝する思想でもある」


 じいさんが話してくれた内容と、俺が知っている内容は大体同じようなものだった。

 けど、なぜ突然じいさんが、そんなことを聞いたのかは、わからない。


「なぜ、そんな話を?」

「いや、こたびの騒動に関りがあるのだよ」


 じいさんは口のヒゲを、もそりと動かそうとしたが、すぐに止めてしまう。

 言い辛いのだろうか。


 世界の終わり。

 襲いくる虫の群れ。

 現われる滅びの使者。


 様々なことが浮かんでは消えた。

 俺は、とてつもない事態に巻き込まれているのでは?

 ぶるっと震える。


 じいさんが重い口を開いた。


「先に言っておくが、終末思想なんてモンは、根も葉もない噂話じゃよ。

そんなモンに振り回されるものは、馬鹿者じゃ、大馬鹿者じゃな」


「馬鹿ですか!?」


「さて、話を戻そうかの。

そのエスクードという者はな、元々、わしの元で、体術と剣術を学んでおった男だよ。

貴族の生まれでの、何不自由なく育ってきた輩での。

……ゆえに、戦いの才能がまるで無かった。ほんに、これっぽっちもさっぱりな。


だが、わしはきゃに魔術の才があることを見抜いた。

なればこそ、奴を破門にし、追放したのだ。

無論、彼奴を思えばこそ。

だが、奴は、承諾しなかった。最後まで反抗した。


それが数年前のことよ。

あの馬鹿者は、弟子だった頃から終末思想に染まっておったが、まさか、同志を見つけて、悪化して戻ってくるとはのぅ」


「なら、この街が襲われたのは」

「うむ。あやつは滅びだ何だと言うておったのじゃろうが、わしへの恨みがあるだけじゃろう。復讐するまでは、また来るはず。執念だけは人一倍強いやつじゃったからのお」


 じいさんは大きく頷いていた。

 い、いや。

 悪いのはじいさんじゃない、身勝手な恨みを爆発させたやつだ。


「此度のこと、あやつ一人の仕業ではないのは気になるが、おかげで大分、事態がつかめてきたわい。もう今日は遅い。帰ってくれて構わんよ」


 じいさんは俺に礼を言った。

 このじいさんは、信頼できると思う。

 なら、もう少し聞いてもいいのかもしれない。


「あの。ちょっと気になることが」

「何かな」

「マアトのことなんですが」

「少年と同じく、記憶の無い子供じゃったか。なんでも、此度の窮地を救ったのは彼女だとか。皆が、大した魔術だったと誉めておったわ」


「ええ。その、彼女。あのときに、初めて知ったはずなんです。あの手品を」

「……というと?」

「彼女からすれば、初めて見たマジックを、面白がって真似したようなものなんですよ、たぶん」

「ほう」


「前にも、そんなことがあったんです。そのときも真似しただけだと言って、魔法みたいなことをやってのけました。

でも、マジックと呼ぶにはあまりにも、現実離れしすぎている。種も仕掛けも、まるでわからない。

マアトは、いや、彼女は、何者だと――」


「やめんさい」


 じいさんが止めた。


「彼女には身元が無いと聞いている。

最大の味方でいてくれる親が、今は側におらぬのだ。そんな子供を、近しいはずの、ぬしが信じなかったら、誰が信じてくれるというのか?」


「い、いえ、そういうつもりでは」


「どうあれ、彼女が皆を救ったのは事実。

となれば、詮索するよりも、先に感謝を伝えるべきではないか?」


「あの、俺を家に帰してくれる件は、どうなってますか」

「うむ……まだ、もうしばしかかるかの」

「そう、ですか」


 俺は、じいさんに小さく頭を下げる。

 もう、用は無いだろう。


 さっきのやりとりを思い出した。

 俺が、本当に恐ろしいと思ったのは。

 俺が、その光景に、なんの感情も抱いていないことだった。


「……少年。

常者、未来を憂わず、過去を引きずらず。

悩むより、動きなさい。今だけを懸命に生きよ。悩み止まる者に、未来は無いのだから」


 じいさんの言葉はなんとなくわかった。

 だが、割り切ることはできなかった。



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