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30代ニートが就職先を斡旋されたら異世界だった件。  作者: りんご
第四章 戦いは唐突に
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光と虫


  ◇◇◇


「ふん、なにが土産だ。こんなもの、俺ひとりで――」

「!? よせ!!!」


 激しい静止の言葉も聞かず、一人の男が、地面で脈動する虫を、なんでもないように切り捨てた。

 ギルドで俺たちに因縁をつけてきた、あの冒険者だった。

 あっさりと剣に切り裂かれた虫は、刹那――

 

 ――ぼんっ。


 跡形もなく爆散した。

 白煙が上がり、ふいに起こった突風に手をかざしていると、どさり、と、男が力無く地面に崩れ落ちていた。


 静寂。


 嘘だろ? そんな簡単に、人が死ぬのか?

 ……爆発をまともに受けた男は、黒焦げになっていた。

 皮膚がただれ、焼けた顔は、おぞましい、というより、


(悲しい)


 俺は、なんて悲しい姿なのだろうと思った。

 こんな人間の姿を見るのは初めてだ。

 動かない体。命の失われた体。さっきまで当たり前に生きていた人間が、スイッチを切られたように動かなくなる。

 失われたのだ、目の前で。何もかもが。


 虫は、ダンジョンの【ヒドラスライム】とか言うのと同じような性質を持つのだろう。

 斬らば、爆発せん。

 あのときは、びちゃびちゃの水が降りかかるだけだったが、今度は違う。

 降りかかるのは、死。


『くそっ! これが奴の狙いだったのか!』

『この数に自爆されたら、俺たちだけじゃねぇ。ここら一帯、吹き飛んじまうぞ!?』

『バ、バリアを張って!!』

『無茶言わないで! MPなんてもう、残ってない! 残ってたとしたって、こ、こんなの……防げないよ!』

『あんたが後先考えずに、魔術を使うから!!』

『やだよ! こんなとこで、虫の自爆喰らって死ぬなんて!!』

『どうにかできないのか!?』


 どうすることもできず、立ち往生する冒険者。

 泣き出す冒険者もいた。

 達観している冒険者もいる。


「サーシャさん、なんとか、なりますよね?」

「……」


 なんで?

 どうしてそんな顔をする?


 彼女は、ゆっくりと首を振った。

 初めてだった。

 彼女の、あんな悲しそうな目を見たのは。


 これまで、あなたは、どんなことだって、飄々と切り抜けてきたじゃないか。

 こんなに簡単に終わってしまうのか?


 俺は、


 俺に、なにか、できることはないのか。

 なんでもいい。なにか、できることがあるはずだ。

 人の声が聞こえる。


 マアトが、不安な顔を見せる。


「おとーさん、虫、爆発するの?」

「……」


 俺は、何も、


「みんな、死んじゃうの?」

「……」


 俺は、何も、、、


 虫の輝きが烈しくなる。


「まずい、みんな、逃げ――」


 岩男さんが叫んだのが意識の端で聞こえた。

 逃げろったって、こんな状況で、どこへ?


 豪風が吹き荒れる。

 ちらりとサーシャさんを見ると、ぎゅ、と手を握ってくれた。

 その手から、ある思いを受け取る。……あきらめているのだ。


 目をつぶった。誰もが諦めた。


 そのとき。


「【フレクト】」 


 小さく頼りない声がした。

 だけど、はっきり聞こえた声。

 救いの声。


 おそるおそる目を開けると、虫を呑み込むほどの輝く光の幕が、俺たちひとりひとりを包みこんでいる。

 光の幕は、連続する爆風と爆音を、ものともせず、そこにある。

 いや。……爆発を飲み込んでる?


 ぼん。ぼん。ぼん。

 立て続けに爆散していく虫を、光が弾き、消し飛ばしていく。


『おい、だ、誰がこんな魔術を』

『奇蹟だ……』

『そんな、これは……私の、【リフレクト】……? でも、こんな大規模に、ありえない……』


 冒険者たちが驚愕し、マアトをかばってくれた女性は、驚きの声を上げた。

 もちろん、これを誰がやったのかは、わかっている。


「マアト……」


 彼女は、俺たちの目の前で、光の障壁を維持させていた。苦しげな声が聞こえてくる。


「死なせない、死なせるもんか、みんな、助ける!」


 彼女は震えている。息も荒い。

 震える足で、なんとか立ち上がって、爆発を必死で抑えていた。

 さっき知ったばかりの、頼りない心強い魔法で……


「あ、ああ、あああああああああ!!!」


 マアトが、腹の底から叫んだ。

 俺たちには、応援することしかできない。

 何もできない。俺たちのために、がんばっているというのに。


 極光の光が、周囲を覆った。 

 荒れる大地。飛散する虫。

 風がびゅんびゅん吹いて、光が収まると、


 力を使い果たしたマアトが、その場に倒れ込んだ。


 あれほどいた虫は、キレイにいなくなっていた。

 


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