光と虫
◇◇◇
「ふん、なにが土産だ。こんなもの、俺ひとりで――」
「!? よせ!!!」
激しい静止の言葉も聞かず、一人の男が、地面で脈動する虫を、なんでもないように切り捨てた。
ギルドで俺たちに因縁をつけてきた、あの冒険者だった。
あっさりと剣に切り裂かれた虫は、刹那――
――ぼんっ。
跡形もなく爆散した。
白煙が上がり、ふいに起こった突風に手をかざしていると、どさり、と、男が力無く地面に崩れ落ちていた。
静寂。
嘘だろ? そんな簡単に、人が死ぬのか?
……爆発をまともに受けた男は、黒焦げになっていた。
皮膚がただれ、焼けた顔は、おぞましい、というより、
(悲しい)
俺は、なんて悲しい姿なのだろうと思った。
こんな人間の姿を見るのは初めてだ。
動かない体。命の失われた体。さっきまで当たり前に生きていた人間が、スイッチを切られたように動かなくなる。
失われたのだ、目の前で。何もかもが。
虫は、ダンジョンの【ヒドラスライム】とか言うのと同じような性質を持つのだろう。
斬らば、爆発せん。
あのときは、びちゃびちゃの水が降りかかるだけだったが、今度は違う。
降りかかるのは、死。
『くそっ! これが奴の狙いだったのか!』
『この数に自爆されたら、俺たちだけじゃねぇ。ここら一帯、吹き飛んじまうぞ!?』
『バ、バリアを張って!!』
『無茶言わないで! MPなんてもう、残ってない! 残ってたとしたって、こ、こんなの……防げないよ!』
『あんたが後先考えずに、魔術を使うから!!』
『やだよ! こんなとこで、虫の自爆喰らって死ぬなんて!!』
『どうにかできないのか!?』
どうすることもできず、立ち往生する冒険者。
泣き出す冒険者もいた。
達観している冒険者もいる。
「サーシャさん、なんとか、なりますよね?」
「……」
なんで?
どうしてそんな顔をする?
彼女は、ゆっくりと首を振った。
初めてだった。
彼女の、あんな悲しそうな目を見たのは。
これまで、あなたは、どんなことだって、飄々と切り抜けてきたじゃないか。
こんなに簡単に終わってしまうのか?
俺は、
俺に、なにか、できることはないのか。
なんでもいい。なにか、できることがあるはずだ。
人の声が聞こえる。
マアトが、不安な顔を見せる。
「おとーさん、虫、爆発するの?」
「……」
俺は、何も、
「みんな、死んじゃうの?」
「……」
俺は、何も、、、
虫の輝きが烈しくなる。
「まずい、みんな、逃げ――」
岩男さんが叫んだのが意識の端で聞こえた。
逃げろったって、こんな状況で、どこへ?
豪風が吹き荒れる。
ちらりとサーシャさんを見ると、ぎゅ、と手を握ってくれた。
その手から、ある思いを受け取る。……あきらめているのだ。
目をつぶった。誰もが諦めた。
そのとき。
「【光障壁】」
小さく頼りない声がした。
だけど、はっきり聞こえた声。
救いの声。
おそるおそる目を開けると、虫を呑み込むほどの輝く光の幕が、俺たちひとりひとりを包みこんでいる。
光の幕は、連続する爆風と爆音を、ものともせず、そこにある。
いや。……爆発を飲み込んでる?
ぼん。ぼん。ぼん。
立て続けに爆散していく虫を、光が弾き、消し飛ばしていく。
『おい、だ、誰がこんな魔術を』
『奇蹟だ……』
『そんな、これは……私の、【防壁】……? でも、こんな大規模に、ありえない……』
冒険者たちが驚愕し、マアトをかばってくれた女性は、驚きの声を上げた。
もちろん、これを誰がやったのかは、わかっている。
「マアト……」
彼女は、俺たちの目の前で、光の障壁を維持させていた。苦しげな声が聞こえてくる。
「死なせない、死なせるもんか、みんな、助ける!」
彼女は震えている。息も荒い。
震える足で、なんとか立ち上がって、爆発を必死で抑えていた。
さっき知ったばかりの、頼りない心強い魔法で……
「あ、ああ、あああああああああ!!!」
マアトが、腹の底から叫んだ。
俺たちには、応援することしかできない。
何もできない。俺たちのために、がんばっているというのに。
極光の光が、周囲を覆った。
荒れる大地。飛散する虫。
風がびゅんびゅん吹いて、光が収まると、
力を使い果たしたマアトが、その場に倒れ込んだ。
あれほどいた虫は、キレイにいなくなっていた。




