滅びの予感
◇◇◇
唐突に俺たちの前に現れた黒い影。黒い人。
「こんにちは。いや、こんばんは、かな? 人の言葉は難しいね」
黒い人が親しげに口を開く。
否。
人では、ない。人ではない、何かだ。
黒い羽を携えた何かの声は、妙にキレイで耳に残った。
「なんだ、あいつは!」
「な、、この膨大な魔力!?」
「目を逸らすな! 気をつけろ! ……、こいつ……すさまじく、強い……!」
異変に気づいた皆が、騒ぎ始める。
緊張する気配が伝わってくる。
俺とマアトは起こっている事態が理解できない。
何かが自嘲するように呟く。
「あぁ、こんなに生き残るなんて思いませんでした。いや、人間というのは、想像以上に、しぶとい生き物だったようですよ」
「……何者、だ?」
「そうですねえ。あなたがたに滅びをもたらすモノ、といえば、わかりますかね?」
質問に答えた、
岩男さんが、はっ、と思いついたように、緊張で震える声を再び絞り出した。
「まさか!? おまえ、魔王、なのか!?」
「いいえ。私の名はエスクード。しがない魔術師です。
私など、あの方の足元にも及びはしませんでしょう。……それでも、世界を1度、滅ぼすには充分でしょうけれども」
「何が言いたい?」
「私たちは、とある理由から、滅びの御使い様を崇拝するモノでしてね?
予言によれば、今代の御使い様は、すでに現れているはずなのです。
ですが、一向に、福音をもたらしてはくださらない。
そこで、われらが先陣を切ろうと思い立ったのです。
残念ながら、あの虫では、少々、役不足だったようですね。
……次は、もう少しいいのを連れてきます」
「……なるほど。よくわかったよ。おまえは、敵なんだな?」
彼が、剣を引き抜いて構える。
剣を向けられているのに、何かは笑っている。
耳障りなのに、心地いい不思議な声だった。
「おやめなさい。今日は、ご挨拶に伺ったまでですから。見るに、あなたも、満足に戦える状態ではないでしょう。私も、今、戦うつもりはありません。これで失礼しますよ」
人の形を取る存在が影に薄れていく。
まるで、元から存在していないように、空気に溶けていく。
俺たちは、何もできなかった。
「あぁ、そうそう。忘れるところでした。お土産をどうぞ。皆さんで、ご賞味あれ。虫たちの、最後のあがき、ってやつを」
土産?
なんのことだ。
気配は、最後にそう言い残して、完全に消え去った。
張りつめた糸が切れる。
その瞬間。
ぶぶぶぶぶ、と地面に転がる虫の死骸が震えだした。
「!? これは! まさか、自爆!?」
サーシャさんが、緊張した声をあげた。
自爆?
俺はテロだとかで犯人が爆弾を体内に飲んで、敵の本拠地へ潜入する様子を想像した。
まさか、この虫たちの中に、爆弾が入っているの、か?
一斉に共鳴し、光を放つ、大きな虫たち。
禍々しく、本来、生物としてはありえない脈動を繰り返す、死骸の山。
とてつもなく、嫌な予感がした。




