黒い影
◇◇◇
最後の一匹が、きゅるきゅると、地に落ちる。
「ふぃーーー」
安堵、疲労、達成感。
誰もが、種々多様な思いを浮かべていた。
地面にはおびただしい数の、虫だったもの。
歩くたび、踏みそうになるそれを懸命に踏み分けて、皆、一生懸命、戦い抜いた。
虫は足掻いた。
人も懸命に足掻いた。
「おつかれさま」
はぁはぁと息をつく俺に、サーシャさんが、そっとタオルを渡してくれる。
その声色からは、疲れた様子がまるで感じられない。
俺とは体力が違うのかな。
ま、まあ。俺は、ニートだったし。
これから、体力をつけていけばいいさ。
ひんやりと冷たいタオルで、顔を拭う。汗が、心地よかった。
すると、岩男みたいな冒険者が、その巨体に似合わず、たたっ、と寄って来て、労いの言葉をかけてくれた。
のだが。
「がんばったな。力量不足にも関らず、倒れることなく、最後まで戦い抜いたことは敬意を表する。
だが、子供がいるのに、逃げを選ばなかったのは、いただけねえな。なんで、逃げなかった?」
「皆が戦ってるのに、逃げるのは、卑怯者のやることだと思ったからです」
「……あのな。おまえの価値観は、どうでもいい。
どうすることが最善で、どうするのが次点なのか? その判断をするのが、こういう状況じゃあ、一番、大切なことなんだ。
やっぱり、おまえさんは、じゃがいもだな」
「おとーさん、がんばった」
俺が馬鹿にされたと思ったのだろう。マアトが頬を膨らして、口を挟んだ。
岩男は、その外見から想像できないほど優しい目を向けて、言った。
「そうだな、きみのお父さんは、よくがんばった。
きみのお父さんは、弱い。おそらくこの場の誰よりも、この上なく、弱いだろう。
にも関らず、戦い続けることが出来たのは不思議で仕方がないんだよ。
それは、誰かが助けてくれたからだろ?
だからこそ、次は、その誰かの助けになってやらなきゃならねえ。きっとなれるはずだ。
……傍らで静かに佇む、赤い剣のようにな」
俺に言うでも、マアトに言うでもないその言葉に、ぴくり、とサーシャさんが反応した。
冒険者たちの気楽な声が、耳に届く。
『ねぇねぇ。この虫って、埋めなきゃダメなの?』
『当たり前じゃん。土に埋めてやるまでが、仕事だよ』
『まだ生きてるのもいるんですけど?
『安寧の風、告げるは安らぎの眠り、【酔眠】』
『MPあったのか』
『今ので、無くなっちゃった』
『無駄撃ちすんな』
気の抜ける仲間の様子に、岩男さんは苦笑していた。
「さて、このまま俺たちは、ここにしばらく残るが……おまえさんたちは、どうす――」
突然。
目の前で、俺たちの黒い影が、伸びたり、縮んだりしながら、ぐにゃぐにゃと線を結び、噴霧しながら、羽の生えた人の姿を形取った。
肉を帯びた人は、ぼんやりと、俺たちを捉える。
冷たい目をしていた。




