巨大蜂、襲来
◇◇◇
「……こりゃ、やべぇ」
月を覆い隠す影。
夜の闇さえ覆ってしまいそうな黒い影は、本能的な嫌悪を、呼び起こす。
風に混じって嫌な羽音が微かに聞こえてくる。
サッカーボールくらいの虫。蜂の群れ。
さっき観た虫と同じのが、彼方の空一面を覆い尽くしている。
異変に気づいた冒険者たちが気をやって騒いだ。
「おいおいおい、数が多すぎるんじゃないか?」
「さっきの10倍くらい来てない?」
「誰だよ、もっと来ても余裕とか、抜かしたやつ!!」
「おまえのせいだぞ!」
「お、俺のせいなのかっ?!」
「そうだ! おまえが余計なことを言うから、いけないんだ!」
冒険者たちは、なんだか、わいわいと楽しそうだった。
どうも、あまり緊張感が無い。
ブブブーン!
虫たちが飛んでくる。
まずは、あぶれた5匹だ。
その向こうに虫の本隊がいる。
「うるせぇ!」
がんっ。
岩男風の冒険者が、斬りつけるのではなく、刀の背で一匹、ニ匹と叩き落した。
べちゃりと落下した衝撃で蜂が、ひくついている。
なるほど、さっき地面で生きてたアレは、ああやったのかな。
「おまえ! 剣で斬れよ!」
「ざけんな! 錆びるだろ!」
「研げよ!」
悪態をつきながらも、冒険者の方々が、残りの3匹を剣でまっぷたつにしたり、どういう仕組みか知らないが、燃やしたり、光の塵にしたりしていた。
余裕だなあ、この人ら。
ぶぉおおおおおおおーーーう
羽音が、巨人の息のように聞こえてくる。
遅れていた後続の虫たちが追いついてきた。
その数、不明。
黒い波が押し寄せてきているようだった。
誰かが呟いた。
「―――来るぞ!!」
激しい衝突が起こる。
行軍の途中に存在する生き物は、すべて敵だと思っているのだろうか。
彼らは、冒険者たちを見つけると、嬉しそうにたかる。
ひとりに、その数十、数百、押し寄せてくる。
「くたばりやがれ!」
「聖なる矢よ、邪を貫け!」
「あぁ、もう、あっちいけぇ! 【業炎】!」
戦いの音があちこちで鳴り響く。
たかる虫たちを物ともせず、歴戦の冒険者たちは、屠っていく。
が、兵隊は死を恐れず、骸を乗り越えて行軍する。
目の前を、狂ったように、次々と一心不乱に突撃してくるその姿は、得体の知れない恐怖を呼んだ。
冒険者のひとりが、数十の虫たちと格闘しながら、俺たちに叫んだ。
「おい! おまえらを守って戦う余裕はねえ! 自分の身は自分で守れ!」
取りこぼされた虫の数匹が、こっちに飛んでくる!
俺は虫除けスプレーを取り出そうと――
あ、あれ??
スプレーが無い!?
どこいった?!
身体をまさぐって慌てる俺に、容赦なく虫が迫ったが、
「んっ」
サーシャさんが紅い刃を閃めかす。
羽を斬られた虫は、ぼとっ、と撃墜された。
「左の、ポケットの中だよ」
「す、すみません」
「ううん。こういうときだから、しょうがないよ。あせらないで、ね」
面目無い。
言われた通り、左のポケットに小ビンが入っていた。
そういえば、さっき入れてたのを忘れてた。
いつでも使えるように、スプレーを構えて、今度こそ。
「おとーさん、またきた!」
俺を頼ってくれるマアトのためにも、少しは格好いいところを見せないとな。
飛んでくる虫たちを目掛け、ぷしゅっと液を吹き付ける。
虫はくねくねと嫌がって、どこかに逃げていった。
……おお、やった。確かに効果がある!
俺は、神の威光を手にした預言者のごとく、飛んでくる虫を、ぷしゅぷしゅと撃退する。
「おとーさん、かっこいい!」
「はっはっはっ」
なんか気持ちいい。
虫が面白いように逃げ返っていくぞ。
「うおおおおおーーい!? こっち きたんだが!!??」
前後から虫に集られて、切羽詰った岩男さんの悲しい声が、遠くに聞こえた。
……すいません。これからは、撃退する方向を考えます。




