ギルドのおじいちゃん
◇◇◇
鐘が鳴り止んだ街は静けさを保っていた。
その中で、この建物内だけが異様に熱を帯びている。
溢れる人。
あるいは百に届くかもしれない人でざわつくギルド内は、まるで統一性が無かった。
身長よりも高い長剣を携えたフルアーマーの戦士。
帽子と杖がうねりにうねったローブの魔法使い。
ゴツゴツの重装備な人から、さも普段着で来ましたみたいな人まで、様々だ。
軽装の俺たちは、普段着のグループだろう。
見た限りの印象で言えば、頼りないというか、新米というか、そんな印象の人が多い。
重装備の方は、歴戦というか、凄腕というか、装備も使い込まれている感じの人が多かった。
これ、このまま、待ってればいいのかな。
フランさんは、どこだろ。
どこかにはいると思うんだが、人が多くてわからない。
『緊クエって何が起こったのー? 討伐?』
『知らん。とりあえず装備は持ってきたけど』
『あれじゃね? 例の、グランドグリゲーター』
『不安だなぁ、俺、まだレベル低いのに』
『ま、こんだけいりゃあ、先輩方がどうにかしてくれんべ』
気楽な声に耳を傾けると、何事が起こったか知らずに集まった人が多いみたいだ。
急に、ぴたり、と静まり返る。
何事かと見れば、脇に腰刀を差した妙齢の小さなじいさんが、後ろにお付きの人を2人ほど抱えて、しずしずと登場していた。
「あのおじいちゃんが、ギルドマスターだよ。【人鼠】なの」
サーシャさんが小声で言った。
なるほど、確かに耳は特徴的に丸みを帯びていて、尻尾が生えている。
なんか、それっぽい。
「おほん。先ずは、こんな夜にも関らず、集まってくれた冒険者諸君に、ありがとうと礼を言わせて欲しい」
よく通る声でじいさんが言った。
皆、固唾を飲んでいた。
「これより緊急クエストを発令するッ!」
突如、芝居がかった口調で、じいさんが演説を始めた。
「街に向けて、魔物の集団が向かってきている!
虫型の魔物が多く確認されているが、いずれも大した魔物ではない!
しかし、いかんせん数が多い!
彼らの目的は現時点で不明だが、この美しい土地を、大地を、蹂躙されるわけにはいかない!
そこで君達には、迎撃を行って貰いたい! 一体でも多く! 被害が出る前に!
食い止めてもらいたいのだ!!」
じいさんが深々と頭を下げる。
「なんでぇ。ギルマスってから、もっとスゲェやつを想像してたが、吹けば飛ぶようなジジィじゃねえかよ。俺たちに、こんなネズミの下で働けってのか?」
ふざけた冒険者のひとりが、文句をつけた。
お付きの人が動きかける。じいさんは、何も言わず、それを手で制した。
「その通り。君の言う通り、吹けば飛ぶような権力だけのジジィさ。君は、たくましいのだろう? だからお願いする。ぜひ その力を、皆のために役立ててくれんか」
冒険者が舌打ちをして、引っ込んだ。
あのじいさん。優しそうな目をしてるけど、油断ならないと直感が言っている。
確信に近い。アレには、勝てない。
「すごく強いよ」
ぼそっとサーシャさんが言った。
「どっちが強いですか。サーシャさんと」
「……正直、やってみないとわからない」
そんなすごいの?
見た目は、弱々しいじいさんにしか見えないんだけど。
牙を隠した、老獣。その牙は、いまだ衰えていない。
挑めば、俺は一瞬で返り討ちに遭うのだろうか。
「では、皆! どうか皆で協力し、助け合い、街を守って欲しい! 街の未来は、君達にかかっている!」
じいさんとお付きの人が、しっかりした足取りで、立ち去っていく。
最後まで芝居がかってたな。多分、時代劇とかが好きなんだろう。
じいさんが去ると途端に周囲が騒ぎ始める。
『虫だって。ヤダなあ』
『なんで? ちょうどいい相手じゃん』
『気色悪いもん。虫除けスプレーとかで迎撃できないかな?』
『無理だろ』
『もっと大物を期待してたのになぁ』
『緊張感、持ったほうがいいぞ。弱いからって油断してると、手痛い目を見る』
『でも、あいつら、集団で街を攻めるなんて知恵あったっけ?』
『そういうやつらもいるんじゃね?』
『それもそうか』
わいわい騒いで楽しそうだった。
俺もサーシャさんと今のことを話して語る。
「スプレー、効くんですかね」
「ちゃんとしたのなら、効くと思う」
効くのか。
なら、俺にもできるかな。
「緊急クエスト、やるの?」
「え、だめなんですか」
「だめ、じゃないけど……」
サーシャさんが何か言いかける。
なんだろう、と気を取られていた俺に、誰かが因縁をつけてきた。
「あぁ、くっせぇくっせぇ。どうにも ジャガイモくせぇと思ったら、じゃがいも戦士がいるじゃねえかよ」
……厄介ごとが、起こりそうだった。




