夕日の変兆
◇◇◇
目立つ男を、彼方に見つけたフランさんが走り寄る。
すぐに追いついたが、なんとなく少し距離を保って、その様子を離れて見ていた。
ここは街の出口に近い場所だ。今の時間は人通りもまばらで、俺たちを誰も気に留めることはない。
「マルドゥーク様!」
フランさんが息を整えながら笑顔で声を掛けている。
声に気づいた彼は、俺たちの方にゆっくりと振り向いた。うっすらと微笑んでいる。
この男は、人によっては、王子に見えるのかもしれない。
「……もう、身体はいいのかな?」
「すっかり、元気いっぱいです」
「無事で、よかったね」
「はい! あなたの弟子になるまでは絶対に諦めませんにゃ!」
何ら変わらない彼女の言葉を、マルドゥークは黙って聞いた。
それは尋ねられたくないことだったのかも知れない。
彼の金髪が赤い日を受けて違う色に見えた。
「……キミは、私を、恨んでいないのか?」
「マルドゥーク様を、うらむ?」
フランさんはきょとんとしている。
質問の意味がわからないようだった。
「私はキミを守れなかった。キミが怪我を負ったのは私のせいだろう。正直に言う。
あのとき、私は、キミを疎ましく思っていた。だから、キミから注意が逸れた。
騎士として、あるまじきことだ。恨んで、当然じゃないか」
マルドゥークは謝罪した。フランさんが、遠慮がちに続けた。
「でも、その、あたしを、狼から、助けてくれました……にゃ」
「狼から、助けた?」
「あたし、狼にさらわれたって……助けてくれたのは、マルドゥーク様ですよ、ね」
「……」
「あの……?」
「ああ、そうだね。地獄騎士に気を取られているうち、キミを連れ去られてしまったんだ。
とんだ失態だよね。そのあと、すぐに追いかけたけれど」
「は、はい」
取り繕うように、彼は言った。
フランさんも、少しマルドゥークの様子がおかしいことに気づいたらしいが何も言えず、彼の顔色をちらちらうかがっていた。
借りてきたネコ、もとい、獣人。
マルドゥークに聞きたい事があるらしいサーシャさんが一歩、俺の前に出た。
彼女が、
「狼は、倒したの?」
と聞くと、
「……いや、倒しては、いない。なかなかしぶといやつでね。すんでのところで、逃げられてしまった」
「あれは、変異種かも知れない」
「そうか。もしそうなら、いつか私は責任を取って、そいつを倒さないといけないね」
と話していた。
懐かしいものでも見るように、ふいに彼は空を見上げた。
小さな星が輝いていた。日が落ちて、夜が来る。
「私は、もう、この街を出ようと思っている」
「え」
彼が言った言葉は、フランさんを驚かせるには充分だった。
「ありがとう。キミのお陰で、私は楽しい数日を過ごさせてもらった。もう少し滞在する予定だったが、すまない。やはり、キミを弟子にすることは、叶いそうにない」
「そんな……」
静かだが、強い意志を感じさせた。
拒絶がありありと表れていた。
おそらく、曲げる気はないのだろう。もう、決めてしまったのだ。
「何事も、ままならないものさ。特に、縁というものは。
キミは、彼らといたほうがいいよ。私といるより、ね」
「あ……」
金髪の男が俺たちに背を向けた。マントが寂しそうに揺れていた。
フランさんは掛ける言葉が見つからず、見送るしかない。
彼は、去った。
「……みんなで魚、食べましょう。フランさん」
落ち込む彼女にどう言っていいかわからなかったが、俺は慰めたつもりだった。
俺たちは彼と、逆の方向に歩き出そうとした。
そのとき。
カンカンカンカン!
――けたたましい音が、突然、街のあちこちから響いてくる。
何かを叩く音が、耳障りに鳴り響く。
何度も、何度も。
警鐘を鳴らすように。




