残光
◇◇◇
「前におかーさんが見せてくれたやつ。あれ、真似してみたの」
あのとき、俺がサーシャさんにしてもらった手当ても、確かに効果はあった。
すっと痛みが引いていく感じもした。
だが、魔法と呼ぶにはあまりにも頼りないものだ。
しかし、今、マアトが見せたのはなんだ。
真似しただけ、と言ったが、威力がケタ違いだ。
彼女は、道具も薬も、何も使わずに病を治した。
どこかの新興宗教なら教祖にだってなれる。
かつて アレイスター・クロウリーは、砂漠の民たちの前で、悪魔ブエルを呼び出し、病に苦しむ人々を救ったという。
後の人は、彼のことをこう呼んだ。
魔人、と。
サーシャさんが「その力、あんまり見せちゃダメだよ」とマアトに諭していた。
彼女は「どうして?」と不思議そうに尋ねていた。
感謝しても仕切れない女性から、逃げるように俺たちは今日の仕事に向かった。
街を歩く俺の手には、銀貨がじゃらじゃらと音を立てている。
あの人が、なにかお礼を、と銀貨の入った袋を渡してきたからだ。
何も要らないと言ったが「どうしても受け取って欲しい」と譲らないので、仕方なく受け取ってきた。
重すぎる。
マアトは受け取った銀貨のことなんか何も知らず、俺の後ろを歩いていた。
「無理矢理うばったわけじゃないじゃん。正当な報酬だと思えばいいよ。もらっとけもらっとけ」
ずっしりと重い銀貨を気にしていた俺に、フランさんはのんびり背伸びしながら言った。
「要らないんなら、あたしが」
「だめです」
フランさんが舌打ちした。
この銀貨はマアトのものだ。サーシャさんに預けて……いや、マアトのために使ってあげるのがいい。
「気まぐれで、人を助けるのは良くないと思うか?」
俺が、ひとり言みたいに呟くと、
「人をたすけるのは、いいことだよ?」
いつの間にか後ろに居たはずのマアトが前に居て、裏のない声で言った。
……そうだね、その通りだ。
「それにしても、すごいねマアト嬢は。そんな小さい頃から魔術が使えるなんてさ。天才ってやつなのかな? うらやましすぎるぞ!」
フランさんはぐりぐりとじゃれついた。きゃっきゃと彼女も喜んでいた。
「ねぇおとーさん。これで、マアトも、おとーさんたちのお手伝いできる?」
「そうだね。危ないときは助けてくれるかな」
「うん!」
心配したサーシャさんが俺の言葉を引き取って続けた。
「マアトは、まだ子供でしょ? だから、ちゃんと、おかあさんとおとうさんの言う事を聞いて。ね?」
「はーい」
ずいぶんご機嫌なマアトは、俺の指をきゅっと掴んで、ぐいぐいと引っ張った。
俺たちの力になれるのが、よほど嬉しいのだろうな。
もう日が昇っている。
どこかから気の早いパンの匂いがした。
今のはメ○ゾーマではない……。
メ○だ。
そんな感じで、ひとつ。




