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30代ニートが就職先を斡旋されたら異世界だった件。  作者: りんご
第四章 戦いは唐突に
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エルフの秘薬と少女の奇蹟


 ◇◇◇


 薬草を無事に届け終えて、次の依頼人のところへ向かった。

 街の中心部に、豪華な家々が立ち並んでいる。

 そこで俺たちを待っていたのは耳の尖った男女だった。


「急がせてしまって、本当に申し訳ない」


 どちらも美しい顔立ちをしている。

 二人は、前日、俺たちが頑張って革袋に集めた【光ゴケ】を渡すと、中身を確認していた。


「それくらいあれば、足りる?」

「充分すぎますよ、ありがとう」


 サーシャさんにお礼として、銀貨が30枚くらい渡された。

 エルフの男性は笑っていたが、どこか暗い顔だった。

  

「娘の容態が、良くないのです」


 今にも泣きそうに女性が言った。


「今、いただいた【光ゴケ】を、特別な方法で煮詰めることで【エルフの秘薬】は出来上がるのです。

そうして作られた【エルフの秘薬】は 万病に効き、あらゆる生物の生命力を蘇らせます。

古に失われた光魔法、【マナール】にも引けをとらないでしょうね。

我々、エルフ自慢の秘薬ですよ」


 誇らしげに男性が教えてくれた。


「すぐに調合の準備をしなければいけません。本当にありがとう。また何かあればよろしくお願いします」


 二人が家の中に戻ろうとすると、


「ま、待ってください! お願いします! 私に、私に、エルフの秘薬を譲っていただけませんでしょうか!!」


 ふいに若い女性が現れて、二人を呼び止めた。


「いったい、どういうことですか?」


「息子が、病で倒れたんです! 医者によれば助かる見込みはないと! 

でも、エルフの秘薬なら治すことができるかもしれない、と聞いたんです!

息子は、今日 生きられるかどうかも わからない!

やっと あなたがたを見つけることができたんです! どうか、どうか、お願いします!」


 女性は息を切らしながら、懇願した。

 よほど切羽詰った状況なのだろう。

 エルフの二人も、何か感じるところはあったようだったが、

 

「事情は、わかりました。ですが、お譲りすることはできません」


「そ、そんな! なぜですか! お代でしたら、いくらでもお支払いします!

何年でも、何十年でも掛けて払います! ですから、どうか……」


「お金の問題ではないんです。ワタシたちの娘も、同様に【エルフの秘薬】を必要としている。あなたに譲ることはできない」


「古いものでも構いません! 余っている秘薬を、どうか!」


「……申し訳ない。【エルフの秘薬】は作るのに3日かかり、3日経てば枯れて無くなってしまう。

作って、取っておくことができないんです。

どういうことか、おわかりですか? ……今、ワタシたちは【エルフの秘薬】を持っていないのです」


「あぁ……そんな……」


 悲壮なしゃくり声をあげる若い女性。

 エルフの二人は、女性を気の毒に思ったようだったが、何もできないことを悟ると、静かに頭を下げて、家の中に戻っていった。

 扉が、無情にも閉められる。

 女性は絶望した目で、それを見つめていた。


「……しょうがないよね」


 とフランさんが呟いた。サーシャさんも黙っている。

 まあ、仕方ない、よな……。


「たすけて あげられないの?」


 マアトは、悲しい顔で見上げてきた。

 無理だろうと、俺は首を振った。

 俺たちの様子をそっと見ていた女性は藁にもすがる思いで、頼み込んできた。


「あなたたちなら、なんとかできるのですか!?」

「いえ、それは」

「おとーさん、たすけてあげて」


 困ってしまう。

 なんとかしてはあげたい。

 けど、病気の治し方なんてわからないし、秘薬なんて持っていない。

 マアトはもちろん、フランさんにも病気を治せるとは思えない。

 いや、サーシャさんなら。


「サーシャさん」

「え?」

「サーシャさんなら、治せますか」

「ちょ、ちょっと待って……わたし?」

「お、お願いします! 看ていただけるだけでも構いません! こちらです! ついてきてください!」


 サーシャさんが渋る中、女性の勢いに押されて、とりあえず診てみよう、ということになった。

 なにか、できることがあるかもしれない。


 人が次々と通り過ぎていったが、フランさんも、マアトも、俺も、みんな黙っていた。

 サーシャさんは何か伝えたそうだった。


 中心部から離れて、一軒の家に辿り着いた。

 中に入ると、男の子が狭いベッドの上で眠っていた。 

 近寄ってみると顔色が悪い。紫色をしている。

 なんとか呼吸はしているようだったが、弱々しいそれは今にも消え入りそうだった。


 みんなの視線がサーシャさんに注がれた。

 が、サーシャさんは小さく首を振った。


「あれで、なんとかならないの?」


 マアトがサーシャさんに尋ねた。

 『あれ』。

 ダンジョンで俺にしてくれた手当てのことだろう。

 

「無理だよ……わたしの【ヒー】は、すごく弱い。

こんな重いのは、わたしには、治せない。

それに……これは、【エルフの秘薬】でも治るかどうか……」


 サーシャさんが視線に耐え切れず、目を逸らした。

 女性が泣き崩れる。

 フランさんが、女性を慰めていた。


 打つ手は、ないのか。

 俺には、なにかできないか。

 昔聞いた知識、知恵、なんでもいい。なにか、ないか。


 俺が悩んでいると、マアトがベッドの男の子に近寄っていく。


「マアト?」

「やってみる」

「なにを」


 ぐっぐっ、と手を握り、

 うんっ、と溜めをつけたマアトが言葉を発した。


「【】」


 マアトの手が輝いた。

 輝きは男の子を包んで、すっ、と吸い込まれるように消えていった。


 ……いまのは、なんだ。


 ふぅっ、とマアトが息をついた。

 時間が流れる。 

 誰もが動けずにいた中、むくりとベッドの上の、男の子が起き上がった。

 

「あれ、ボクは……なに、を?」


 男の子は少しぼんやりしていたが、血色が良くなっている。

 健康そのものに見えた。

 病の気配はどこにもない。


「ああ!!! 」


 女性が男の子に抱きついた。

 俺たちはなにが起きたのか、わからなかった。


「ま、マアト、今のは」

「前におかーさんが見せてくれたやつ。あれ、真似してみたの」


 サーシャさんが呆気に取られる。


「真似って、そんな、簡単に……」

「ね、おとーさん。マアト、すごい? ちゃんとできてた?」

「……うん、そうだね。できてたよ。すごいすごい」


 ねだられるまま、頭を撫でてあげたら、とても嬉しそうだった。

 サーシャさんと俺は驚くばかりだったが、フランさんはのんきに「すごいなぁ」を連発していた。



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