ニートは少女と初めての夜を迎える。②
◇◇◇
村はずれに小さな家が見えてくる。
女性はそこで寝泊りをして、活動の拠点にしているらしい。
事実上、明日まで何もできない俺を気遣ってくれた女性が、
「わたしのところで良ければ泊まりに来てもいいよ」
と言ってくれたので、俺は大喜びで感謝の意を伝えるために彼女の両手を握った。はい、大胆なことをやってしまいました。
とてもやわくて、白く、ほっそりとした指でした。
女性がドアを開けたので、俺も続いて、家にお邪魔させてもらう。
室内を照らすのは月明かりだけ。薄い布が被せられただけの硬そうな簡素ベッドがひとつ。
ビンテージと言えば聞こえのいい安っぽいソファがひとつ。他に何もない。
生活臭の無い、眠るためだけの場所という印象の家だ。
まあ、逆にテレビやPCなんかが置いてあったら、ファンタジーとしてはどうなんだ?と思うので、これはこれでアリなのかもしれない。
一応、台所や風呂などの基本的なスペースはあるようだ。
「なにもできないけど…」
「いえ、充分です」
実際、寝る場所を提供してくれただけで、本当にありがたいと思っている。
女性が天使に見えて仕方がない。
「わたしはソファで寝るから、ベッドを使ってくれていいよ」
「いや、でも、それは」
突然お邪魔した上に、ベッドまで使わせてもらうのは、いくらなんでもと思ったが、
「いいの。わたしが、ソファで寝たいだけだから」
「…ありがとうございます」
お言葉に甘える事にした。
気恥ずかしくて何気なく部屋を見渡す。すると壁に妙なものが沢山かけてあった。
こん棒、何かの頭骨、部族で使うおかしな仮面、三又の槍、変な壺、などなど。
コア層のファンでも狙っているのだろうか。なんだか一般のツアー客を宿泊させる施設じゃない気がしてきたぞ?
「変?」
「いや、味があっていいんじゃないですか」
「…ありがとう」
女性は脇に差していた剣を壁際にかけた。壁に妙なコレクションがまたひとつ増えた。
「その剣。よく出来てますよねえ」
「わかるの?」
「少しだけ触らせてもらってもいいですか?」
迷ったようだったけど、こくり、と頷いてもらえたので、剣に触れさせてもらう。
「刀身には触らないでね」
「わかってます」
プラスチックかと思ったら、ずしりと来る。
金属で出来ているようだが、それにしては軽い。アルミ製かな? 柄の造りもしっかりしている。
特殊な塗料でも塗ってあるのだろう。刃が赤く煌いて見えた。
「有名な、えっと、何とかっていう人に造ってもらったんだよ」
「どうりで」
おそらく実際に刀剣を作っている人間国宝が、面白そうだからと造った一品なのだろう。迫力が違う。日本の伝統技術はすごいものだな。
剣を壁に戻しながら、見事な職人技に心の中で敬礼した。
「ところで、ここに他の人は? 一人ですか?」
「うん。わたしひとり」
「ひとりで寂しくはありませんか」
てっきり誰かと一緒だと思った俺は、余計なことを言ってしまったかもしれない。でも、せっかくの機会なんだ。
腹を割って同じ趣味の仲間たちとしゃべり通すのも楽しみの一つだろう。
けど、
「今は、きみがいる」
と、皮肉めいて女性は言った。
「そうですけど。俺よりも話の合う友達、仲間を見つけたほうがいいでしょう。きっと見つけられるはずですよ、あなたなら」
俺は真剣に答えた。
ファンタジーは好きだ。だが、俺は門外漢だ。同じ趣味を理解して、共有することができる友達のほうがいいに決まっている。
「…どうして?」
「なにがです」
「どうして、そんなにわたしに構うの?」
「……」
なぜだろう? この人には親切にされたから? 可愛いから?
自分でもわからない。
「…わたしのこと好きなの?」
「はい?」
今、なんと言った?
じっと見つめると、女性は顔を背けて、
「いい。忘れて」
と恥ずかしそうに言って、ソファに寝転んだ。
りぃんりぃん、と虫が鳴る。女性はもう起きるつもりがないらしい。しばらくして、すぅすぅ、と規則正しい寝息が聞こえてきた。
眠ったのだろうか。いくらなんでも、無防備すぎやしないか?
まあ、色々と考えるのは後にして、せっかくベッドまで借りさせて貰ったんだし、俺も寝させてもらおう。
ごろん、とそのままベッドに寝転ぶ。硬かったが、文句は言えまい。ソファはもっと硬いはずだ。
疲れた身体に眠気が襲う。うとうとしながら、今日1日であったことを振り返る。
気づいたら森にいて。
森でおかしな女性と出会って。
今、その女性と一夜を共にしている。
波乱万丈だな、あはは。
なんにせよ、さっさと家に帰って、早くゲームの続きをやりたい。ソシャゲは1日サボると取り戻すのに3日かかるからな。
あと謎といえば…
(あの女性…)
コスプレでノリノリだった女性。俺のすぐ近くのソファで眠っている女性。
一週間後に返事を聞きにくる、とか言ってたけど……その話題には一切触れてこなかったな。
公私の区別ははっきりつける人なのか。ううむ。
(君の天使によく似た人を見る興味はないかい?)
なんてね。なにを言ってるんだか。
誘拐か、事件に巻き込まれたか、拉致なのか。あるいは……
いや、もう、今日は、いろいろあって疲れた。明日、ギルドとやらに行けば、ある程度の事情はわかるだろう。
だから、それまでは。
(おやすみなさい…)
泥のように眠りこけた。