生きてた猫
◇◇◇
部屋の光がまぶしかった。
朝起きると、俺は泣いていた。
昨夜、余計なことを考えながら眠りについたからだろうか。
「フランさん……」
明るい人だった。
ほとんど話さなかったけど、いい人だったと思う。
もう、あの人の姿を見ることは、できないのだろう。
「呼んだ?」
振り返ると、涙で揺らぐ視界に、彼女の姿が!
「ぎゃあああああああ!!!??」
「ぎにゃああああああ!!!??」
お互いに心臓ばくばくの悲鳴を上げて、跳ね上がった。
「ゆ、ゆ、ユーレイ!?」
「勝手に ひとを殺すニャア!」
寝起きの頭をぽかりと殴られた。
実体が、ある。
生きてる!!
「ひいいいいい!!? ゾンビ!」
ぽかぽかぽか。何発か殴られているうちに落ち着いてきた。
フランさんと戯れていると、サーシャさんとマアトが部屋に入ってきて「おはよう」と挨拶をしてくれた。
「おはようございます。先に起きてたんですか?」
「うん! おかーさんが、おそとにおさんぽ行こう、って!」
「外の空気を吸いに行ったら、偶然その人に会ったから連れて来ちゃった。ルド、気にしてたでしょ?」
「連れて来た、って……ネコみたいに言わないで欲しいなぁ。これでも獣人よ? 敬意を払いたまえ」
ネコはネコと呼ばれるのが嫌らしいのでネコのことをネコネコ呼ぶのはやめてあげよう。
俺はずっと心の中で、獣人と書いて、ネコと呼んでいるが。
フランさんも俺のことを変態と書いて、おにいさんとか呼んでたら、ちょっとやだな。
「それにしても、おにいさんに、こんな可愛い娘さんがいたとは思わなかったにゃ。
可愛い奥さんも貰って うらやましいぞこのやろーー」
「違いますよ」
「お、おくさんじゃ、ないから」
「え? でも、おかーさんて……てことは、旦那さんは、おにいさんっしょ?」
お互いに聞きたい事があるようだ。腰を据えて話そう。
俺の膝にマアトがとことこ座って、サーシャさんも俺の近くに座った。
フランさんは自分の家みたいにくつろいでいた。
まずは昨日のことを尋ねた。
「―――狼? なんの話にゃ?」
「覚えてないんですか。昨日、ダンジョンで狼に連れ去られて、もうダメだろうなと思ってたんですよ」
「うーん、確かに昨日、マルドゥーク様について、ダンジョンには行ったよ」
フランさんが「完全にお荷物だったけどね」と苦く笑った。
「どうしてダンジョンに?」
「決まってるにゃ。ダンジョンだったら、後ろから狙い放題! 千載一遇のチャンス!」
ぺろりと舌なめずりするフランさん。
ああ、そーいえば、そんな事情があったんでしたね。
「と思ってたけど、あいつってば、ダンジョンでも全然スキが無くて。
機会を伺ってるうちに、10階層くらい降りたかな。
ドクロの騎士が暗闇からびゅーんて近づいてきて、その先からあたしの記憶は、ぷっつりと無いんだにゃあ」
「その後、フランさんは狼に連れていかれたんでしょうか」
「わからんニャ。あたしは気がついたら病院のベッドの上だったし、マルドゥーク様もいなかったし」
「……昨日は、あの男の人、見かけなかったよね?」
「そうですね」
まさか、ダンジョンでやられたのか?
あの男のことはあまり知らないが、誰かに倒されたというのは想像できなかった。
「おかしい。マルドゥーク様が、狼ごときに遅れを取るはずが無い」
フランさんは、ぴこん、と耳をおっ立てた。
「きっとアレだ! ドクロ騎士をばしっと倒したマルドゥーク様は、
あたしを助けるために、颯爽と狼を追いかけたんだ。本当に、王子様みたいだにゃあ……」
フランさんは、うっとりしていた。
この数日で何があった。
俺たちの方にもフランさんが聞きたいことがあるらしいので答えることになった。
フランさんの質問に、サーシャさんが面白いほど反応するので、さらに興味を引いてしまったようだった。
色々と根掘り葉掘り聞かれた。実際の関係は小声で説明しておいた。
料理を持って、おばさんが現れる。
気づいたフランさんは元気良く挨拶をしていた。
おばさんが「あんたたちは、1日ごとに、ひとりずつ増えてくのかい?」とあきれながら、料理を並べていた。
今日の朝は果実を絞ったドリンク、キノコ、パン。
「ね、ね。おばさん」
「お、ば、さ、ん?」
天をも恐れぬ獣人に、おばさんが眼をくれた。フランさんは即座に察知して言い直した。
「あ、いや、すみませんです、おねえさん」
「なんだい、お嬢ちゃん」
「この部屋、ちょっと臭わないですか? 焦げたみたいな臭いがするにゃ」
「うん? ……いや、あたしにゃわからないねえ。まさか、あんたたち、火遊びとかしてないだろうね?」
「してませんよ。昨日、夕食が焼いた魚だったから、その匂いじゃないですか」
「焼いた魚!! にゃにゃ、にゃんと甘美な響き! 食べたいにゃあーーー!!」
フランさんが狂喜した。
おかしそうに笑っていたおばさんが「あとでお魚をあげようかねぇ」とぽつりと言った。
フランさんはおばさんの手を「あなたが神か!」などと、熱く握っていた。友情が始まった。
サーシャさんとマアトと俺でご飯を食べた。二人はドリンクが気に入ったようだった。
フランさんも食べたそうにしていたので、パンを分けてあげた。
ゆっくり朝食を食べ終えた。
今日の仕事をもらいに行こう。




