ただいま、兄さん。
ごとごと揺れる退屈な列車を乗り継いで、退屈な湯治をして、退屈な景色を眺めるだけの数日間。
受験勉強とアルバイトで忙しい私を気遣って、温泉に連れて来てくれた両親。
素直に嬉しかったが、決定的に足りないものがある。
「まどか、つまらない?」
「そんなこと無いよ」
笑顔で答えるけど、本当は退屈でたまらない。
なにをしたかなんて覚えてない。
人ごみが煩わしい。曖昧な記憶と一緒に、退屈な帰路につく。
けれども、心はハッピーだ。
だって。
(にいさんに会える)
こんなにも心が躍る。
再会が待ち遠しい。
たった数日離れていただけなのに、1年も2年も会っていないように感じられる。
もうすぐ家に着く。
その事実だけで、私の足は浮ついて、自然と早歩きになった。
「転ぶぞ、まどか」
「とうさん。私、もうそんなに子供じゃないよ」
「来年は受験なんだから、怪我には気をつけないと」
「わかってますよー。でも、なんとなく浮かれたいの」
「本当におにいちゃん子なんだから、あなたは」
やれやれとため息をつく両親。
あきれられちゃったかな。
でも、それでもいい。
カギを開けるのももどかしく、ドアをばーんと開ける。
「ただいまー、にいさん! 可愛い妹が帰ってきたよー!」
家のどこにいても聞こえるくらいに元気よく言った。
自分で可愛い、とか叫ぶのは抵抗あるけど。
む、こっそり笑うな、とうさん。
にいさんは出迎えてくれなかった。
「寝てるのかな?」
「ゲームじゃないの。あの子、いつもゲームしてるから」
「見に行ってみる」
「靴くらい揃えなさいな」
履いていた靴をぽん、と脱ぎ捨てたら かあさんに注意された。
口うるさいなぁ、もう。
「あれ?」
靴を揃えながら、なんとなく目を落とすと、何か黒い物が落ちていた。
カラスの羽根?
なんでこんなのが玄関に落ちてるんだろう?
ま、いいか。
なるべく駆け足にならないように、静かに、にいさんの部屋まで行く。
部屋のドアを、こんこん、とノックする。
「にいさん、起きてる? 入っても、いい?」
声を掛けて待ってみても反応がない。
無視か、無視なのか。
なんて、寝てるだけだよね。
入っちゃおうか。
怒られるかな。でも怒られるのも、いいな。にいさんになら。
「おじゃましまーす」
ドアを開けて中に入る。
こもった部屋から、にいさんの匂いがする。
ベッドの上。
部屋の中。
にいさんはいなかった。
一応、ベッドの下とか、押し入れの中とかも探したけど、いない。
代わりにベッドの下でエッチ本を見つけた。
明日は資源ゴミの日だから、処分しておこう。
押入れの中には変なグミみたいなのがあったけど、なんだろ、これ?
あとで かあさんに聞いてみようっと。
トイレかな、コンビニに出かけたのかな。
にいさん。パソコンがつけっぱなしだよ。
気になって画面を見ると、画面が光ってて『レア武器ゲット!』なんてメッセージが書かれてる。
良かった。エッチなゲームじゃない。
(世界を焼き尽くす炎剣……?)
にいさんと違って、私はゲームとかをほとんどやらない。
だから、RPGだとかにもあんまり詳しくない。
でも この【世界を焼き尽くす炎剣】という言葉には覚えがある。
(そうだ、昔、にいさんが、たしか―――)
記憶をたぐりよせる。にいさんとの思い出。
涙と、夕焼け色の記憶。
「まどか! そろそろ着替えちゃいなさい!」
「はーーーい!!」
かあさんの声が、私を引き戻した。
名残惜しいけど、懐かしい匂いのする部屋を出る。
にいさん。
早く帰ってきてね。
お土産のおまんじゅう、一緒に食べようね。




