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30代ニートが就職先を斡旋されたら異世界だった件。  作者: りんご
第三章 影に射さぐ。
33/96

狼と猫


 ◇◇◇


「ふぅ、ふぅ」


 広間に戻って息を整える。俺の服にはべったりと虫の液が付着していた。

 このダンジョン攻撃されると、服を汚してくるやつ多すぎ。

 乾ききっていないスライムの粘液でべとついていたところに、さらにべとついた虫液がついたから、くっさい。わりと。


「よいしょっと。立てるかな」

「う、うん。ありがと、おとーさん」


 身を委ねてくれていたマアトを地面に下ろす。

 足音が近づいてくる。サーシャさんだ。


「無事? 怪我は、ない?」

「すこし指を切っちゃいました」 

「見せて」

「大丈夫ですよ」


 サーシャさんが柔らかな手で俺の指を握る。どきどきする。


「【ヒー】」


 ぽっ、と白い光が患部にかざされる。

 彼女の温かさが伝わってくると、痛みがスッと引いていった。


「すごいですね。本当に魔法みたいです」

「光魔法は苦手だから、気休め程度だけど」


 俺たちのやりとりを興味深そうにマアトが見ていた。


「マアトは? 怪我してない?」


 彼女は首をふるふると振った。


「うん。ね、おかーさん。今の、って」


 ウォォォォー、ンン!

 

 なにか言いかけたマアトの言葉は、ダンジョンに轟く雄叫びに、かき消された。


「なんだ!?」


 俺たちが進んだ左の通路とは逆側。右の通路の奥から聞こえた気がする。


「右の通路には何があるんですか」


 小声で尋ねると、


「下の階に続いてる。もしかすると、下のほうの、魔物が上層に出てきたのかもしれない」


 サーシャさんが剣に手をかけた。静かな沈黙が数秒、続く。


 ばうっ。


 静寂を破って、人のような影が、勢い良く通路から飛び出してくる!


(え!?)


 それは狼だった。顔からは牙が覗き、手足は毛むくじゃらで鋭い爪がある。ふさりと尻尾が揺れていた。


「あれは……【ウェアウルフ】?……ううん、でも。なにか、ちがう……」


 サーシャさんがワケのわからないことを言っている。

 そいつは人の形をした狼。狼男だった。

 ふつうと違ったのは、そいつが立派なヨロイをつけていることと――――


(フランさん!?)


 そう。狼男の背には、見覚えのあるネコ。もとい、のフランさんが、力無くその身を、だらりと預けていたこと。

 なぜここにいるのかは解らないが、きっと、あの狼に捕まったのだろう。

 

 俺は咄嗟に、狼の気を引こうと弓を構える。


「ルド、待って! ダメ!!!」


 俺は無視して、弓に矢を番えた。

 ひゅん。


 矢は当たり前のように外れるが、気づいた狼が、こちらを向く。

 獰猛な目だ。こちらを獲物としか見ていない獣の目。

 あんなやつにフランさんを連れて行かれたら。

 恐怖が麻痺していた。あったのは愚直な正義感だけ。


 俺は武器を短剣に持ち替えて、狼に挑みかかる。誰かが、悲痛に叫ぶのも聞こえなかった。


 狼が奇声をあげて、丸太みたいな腕を振るう。

 ぶおおん、と、豪腕が空を裂いた。

 近づこうとした俺の体が、木っ葉みたいに吹っ飛んで、ばん、ばん、と2度ほどバウンドしてから、床に叩きつけられた。


「怪物め! フランさんを放せ!」


 大声を出して、気力と身体を奮い立たせる。ここであきらめられるものか!

 俺の声に狼は反応しなかった。ただ黙って、俺を見つめていた。

 やがて狼は背を向けた。強靭な四肢を躍動させて、ダンジョンの入口の方へ駆け抜けていった。


 正気に戻ると、


 ぱしんっ。


(……あ)


「バカっ!! 約束したでしょ、わたしの言う事を聞くって!!

 それとも、死にたかった!? 違うよね!? きみは生きたいから! 生きたいから、冒険者になったんでしょ!!?」


 はたかれた。

 サーシャさんに。

 初日に殴られて以来だ。あのときより痛くはなかったが、重い一発だった。


「……すみません」


 怒っていた。こんなに怒ったサーシャさんは初めて見た。

 全面的に俺が悪い。

 スライムのときだって、そうだ。俺には危機感が足りない。前に誰かに言われた気もする。

 改めないといけない。


「許してくれますか」

「……いい。ちょっと、わたしも、熱く、なりすぎた」


 顔を背けたサーシャさんが不器用な謝罪をしてくれるが、


「おとーさん、おかーさん、ケンカしちゃ、やだ」


 何か勘違いしたマアトは、くいくいと俺たちの服を引っ張って、泣きそうになっていた。



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