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30代ニートが就職先を斡旋されたら異世界だった件。  作者: りんご
第三章 影に射さぐ。
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悪夢の虫


 ◇◇◇


 険しい表情を浮かべたサーシャさんが、唐突に赤い剣をすらりと抜いた。

 

「なにしてるんですか」


 俺は、彼女の意図がわからずに、うろたえる。

 視線は、黒の濃い周囲に向いていた。灯りがほとんど見えないぞ。こんなに暗かったか?


「【ファイア】」


 呪文と共に、ボウッ、と目の前が赤くなる。

 闇に向けて放たれた火球が、黒を照らし、おぞましい光景を映し出した。


「ひぃっ」


 俺とマアトは声にならない叫びをあげた。

 一瞬だけ赤く染まった視界に、ムカデみたいな生き物が、音も無く、ひしめきあっていた。

 いつの間にやら虫が寄り集まっていて、周囲が夥しい数の影で包まれている!


「あ、あ、あ、あれ、なんですか! なんなんなんですか!」


 聞かずにはいられない。緊張した様子の彼女が教えてくれる。


「……【ナイトメア・バグス】」

「あ、危ない生き物じゃ、ないんですよね?」

「気配を殺して、こっそり獲物に近づいて、集まってくるの」


 ひぃいい!?

 俺は、あの虫たちに集られてる様子を想像して、ゾクゾクと鳥肌が立ってしまう。

 マアトの顔が青ざめていた。小さくがくがくと震えていた。


 ギィーーッ、と絞り出すような声が響く。

 もう隠れる必要も無くなったからだろう。一斉に黒い影がジャンプした。

 光に群がるように飛び掛かってくる!


「ふぅっ、んっ!」


 風を切る音がした。サーシャさんが影に向けて踏み込む。

 ひゅうっ、と手にした剣を振るうと、緑色のものがぼとぼと、と飛び散る。

 剣自体に斬られた黒い虫はまっぷたつになり、斬られなかった虫も剣圧で吹き飛ばされる。


 素早い体捌きで、剣を返す。

 黒い影に向かって一歩、二歩と踏み込んでいく紅剣が、赤い軌跡を描いて、虫を薙ぎ払う。

 闇の中で暴れる剣が、頼もしく爛々と輝いて見えた。


「うっ!?」


 だが、虫の数が多すぎる。彼女ひとりでは対処しきれない。

 影の中から、一匹、二匹と、こちらに迫ってくる。


「おとーさん!」


 涙目のマアトが俺にしがみつく。

 俺は何度も短剣を振るい、集る虫を振りはらう。くそっ、くるなっ!


 ひゅん、ひゅん、ざしゅ。


 俺が斬った虫は一撃では死なず、地面をのたうっているのが、また、たまらない。

 仲間の敵を討つためか、俺たちに、どんどん虫が集まってくる!!


「ルドっ!」


 駆け寄ろうとする彼女にも虫が集ったが、


「じゃま、しないで!!」


 ざしゅん。

 立て続けに剣で駆逐していく。


「このまま、広間まで逃げる! ぜったい後ろは見ないで! 全力で走って!」


 サーシャさんが叫んだ。

 その言葉を聞いた俺は、すぐさまマアトを抱きかかえる。

 突然、ぼんっ、と地面が抉れて、影に亀裂ができる。

 これなら逃げられる! 


 俺は、だっ、と走った。遅れてサーシャさんも、後ろから着いてくる気配がする。

 たかってくる虫は体を使って振り払う。足が悲鳴を上げても全力で走った。

 俺の腕で震えるマアトは相変わらず、軽くて暖かかった。この暖かさを守りたい、と思った。



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