悪夢の虫
◇◇◇
険しい表情を浮かべたサーシャさんが、唐突に赤い剣をすらりと抜いた。
「なにしてるんですか」
俺は、彼女の意図がわからずに、うろたえる。
視線は、黒の濃い周囲に向いていた。灯りがほとんど見えないぞ。こんなに暗かったか?
「【火炎】」
呪文と共に、ボウッ、と目の前が赤くなる。
闇に向けて放たれた火球が、黒を照らし、おぞましい光景を映し出した。
「ひぃっ」
俺とマアトは声にならない叫びをあげた。
一瞬だけ赤く染まった視界に、ムカデみたいな生き物が、音も無く、ひしめきあっていた。
いつの間にやら虫が寄り集まっていて、周囲が夥しい数の影で包まれている!
「あ、あ、あ、あれ、なんですか! なんなんなんですか!」
聞かずにはいられない。緊張した様子の彼女が教えてくれる。
「……【ナイトメア・バグス】」
「あ、危ない生き物じゃ、ないんですよね?」
「気配を殺して、こっそり獲物に近づいて、集まってくるの」
ひぃいい!?
俺は、あの虫たちに集られてる様子を想像して、ゾクゾクと鳥肌が立ってしまう。
マアトの顔が青ざめていた。小さくがくがくと震えていた。
ギィーーッ、と絞り出すような声が響く。
もう隠れる必要も無くなったからだろう。一斉に黒い影がジャンプした。
光に群がるように飛び掛かってくる!
「ふぅっ、んっ!」
風を切る音がした。サーシャさんが影に向けて踏み込む。
ひゅうっ、と手にした剣を振るうと、緑色のものがぼとぼと、と飛び散る。
剣自体に斬られた黒い虫はまっぷたつになり、斬られなかった虫も剣圧で吹き飛ばされる。
素早い体捌きで、剣を返す。
黒い影に向かって一歩、二歩と踏み込んでいく紅剣が、赤い軌跡を描いて、虫を薙ぎ払う。
闇の中で暴れる剣が、頼もしく爛々と輝いて見えた。
「うっ!?」
だが、虫の数が多すぎる。彼女ひとりでは対処しきれない。
影の中から、一匹、二匹と、こちらに迫ってくる。
「おとーさん!」
涙目のマアトが俺にしがみつく。
俺は何度も短剣を振るい、集る虫を振りはらう。くそっ、くるなっ!
ひゅん、ひゅん、ざしゅ。
俺が斬った虫は一撃では死なず、地面をのたうっているのが、また、たまらない。
仲間の敵を討つためか、俺たちに、どんどん虫が集まってくる!!
「ルドっ!」
駆け寄ろうとする彼女にも虫が集ったが、
「じゃま、しないで!!」
ざしゅん。
立て続けに剣で駆逐していく。
「このまま、広間まで逃げる! ぜったい後ろは見ないで! 全力で走って!」
サーシャさんが叫んだ。
その言葉を聞いた俺は、すぐさまマアトを抱きかかえる。
突然、ぼんっ、と地面が抉れて、影に亀裂ができる。
これなら逃げられる!
俺は、だっ、と走った。遅れてサーシャさんも、後ろから着いてくる気配がする。
たかってくる虫は体を使って振り払う。足が悲鳴を上げても全力で走った。
俺の腕で震えるマアトは相変わらず、軽くて暖かかった。この暖かさを守りたい、と思った。




