やっぱり、おやくそくの展開。
◇◇◇
湿り気を帯びた薄暗い通路を抜けると、広間があった。ごつごつした石が転がっており、奥には右と左に通路が分かれている。
ずいぶんと見通しが良い。ここなら落ち着けるだろう。疲れた俺たちは適当なところで、くつろぐ。
マアトは、さっき泣きじゃくったせいか、すっかり大人しくなってしまった。何も言わないけど、動きが重たい。
「マアトの服、着替えさせてあげたほうが良くありませんか」
「うん。スライムの粘液に害はないけど、服が濡れたままだと、すごく重たい。あの子にはつらいと思う」
2人でマアトを見る。戸惑っているように見えた。
「ふく、脱いだほうがいいの? ……でも、」
ちらちらと俺を気にする様子を見せるマアト。察したサーシャさんがマアトに尋ねた。
「おとうさんでも、恥ずかしい?」
「……恥ずかしい」
「だいじょうぶ。誰も、あなたのことを笑ったりしないよ。あなたのおとうさんは優しい人でしょ?」
本当に小さく、こくり、とマアトは頷いた。サーシャさんが近づいて、そっとマアトに触れた。
「服、脱がすね?」
「……うん」
サーシャさんが彼女の服を脱がせていく。おとなしい人形のようだった。
しゅる、という衣擦れの代わりに、ぐちょり、と言う粘り気のある音が聞こえてくる。
「うぇぇ、べとべとするぅ」
サーシャさんは持っていた布きれで、スライムの粘液に塗れた彼女を、丁寧に拭いてあげていた。
マアトはくすぐったそうにしていた。
ほんのりと実った赤い果実。これから色付いていくだろう果実。この子は、未だ芽すら出ていない。
それが可愛らしくもあり、美しくもある。男性とも女性とも取れる中世的な身体。
サーシャさんを妖精とするならば、マアトは小妖精と言うところだろう。
「んっ、しょ」
なにを思ったか、サーシャさんもアーマーを外して上着を脱いだ。薄いシャツ一枚になる。
俺は赤面した。
「ごめんね。しばらく、これで我慢して」
「え、おかーさんは?」
「わたしにはアーマーがあるから」
どうやら自分の上着を服の代わりに着せてあげるようだ。
マアトが首を通すと、するっと、入る。
「おおきくて、あったかい」
「そう? あ……下着もぐしょぐしょだね。脱いだ方が、いいかも」
「え。脱ぐの? ぱんつも? おとーさんの、前で……?」
恥ずかしそうにマアトがこちらを見た。
どうやら、彼女が着けている白い下着も、べとべとらしく早急に脱がしたほうがいいらしい。
なんというか……いけない感情がうずまいてきそう。
俺の心中の葛藤を察知したのか。
サーシャさんが、ふいにマアトの元を離れて、俺の方に近よってくる。
「なんですか?」
「……【暗闇】」
ぷす。
サーシャさんが遠慮なく俺の両目を塞いだ。
「ぐぁぁぁぁぁあああ!!?」
「ルドは、見ちゃ、ダメ」
目が!! 俺の目がぁ!!
ちかちか光る赤い星が、ブラック一色に染まった視界に浮かんだ。
俺は、もんどりうって、ダンジョンを転がる。でこぼこしていて、冷たかった。
どこぞの大佐の気分を味合わった。
マアトとサーシャさんの声が遠くから聞こえた。
「おかーさん! おとーさんが、おとーさんが、床、ごろごろって、してる!」
「ダンジョンが汚れてるから、おとうさんは、ちょっとお掃除しないといけないんだって」
「……おとーさん、大変なんだね」
「うん。おとうさんは大変なの。だから、一緒に向こうに行って、着替えようね」
「はーい!」
サーシャさんはマアトを、俺の視界に入らない場所で着替えさせるようだった。
アオオォー、と不気味な声がダンジョンの奥から木霊した。
ぼんやりとしか見えないが、不思議ともう目は痛くなかった。




