ダンジョン五十三次、伝承も添えて
◇◇◇
俺の中でのダンジョンのイメージはドラゴン。もちろん赤竜だ。竜の背後には輝く黄金がある。その宝に群がってくる屈強な冒険者たちを、彼は、煩わしげに、さも煩わしげに、一掃していく。
地面を抉る竜が、大きく息を吸い込む。ブレスの初期動作だ。冒険者たちは必殺の一撃に備える。彼を打倒するためにあらゆる手を講じる。赤い竜は、長い激闘の末、ついに冒険者たちの前に膝を折る------------
「ドラゴン! ぼーけんしゃ!! すごい!!」
マアトは興奮している。俺の指を握る手にも力が入っている、気がする。
街外れのダンジョンへ向かう道中の草原を3人で歩きながら、昔、なにかで読んだファンタジー小説のクライマックスシーンを話してやると、マアトは目を輝かせて聞き入った。
「でもね、冒険者たちは、ドラゴンを見事に倒したけれど、けっきょく仲間同士で黄金を取り合って、ケンカを始めてしまうんだ」
俺は続きを話してやった。
「どうして?」
「みんな黄金が欲しかったんだろうね。お話の最後に冒険者のひとりが、こう言うんだよ。『ぼくは黄金なんて欲しくなかった。ぼくは元々、輝くものを持っていた。けれどそれは失われてしまった』って」
「おーごん、怖い」
「そうだね」
「おとーさんと、おかーさんも、ケンカする?」
「しないよ」
マアトに笑いかけて、サーシャさんの方を見る。にこにこして俺を見つめていた。
「なに?」
「聞いてました?」
「うん、聞いてたよ。話し方が、すごく上手」
「そ、そうですか」
「ルドって小さい子に好かれそうな感じがするけど、子供がいるの?」
「まさか。年の離れた妹がいますから小さい子の扱いには慣れてるんです」
「そうなんだ」
「サーシャさんに姉妹はいますか?」
「ううん。いない」
そうか。もしかしたら、と思っていた想像があったけど、違ったらしい。
ダンジョンに向かって歩きながら、マアトやサーシャさんと話を続ける。
「わたしも小さいころ、英雄ギルガメシュの話を聞いて、わくわくしたの。マアトの気持ち、すごくわかるんだ」
「ギルガメシュ?」
マアトがサーシャさんを上目使いで見つめていた。
「聞きたい?」
「うん!」
たしか、暴君で名高い紀元前の王様だっけか。
「ギルガメシュは何千年も前の王様だったんだよ。でも、世界を滅ぼそうとする魔王が現れて、ギルガメシュは、仲間の冒険者と一緒に、国を離れ、魔王を倒す旅に出るんだ」
マアトは続きを聞きたそうだったけど、何か違和感がある。魔王? ギルガメシュ英雄譚てそんな話だったっけ? サーシャさんの話は続いた。
「いろんな旅をして、英雄ギルガメシュは仲間と力を合わせて魔王を異世界に封じることに成功するの。それからは数百年に一度、『必ず魔王が現れて世界を滅ぼす』って伝説があるんだ」
魔王が現れる、ね。
確かに自然界の脅威を、神や悪魔が現れたのだとすることは、よくある。
全てを呑み込む魔王アバドンは、作物を喰い尽くすイナゴの大集団が神格化されたものだし、
風で生き物を自在に死なせる邪神パズズは、疫病が流行った年にたまたま発生していた台風が悪魔に見立てられたものだ。
ちょうどそのときに大災害があったとかで、適当にこじつけたのだろうか。
俺はサーシャさんに聞いてみた。
「伝説ってくらいだから、ずいぶん昔の話ですよね。それなら、世界は何度も滅んでるってことになりませんか?」
「え? それは、えっと、魔王が現れると、魔王を倒す英雄も、ぜったい現れるんだって。今も、こうして世界があるのは、みんなのために、誰かが戦ってくれるおかげなんだよ、って、その、おかあさんが」
サーシャさんは細かい部分までは覚えていないのか、俺に聞かれると、自信なさげになった。最後を聞く感じでは伝承というより、教訓なのかな?
だが、マアトは満足したようだった。
それからも他愛ない話をして路を急ぐ。よく着けている下着の色を、サーシャさんがうっかり口を滑らせて、慌てていたのが可愛かったな。
「着いたよ」
サーシャさんの言葉で俺達の歩が止まる。
周囲に注意を向けると、ダンジョンが唐突に現れていた。
自然が作り出した洞窟と、山や森をそのまま利用して、人工的に造られたような外観。
入り口にはぽっかりと空いた闇。不気味な魔物が口を開けて、侵入者を待ち構えているように俺には見えた。




