そうだ、ダンジョンに行こう!
◇◇◇
「ダンジョン?」
昼食を食べ終わると、サーシャさんは【光ゴケ】とやらを採るクエストのために、これからダンジョンに向かわないといけないらしい。
ギルドでマアトのことを聞いた際に、頼まれてしまったそうだ。
「病気の人がいるから、急いで欲しい、って。ダンジョンに生えた【光ゴケ】はエルフの作る秘薬の材料になるんだよ」
「少しくらい休んでもいいんじゃないですか。せっかく戻ってきたんですし」
「ううん。ふたりの顔を確認したかっただけなの。すぐに行かないと」
当のマアトは俺の膝の上に座って、遠慮がちに俺たちの話を聞いていた。少しは慣れたのかな? マアアトが俺を見上げて聞いてくる。
「どこかにいくの?」
「ダンジョンに行くんだって」
「おとーさん、ダンジョン、ってなぁに?」
そんな疑問をぶつけてくる。ダンジョンって何、か。そんなの俺もわからないよ。子供って、ときどき大人でもわからない質問をしてくるよな。
「暗くってジメジメした場所かな」
「……おかーさん、どうしてそんなところに行くの?」
「そうだなぁ。ゲームとかだと、ダンジョンには宝があって、ドラゴンとかの魔物がそれを守ってる。冒険者は、そのお宝を目当てにダンジョンに挑むんだけど」
「おたから!?」
好奇心をそそられたマアトが、
「いっしょに行きたい!」
と、席を立ったサーシャさんに飛びつく。
「あのね。遊びに行くんじゃないの。お仕事なの。ここでルド……えっと……お、おとーさん、と、待っててくれる?」
困った彼女はマアトの頭をそっと撫でて、たしなめたが、
「やだ……マアト、おかーさんとおとーさんといっしょにいたい」
「すぐに帰ってくるよ」
「やぁ! いっしょがいい! おいていかないで!」
マアトは聞き分けなかった。
まずい。目が潤んでる。すぐにでも、爆発しそうだ。
なんとなくマアトの気持ちがわかった。この子は俺と同じだ。何も知らされず、途方もない状況に放り込まれた俺と。
俺は、大人だから。都合のいい解釈をつけて、どうしようも無いストレスにだって耐えられる。
でも、この子は違う。状況を受け止めるには、あまりにも幼く、弱い。
「……行ってくれませんか? 一緒に。俺が彼女の側についてますから」
その言葉を聞いて、マアトの目から涙が一筋こぼれた。つぅ、と彼女の頬を伝う。ようやく笑ってくれた。
「もう。ルドまで、なにを言ってるの」
「採取クエストですよね? だったら人手はあっても いいんじゃないですか」
「それは、そう、だけど」
「迷惑かけません」
サーシャさんはしばらく考え込んでいたが最後には「……しょうがないね」と笑って、了承してくれた。
「でもわたしの言ったことは必ず守って。約束してくれる?」
「うん!」
「もちろんですよ」
ダンジョンか。こういうと不謹慎だが、ちょっとだけわくわくする。ギルドで【ギルドダンジョン】とか、呼び込みの人が言ってたが……それのことかな?
俺とサーシャさんは、マアトの小さな手をしっかりと握って、宿を後にした。街は、いまだ活気に満ちていた。




