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30代ニートが就職先を斡旋されたら異世界だった件。  作者: りんご
第一章 気がつけば森の中
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ニートは少女と月夜の森を散策する。


   ◇◇◇


(……あれ、俺は、生きて、る?)


 ぺちぺち。

 ちょんちょん。

 ふにふに。


 何かが俺に触れている。不規則に俺の身体を刺激する。

 耐えかねて身体を起こすと、女性がいた。


「あれ? 昼間お会いした人です、よね?」


 俺を叩いたり、突っついたり、いろいろしていたと思われる女性を、俺は見たことがあった。

 ちょうど、今日の昼のこと。

 一人でネットゲーム遊んでいたら、突然、俺の家に訪ねてきて『あなたに仕事を紹介してあげますよ』とか、国に委託されていて、一週間後に返事を聞きにくるとか、なんとか言ってきた人だ。


「? なんの話?」


 確か、昼に会ったときは、眼鏡をかけていて、スーツを着ていた。

 今、目の前の女性はファンタジーのコスプレなんかでよく見かける、身軽そうなアーマーを着込んでいる。

 だからだろうか、なんとなく幼いと感じた。


 ルビーの色を思わせる西洋風の剣も持っていたが、こちらは、

 百人中百人が【アレには絶対に斬られたくない】と答えるであろう凶悪なデザインだ。


 発泡スチロールとプラスチックだと思うけど、なかなかに出来がいい。どこかでイベントでもあったのかな。


「確かに、助けたけど。きみの言ってること。なにか、違う気がする」

「ごまかさなくてもいいでしょ。それは、趣味ですか?」

「趣味じゃないよ。これは、装備」

「装備?」

「うん、装備」


 そういう設定なの? 探り探りいかないと、この人、ちょっと面倒そうですよ? 気持ちはわかるけど。


「あっと。それで、ここ、どこでしょう? もし知ってたら帰り道とか教えて欲しいんですけど」


 この人と話していて、さっきまでの緊張は少しずつ無くなっていった。

 起き上がっても、異常はない。あの狼の印象が強すぎたから、追い詰められる夢でも見たのかな。


「ここは常遠の森。帰り道で一番近いのは、あっち。ふもとに村がある。私は村に帰るから、村に帰るならついてきてもいいよ。ギルドにいきたいなら、私はついていけないけど」

「もり? ぎるど?」


 なんかファンタジーでよく聞く単語が出てきたぞ。ゲームの話だろうか?


「もう歩ける?」

「歩ける、とは思いますけど」

「それじゃ」


 軽く頭を下げて、女性は行こうとする。


「あの! 一緒についていっていいですか?」


 我ながら情けないとは思いますが、道がわからないので。

 背に腹を代えられるのは、死の淵を彷徨って生き延びる生き物だけ。

 

「村に帰るの?」

「えっと、まあ、はい」


 村ってのはなんだろう。俺は秘境にでもいるのだろうか。

 それならそれで、どうしてそんな場所に? って疑問も出てくるけど、

 でも、なにより、とにかく話を聞きたい。

 

「いいよ。こっち」


 女性の口調は砕けていた。すごくマイペースな感じだ。

 なんというか……女性というよりは、少女という方がしっくりする。

 解放された状況だと素の自分が出るタイプなのかな。

 どちらにしても可愛いんだけど。


 女性に遅れないように、ついていく。

 誰かと一緒に歩く。散策なんておしゃれなもんじゃないけど、でも、それが何故か、やたらと楽しい。


 月の光が、深緑を照らす。

 小さな虫がいて、草むらの影に動物がいて、遠くから鳥の鳴き声がして。

 小さくても、当たり前に生活し、当たり前に死んでいくものたち。

 懸命に生き足掻く、生き物たち。


 緑の風が吹く。木々の匂いと懐かしい香り。

 しばらくお互い無言で歩いていたが、話し掛けてみることにした。


「あの。この辺は、地名で言うとどの辺りになるんですか」

「【とこしえから続くしんじゅの森】」


 とこ……なんだって?


「とこしえから つづく しんじゅ の もり、だよ」


 俺がぽかんとしていたからだろう、今度はゆっくり言ってくれた。


「長いから、ふだんは、常遠の森、って呼んでる」


 確かに普段使う場所の名前としては長い気がする。というより、そんな場所、日本にあったかな?

それよりも、一番気になる質問をしよう。さっきは答えてもらえなかったからな。


「あなたはどうしてこの森に?」

「採集クエストの依頼があったから、来てたの。夜にしか咲かない珍しい花を取るクエストで――」


 …うん、そう。そういう設定なんだったね。OK、わかった。把握した。


 話すうちに段々と、話が読めてくる。

 こういう非日常的な世界を楽しむためのファンタジー・ツアーが実際に行われていると聞く。

 田舎町を借り切って行うという話題性もあって、ずいぶん盛況だったとニュースでは言っていた。

 この女性は、そのツアーの参加者なのだろう。


 となると。

 あの狼は作り物で、企画の一環。演出の一つ。ツアーのお客さんに楽しんで貰って、最後には倒される役の演者。

 そもそも、あんな赤黒い狼は日本の山中にはいない。動転していたから本物のように感じたが、思い出してみると作り物っぽかった気もする。


 とはいえ、どうして俺がそのツアーの渦中にいるのか?

 という根本的な疑問の解決にはならないけど…


「…わたし、余計なこと、した?」

「え?」


 女性の唐突な一言が俺を困惑させた。


「ずいぶん、軽装だから」

「いや、これは」


 視線に気づいてみれば、俺は昼間会ったときの服のままだ。着替えをしていない。

 夏だからか、寒くはないが、外出する格好ではない気がする。


「いえ。助かりましたよ。すごく」

「そう」


 なんとなく気まずくて、話題を変えた。


「あの狼。すごく強そうでしたね」

「厄介だよ。【ネクロレッドウルフ】は再生するから。首を落としても死なないんだ。

ふつうは光魔法で浄化するしかないけど、わたしは光魔法が苦手だから、爆発させた」


 爆発? 光魔法?

 なんの話だろうか?


「…ああやって、食べ続けてれば、生き返れるって信じてるんだ」


 ぽつりと女性がつぶやいた。

 話をしながらも景色が流れていく。

 少し会話の歯車がおかしいなと思う場面はあったが、気にすることはないだろう。

 単純に経験不足のせいだ。

 話し掛けてくれることはほとんどなかったけど、ちゃんと聞いたことには答えてくれた。


 夜はふけていく。道中に危ないことは何もない。

 森が闇に覆われてしまう前に、俺たちは無事にその村にたどり着くことができた。



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