無罪?
◇◇◇
「どうして俺達を殺そうとしたんだ?」
湯客のひとりが、焼け焦げた黒衣の男に質問をした。
「理由なんて知らねぇーよっ! 俺は、ただ、そこにいる奴を始末しろって頼まれただけだ!」
え? 俺??
サーシャさんと大立ち回りを演じていたから忘れていたけど、確かに初めは、俺を狙っていたようだった。
誘拐犯の一味が俺を狙った? 警察に行かれると困るから? まさかね。こいつの言うことを信じるなら、だけど。
「ぜんぜん反省してなさそうだな、こいつ」
「もう一回燃やしちゃえば?」
「ちょ、ほ、本当に知らないんだって! 俺みたいな下っ端はそんなことまで聞かされないんだよ!」
「誰に頼まれたの?」
「……おかしなやつだったよ。ずいぶん立派な紋章をつけてやがった。たぶん、どっかの貴族とか、王族じゃねーかな」
サーシャさんに聞かれて、ぶっきらぼうに男は答えた。心なしか、サーシャさんに対しては態度が少し違う。もうどうにでもしてくれって感じなのかな。嘘は言ってないと思うけど。
「おい、おまえ。みんなに向かって謝れ。そしたら許してやる」
「はぁ!? なんで俺がおまえらに!」
ギロッ。
その場のほとんどの人が男を睨んだ。ちょっとこわかった。
「いやー、マジすんません皆さん、だから勘弁して?」
「おい、みんなでかこめかこめ」
「たかれたかれ」
「なぐれなぐれ」
「燃やせもやせ」
「申し訳ありませんでした」
男は速攻で土下座した。サーシャさんが男に手を差し伸べる。あれ、あの男、照れて、る?
「実害も無かったし、ま、許してやるか」
「そうね」
「ちょっと楽しかったのお」
「ちょっとワクワクしましたねえ」
「……おかみさんにも後で謝っておいてね」
「もちろんです」
戦闘における二次災害。外壁にぽっかり空いた大穴。温泉への入り口がもう一個増えちゃったことに……できんな。アレ、ごまかし効かないと思う。
サーシャさんと男はまだしばらく話を続けて「昨日……て……き……仲…?」「……すか? ……。何組か……て……俺……知らない……」いたが、よく聞き取れなかった。
なんだかモヤモヤする。
元黒衣の男が急にモジモジとしはじめ、神妙な面持ちをする。意を決してサーシャさんの方を向き直ると、
「俺、あんたに惚れちまったみたいなんだ! あんたを見てると身体が熱く燃えて、焦がれてくる想いがする。どうか結婚してくれ!」
プロポーズをしていた。が、
「……いや」
秒で断られていた。
「信用できないのわかるけど、俺、意外に紳士ですよ。純情ボーイですよ。大事にするっすよ、毎朝、俺のスープを作ってくだしい!」
「イヤ」
「だめだ」
俺も続いた。
「ノゥッ!」
◇◇◇
男が去り、温泉から上がって、サーシャさんと二人で部屋でくつろいでいると、宿のおばさんが料理を持って現れた。
あの男は約束通り、おばさんに謝ったのかな。不器用そうなやつだったから、まだかな。もう悪いことはしないと思うけど、できればちゃんと謝って欲しい。
「温泉の方が騒がしかったけど、あまり客同士で揉め事は起こさないようにしておくれよ?」
それを聞いて何故かおかしくて、二人して笑った。
「あとで理由がわかりますよ」
「ふぅん? そうかい」
特に深くは追求せず、おばさんはすぐに出ていった。夕食は生ムルの燻製肉とギャロバとかいう青野菜をボリュームのあるパンで挟んだものだった。
相変わらずパンがうまい。この辺りは小麦がおいしいんだろう。
お腹一杯になったら、あとは寝るだけだ。幸い(不幸にも?)寝床はふたつ用意してあったので、別々に眠る。
部屋の明かりを消して、目を閉じる。耳を澄ませば風の音と、虫の声。街中にも虫がいるものなんだな。
明日は、なにが起こるだろうか。すこしだけ楽しみな気持ち。子供の頃、手品を見てワクワクした気持ちに似ていた。
だから、今日は、もう。
(おやすみなさい)
泥のように眠りこけた。




