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30代ニートが就職先を斡旋されたら異世界だった件。  作者: りんご
第二章 注文の多いギルド店
19/96

無罪?


 ◇◇◇


「どうして俺達を殺そうとしたんだ?」


 湯客のひとりが、焼け焦げた黒衣の男に質問をした。


「理由なんて知らねぇーよっ! 俺は、ただ、そこにいる奴を始末しろって頼まれただけだ!」


 え? 俺??

 サーシャさんと大立ち回りを演じていたから忘れていたけど、確かに初めは、俺を狙っていたようだった。

 誘拐犯の一味が俺を狙った? 警察に行かれると困るから? まさかね。こいつの言うことを信じるなら、だけど。


「ぜんぜん反省してなさそうだな、こいつ」

「もう一回燃やしちゃえば?」

「ちょ、ほ、本当に知らないんだって! 俺みたいな下っ端はそんなことまで聞かされないんだよ!」

「誰に頼まれたの?」

「……おかしなやつだったよ。ずいぶん立派な紋章をつけてやがった。たぶん、どっかの貴族とか、王族じゃねーかな」


 サーシャさんに聞かれて、ぶっきらぼうに男は答えた。心なしか、サーシャさんに対しては態度が少し違う。もうどうにでもしてくれって感じなのかな。嘘は言ってないと思うけど。


「おい、おまえ。みんなに向かって謝れ。そしたら許してやる」

「はぁ!? なんで俺がおまえらに!」


 ギロッ。

 その場のほとんどの人が男を睨んだ。ちょっとこわかった。


「いやー、マジすんません皆さん、だから勘弁して?」

「おい、みんなでかこめかこめ」

「たかれたかれ」

「なぐれなぐれ」

「燃やせもやせ」

「申し訳ありませんでした」


 男は速攻で土下座した。サーシャさんが男に手を差し伸べる。あれ、あの男、照れて、る?


「実害も無かったし、ま、許してやるか」

「そうね」

「ちょっと楽しかったのお」

「ちょっとワクワクしましたねえ」

「……おかみさんにも後で謝っておいてね」

「もちろんです」


 戦闘における二次災害。外壁にぽっかり空いた大穴。温泉への入り口がもう一個増えちゃったことに……できんな。アレ、ごまかし効かないと思う。

 サーシャさんと男はまだしばらく話を続けて「昨日……て……き……仲…?」「……すか? ……。何組か……て……俺……知らない……」いたが、よく聞き取れなかった。

 なんだかモヤモヤする。


 元黒衣の男が急にモジモジとしはじめ、神妙な面持ちをする。意を決してサーシャさんの方を向き直ると、


「俺、あんたに惚れちまったみたいなんだ! あんたを見てると身体が熱く燃えて、焦がれてくる想いがする。どうか結婚してくれ!」


 プロポーズをしていた。が、


「……いや」


 秒で断られていた。


「信用できないのわかるけど、俺、意外に紳士ですよ。純情ボーイですよ。大事にするっすよ、毎朝、俺のスープを作ってくだしい!」

「イヤ」

「だめだ」


 俺も続いた。


「ノゥッ!」


 ◇◇◇


 男が去り、温泉から上がって、サーシャさんと二人で部屋でくつろいでいると、宿のおばさんが料理を持って現れた。

 あの男は約束通り、おばさんに謝ったのかな。不器用そうなやつだったから、まだかな。もう悪いことはしないと思うけど、できればちゃんと謝って欲しい。


「温泉の方が騒がしかったけど、あまり客同士で揉め事は起こさないようにしておくれよ?」


 それを聞いて何故かおかしくて、二人して笑った。


「あとで理由がわかりますよ」

「ふぅん? そうかい」


 特に深くは追求せず、おばさんはすぐに出ていった。夕食は生ムルの燻製肉とギャロバとかいう青野菜をボリュームのあるパンで挟んだものだった。

 相変わらずパンがうまい。この辺りは小麦がおいしいんだろう。

 お腹一杯になったら、あとは寝るだけだ。幸い(不幸にも?)寝床はふたつ用意してあったので、別々に眠る。

 

 部屋の明かりを消して、目を閉じる。耳を澄ませば風の音と、虫の声。街中にも虫がいるものなんだな。

 明日は、なにが起こるだろうか。すこしだけ楽しみな気持ち。子供の頃、マジックを見てワクワクした気持ちに似ていた。

 だから、今日は、もう。


(おやすみなさい)


 泥のように眠りこけた。


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