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30代ニートが就職先を斡旋されたら異世界だった件。  作者: りんご
第二章 注文の多いギルド店
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温泉に入ろう!


  ◇◇◇


 温泉を見に行くと脱衣所が一箇所しかなかった。混浴だ。昔の日本がそうだったみたいに、こういう予算の充分でない場所だと、男湯と女湯で、温泉を分けて造れないこともあるんだろう。

 脱衣所にはごわごわしたタオルが数枚だけ、用意されていた。

 こんな場所だから、浴衣なんてあるわけないか。着替えは持っていないから、入浴後も今の服を着ることになるな。


「ま、待って。装備を、外さないと」


 コスプレ衣装を着たままのサーシャさんは服を脱ぐのに時間がかかっていた。呪われてる設定なのかな。


「俺、先に見てきますね」


 ぽんぽんと服を脱いでから、一応タオルを腰に巻いて、俺が先に温泉に入る。

 中には老夫婦と若い男女の、4人の先客がいた。

 みんな湯船に浸かっていて身動きせずにいる。むっとした湯気が顔を覆った。


 仄かな灯りが温泉を照らしている。広くはなかったが、温泉自体は野外に造られていて、そのおかげで星が見える開放的な空間だった。近くには林、遠くには街の灯りも見えて、眺めは抜群にいい露天風呂だった。

 すこし遅れて、後ろからサーシャさんの気配がする。景色の良さに驚いているのが伝わってくる。ぷくぷくとした泡が湯にいくつも浮かぶと、それだけでもサーシャさんにとっては心弾むことだったようだ。


「すごい」

「サーシャさん、おそかった……ぁあああ!!??」


『女性はお嫁にいけるような一人前の身体になった時一ばん美しいと志賀直哉の随筆にあった』


 と太宰治の小説にあったが、いままさに、経験としてそれを実感した。


 眼前に広がる白い大地。透き通るような双山の霊峰はそれでも確かな存在を主張し、見る者の心を捉えて離さない。


「ど、どうしたの? 急に叫んだりして」


 鼻をおさえながらなるべくサーシャさんが視界に入らないように視線を逸らす。すると、サーシャさんが心配そうに視界に入ってくる。

 その繰り返しが数回ほど続いた。あ、これ、あかんやつや。ほら、また見事な美しい大地が目の前に。


「鼻、痛いの?」

「そうですね。のぼせてしまったようです」

「まだ温泉に入ってないよ」

「そのうち抑えられてくると思いますので気にしないでください」


 ううむ。サーシャさんの恥ずかしがる基準がよくわからないぞ。タオルくらい絶対に使うと思ったのに。

 って、周りのお客さんをよく見たら、タオルで隠してるの俺だけじゃんか! もしかして、この地域じゃ隠さないのが当たり前なのかな。外国とか行くとそういう国もあったりはするけど。


 夢なのか? 白昼夢の続き? あるいは異世界に転移して、衣服が透けて見える能力的なものを授かったとか?


 ……違う。なに言ってんだ俺。異世界に転移ってなんだよ? そんな小説みたいなことあるわけないじゃん。これは誘拐+ファンタジーツアーだろ。もし仮に、異世界転移だったとしたら、俺はチート能力を貰って、俺TUEEEE!になってるはずだ。だから、これは異世界転移ではない。


「なに?」


 きれいだった。

 すべてをさらけ出して、なお恥じることのないその姿は、ちっともいやらしいものでなく、ニンを思わせた。1枚の美しい絵画から抜け出た妖精。


 恥だ、不純だと、恥に塗れた我らは言う。

 我ら祖先が罪を知らず、無垢なる存在であった頃、我らは一糸纏わぬ姿であった。が、恥に溺れ、恥を知ったが故に、我らは羞恥という服を纏った。

 無垢なる存在には、ヴェールは不要なのだ。見よ、かの人の美しき姿を。謳え、神の賛美を。愛でよ、母なるガイが創り上げた芸術を。


 そうだ、絵画の如き荘厳なるこの光景の、いったいどこに不純の要素があるというのか。

 ああ我ら矮小なる者! この光景を汚し、不純と断ずることこそ、恥と知れ!


「よく聞きとれなかったけど、なにか言った?」

「悟りを開けそうになっただけですので、お気になさらず」


 サーシャさんはじゃぶじゃぶと温泉に浸かった。幸せそうにとろん、と目を閉じていたが、傍の老いた夫婦に「こんばんは」と話し掛けられて、


「……ん」


 と返していた。


「おやおや。夜の挨拶は、こんばんは、じゃよ。さあ、言うてごらん」

「こ、こんばん、は」

「ええ子じゃなぁ。のう、ばあさん」

「ええ、いい子ですねぇ。ねえ、じいさん」


 温和そうなお年寄り二人に挟まれて、ちょっと困惑しているサーシャさん。


「うんと健康を大事にせんといかんよ。若いうちはよくわからんじゃろうけどなぁ」

「そのすべすべな肌を大事にせんといかんよ。若いうちはよくわからんじゃろうけどねぇ」


 サーシャさんがあまり抵抗しないのをいいことに、お年寄りふたりが孫にでも接するみたいにスキンシップを始めた。

 ちょっと困った顔でこっちを見ているサーシャさん。なんだか助けて欲しそうだった。


「助けてあげなくていいの? きみの彼女でしょ?」


 湯客の若い男女の女性の方が、あまり恥じる様子も見せず、俺におかしそうに話し掛けてきた。くっ、おねえさん。なかなかに立派なものをお持ちのようで。


「ええ。そうですね」


 と言って、そろそろ、彼女を救出するべく老夫婦の元へ向かおうとした矢先。


 --------突如、サーシャさんが抱きついてきた。



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