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30代ニートが就職先を斡旋されたら異世界だった件。  作者: りんご
第二章 注文の多いギルド店
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嵐の前、その宿にて。


  ◇◇◇


 日が落ちて薄暗くなった通りで、明かりが漏れる宿はすぐに見つかった。ドアノブを開けると、木造特有の燻された香り。

 長い間、料理の匂いを染み込ませた材木が、雰囲気を温かく感じさせる。

 宿の主だろう、おばさんが気づいて話し掛けてきた。


「いらっしゃい。お泊まりかい。1泊、銀貨4枚だよ。ウチはこの辺じゃあ、一番安くて、一番快適な宿さ」


 体格も笑顔もにこやかなおばさんが宿泊料金を告げた。

 こっそりサーシャさんに尋ねる。


「安いんですか」

「うん。安い、と、思う」

「なにコソコソ話してんだい」

「すいません。泊まります。とりあえず今日1泊」

「そうかい、ありがとねぇ。じゃあ、ここに記帳してくれるかい」


 記帳かあ。面倒そうだった。


「冒険者証を見せれば記帳しなくても平気だよ」

「あぁ、そうか」


 サーシャさんが教えてくれたので、ギルドでもらった冒険者証を見せた。


「あんた冒険者なの? 全然そんな風には見えないけどねえ。そんなガタイでやってけるのかい? ああ、気を悪くしないでおくれ。

あたしは冒険者ってのに、ちょいと苦い思い出があるってだけさ」


 おばさんは機嫌が悪そうだった。それでいながら、少し悲しそうでもあった。


「あの、サーシャさん」

「?」

「いろいろ、ありがとうございました。サーシャさんは、そろそろ馬車に行かないと間に合わないんじゃないですか」


 確か、それほど多くの馬車が出ていないと聞いた。帰れなくなるんじゃないのか?


「ん、へいき。わたしも、今日は、ここに泊まる」

「え、サーシャさんも?」


 なんだか俺のためにそうしてくれる気がした。嫌ではない。むしろ一緒にいられて、俺も嬉しい。でも、俺の都合で、いいのだろうか。


「あんたら兄妹かい? それとも恋人?」


 俺たちのやりとりを黙ってみていたおばさんが聞いてきた。


「そう見えます?」

「わからんねえ。そうは見えないけど、そうだってこともあるからね。あんたが冒険者だったみたいにさ。ま、そんならそれでもいいさ。

けど、残念ながらもう部屋が空いてないんだよねえ。その兄さんと一緒の部屋でよければ、銀貨は2枚でいい。どうだい」


 にやついたおばさんが、俺ではなく、サーシャさんに尋ねた。サーシャさんは、


「いいよ」


 と、一言だけ答えた。


 ◇◇◇


 細長い廊下をぐるぐると回って、ようやく部屋に辿り付く。


「部屋は、ここ。食事の方は、決まった時刻に朝、昼、夕、の3回出すよ。トイレは、向こう。温泉はあっち」

「温泉があるの?」


 サーシャさんが喰い付いた。


「ああ、裏にウチの源泉があるんだよ。珍しいだろ、街中に温泉なんてさ。疲労回復、おまけに万病にも効く、すごい温泉さ」

「お薬みたい」

「あぁ、だからって飲んじゃダメだよ。浸かるだけにしておくれ。泊まってる間は自由に入っていいからね」

「うん」


 おばさんとサーシャさんが話している。俺は部屋に入った。ずいぶん年季が入っている部屋だ。

 先祖のゴーストとか何人もいそうだな。


「それじゃ、仲良くね。ああ、仲良くし過ぎて、変なことはしないようにね」


 余計な事を言っておばさんが立ち去った。なんとなく、サーシャさんを見る。照れているような気がした。


「何もしませんよ?」


 サーシャさんが


「……うん」


 と言った。


「これから、どうします?」

「温泉、見に行ってみたい」


 温泉かあ。俺も入ってみようかなぁ。一緒に入りたいとか言ったら殴られるかな?


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