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30代ニートが就職先を斡旋されたら異世界だった件。  作者: りんご
第二章 注文の多いギルド店
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捨てる紙あれば拾う神あり


  ◇◇◇


「……しまった」


 サーシャさんが珍しく慌てていた。


「どうしたんですか」

「うん……花の数が、足りてない」


 【夜にしか咲かない珍しい花】だったか?


「いくつ、足りないんですか」

「……あと1つ」


 もしかしたら俺のせいかな? 俺とのゴタゴタがあったから、数を間違えたとか。


「どうするんですか?」

「まだ期日には余裕があるの。戻って採ってくるつもり」

「確か、馬車は片道で銀貨3枚でしたよね。報酬の銀貨は、何枚なんですか?」

「……銀貨10枚」

「赤字じゃないですか」

「しょうがないよ。わたしのミスだし……」


 俺は続けた。


「依頼の花は、何に使うものですか」

「【夜光花】? 薬の材料になるんだよ。調合した薬は何にでも良く効くって、ママが……えと、おかあさん。おかあさんが、教えてくれたの」

「採った後に、効果が無くなったり、変質したりすることはありますか」

「3日くらいは平気、と思う……」


 なんとかなるかもしれない。


「その花って、白くて良い匂いのする花じゃ、ありませんか」

「う、うん。そうだけど……ルド、なにを」


 俺の意図が掴めないサーシャさんに、ポケットにしまってあった物を見せる。


「これですよね」

「!? え、ど、どうして、それを?」

「摘んだんですよ、昨夜。サーシャさんと会う前に。ちょっと見た目はアレですけど」


 驚くサーシャさん。観賞用だったらアウトだったが、聞いた用途なら問題無いだろう。

 ポケットの中でくたくたになった花をサーシャさんに差し出した。


「くれるの? わたしに?」

「俺には使い道無いですよ」

「あ、ありがとう……」


 花を渡す。サーシャさんは嬉しそうに小さな花を受け取ってくれた。なんだかプロポーズの1コマみたいだな、はは。

 ふと、サーシャさんが、


「ルドのポケットからは何でも出てくるんだね」


 と言った。

 そんな未来のロボットみたいな設定はありませんから。

 あと入っているものは、ゴミ埃と、くしゃくしゃの1万円、拾ったカラスの羽根くらいだ。

 なんとかサーシャさんのクエストも無事に達成できそうで良かった。

 サーシャさんは言った。


「なるべく早く済ませてくる」


 俺は嬉しいと思うと同時に、胸がちくりと痛んだ。たぶん、サーシャさんは俺が一緒に帰ると思ってる。

 受付で事情を話した時点で、警察なり大使館なりに連絡が行くはずだ。ここでサーシャさんとは、お別れになる。

 この人には感謝しても仕切れない。魅力的なツアーだと思うし、できればこのまま一緒に行動したい気持ちもある。けど、俺は本来の参加者じゃないから、一度、離脱するべきだ。

 そのあと改めて、その気が残っていればサーシャさんと合流すればいい、はずだ。


「行かないの?」


 俺は、ツアーの間、サーシャさんがひとりぼっちで眠る姿を思って胸が締め付けられる気がした。

 彼女はまた泣くのだろうか、あの家で、たったひとり。


「……そうですね。行ってきます」

「うん。行ってらっしゃい。またあとで、ね」


 優しく手を振ってくれた。その顔を、俺は見ることができなかった。



   ◇◇◇



 俺が向かった受付は、クエストを依頼したり、新規冒険者の登録、その他意見や相談ごとなどを幅広く受け付けてくれる窓口のようだ。

 おねえさんが淡々と対応してくれた。


「冒険者証はお持ちですか」

「いえ、ありません」

「では、ギルドに登録された冒険者ではないということですね?」

「はい」


 ツアー客ではない、ということだろう。おねえさんは続けた。


「では、ご用件をどうぞ。クエストの依頼ですか、意見、相談ですか」


 説明によると、人々からの困り事は『クエスト』という形で、全てギルドに申請するらしい。

 それらをギルドが一括してリストにして、この依頼ならできそうだと思った冒険者が申し出てクエストを行う、というシステムのようだ。

 と、緊急事態なので、それはどうでもいい。俺は、覚悟を決めなければならない。


「あの。これから聞くことは、皆さん方の趣旨にそぐわないことは重々理解しています。その上で聞いて欲しいのですが」

「なんでしょうか」


 受付のおねえさんが、顔を引き締めた。


「電車、バス、タクシーでも何でもいいですけど、ここから都心に出られる交通手段があれば教えてください。できればPCなんかも貸して頂けるとありがたいのですが」


 俺は、なるべく簡潔に、しかし誠実に用件を伝えた。けど、


「なにをおっしゃっているのか、わかりかねますが」

「……せめて、この街の本当の名前を教えてくれませんか」

「本当もなにも……フィルヒナーの街です。今も、昔も、これからも」 


 どうしてそんな頑なにごまかそうとするんだ。


「俺はツアーの客じゃないんですよ! 教えてくれたっていいじゃないですか! 俺は、気がついたら、変な森にいて……ここがどこかもわからないし、覚えがないんです。

俺は、家に帰りたいんです。ただ、帰りたいだけなんですよ。お願いします、家に帰して下さい……」


 頬にしょっぱいものが伝う。俺は途中から、涙を流しながら必死に叫んでいて。おねえさんは黙ってそれを聞いていた。


「……そうですか。それは、お辛かったことでしょう。わかりました。ギルドは、あなたのために全力を尽くしましょう」


 おねえさんの態度が変わる。俺は安堵した。


「あ、ありがとうございます! ありがとうございます!!」

「いいんですよ。そういう事情でしたら、仕方ありませんもの。上の者にも掛け合ってみます。

あなたが家に帰れるように。……もっとも、すぐには無理かもしれませんが」


 おねえさんの優しさが胸に染みて、また泣きそうになった。いい人って、いるものなんだな……。



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