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30代ニートが就職先を斡旋されたら異世界だった件。  作者: りんご
第二章 注文の多いギルド店
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追撃と逃走、あるいはネコとイヌの話③


  ◇◇◇


『それにしても見事な剣技でしたな!』

『あのような素晴らしい技を一体どちらで会得なさったのでしょうか』

『本当にお礼はよろしいので』

『高名な冒険者様とお見受けしましたが』

『せめてお名前を』


 どちらが正しいとか正しくないとかではない。誰の味方をしたいのか。この一点に尽きると思う。

 あの後、車中では、取り立てて変わったことは何も起こらなかった。


 男は乗客に囲まれて、ずっと話し込んでいた。嫌な顔ひとつせず、「レベルの低い相手だったのでどうにかなっただけですよ」「私なんてまだまだですから」「名乗るような者じゃありません」「当然のことをしただけです」と、さわやかに応対していた。勇敢な者は死してなお安らぐ事はない。なんとなくそんな風に感じてしまった。

 あと少し気になったことと言えば。あのの女性が、男のことを、何か思いつめたような顔で見ていたことくらい。


「ん……」


 俺の右肩から、柔らかな寝息が聞こえてくる。少しだけ感じる重みと暖かさ。疲れて眠ってしまったサーシャさんだ。寝かせてあげよう。俺とサーシャさんの顔に木漏れ日が降り注いでは消えていった。

 車はごとごとと規則正しく森を突き進んでいく。俺が目覚めた最初の森とは、また雰囲気が違う。

 あとどのくらいでギルドに着くのか、と、先ほど行商のおっさんに尋ねたところ、


「もう少しってとこだな。まっすぐ進む事ができりゃあ、そんなに時間はかからないんだが。向こうに山が見えるだろ? あれがエルスワース山脈だ。あの山を避けて、ぐるっと迂回するから時間がかかるんだ」


 森、森、山。

 大きな山と緑の道がどこまでも続いていた。



  ◇◇◇


 ギルドのあるという街。

 しばらくすると風景が開けてきて、洒落た建物がぽつぽつ見えてくる。ごとごと、という車輪の音は、緩やかになっていく。きちんと道も整備されているようだ。


 サーシャさんも街が近づいてきたころ、ぼんやりと目をさました。「わたし、寝てた?」と恥ずかしそうに尋ねてきたので「可愛かったです」と答えておいた。そうしたら「ごめんなさい」と余計恥ずかしがって謝ってきた。本当に可愛かった。


 きぃぃ、と馬の嘶きが聞こえて、馬車が止まる。外の大きな建物の前には何人か人が見える。待合所なのだろう。


「着いたぜ。フィルヒナーの街だ! ギルドに用があるやつはここで降りてくれ。王都ラーセンに行きたいやつはこのままだ!」


 行商が叫んだ。乗客がぞろぞろ降りていく。俺たちも続いたが、何人かは降りなかったようだ。誰かが「良い旅を!」と叫んだ。家に帰る道中なんだけどな。

 例の騎士風の男も降りている。あ、の女性もここで降りたんだ。ギルドに用があるのかな? 男の方は違和感ないけど。


 ……あれ? 女性が男の方へ駆け寄っていくぞ? 男の前に立ちはだかった女性は、


「お願いします! あたしを、あなたの弟子にしていただけませんかっ!」


 思いっきり男に頭を下げていた。角度が90度に近い、見事な美しいフォームだった。営業マンなのかな、あの人。

 

「キミは、さっきの車内で」

「はい。あたし、フランっていいます。あの、あたし、強くなりたいんです! あなたの剣を見て、この人だ、って思ったんです! えと、何を言ってるのかわからないと思うんですけど、あたし、あなたの弟子になりたいんです! お願いします! お願いしますぅっ!!」


 土下座までやりかねない勢いだ。男の方は、いきなり現れた女性に面食らっているようだった。


「そうか。私の剣に惚れ込んでくれたのは嬉しいし、気持ちはありがたいが……生憎、私は弟子は取っていないんだ」

「で、でしたら、あなたのパーティーに」

「私はパーティーを組んでいない。私の戦い方は、仲間と一緒に戦うのには向いていないんだ。私の剣を見たならわかると思うが」

「い、いえ! でしたら、お世話係でもいいです! あなたしかいないんです! あたし、なんでもします! 雑用でもなんでも言いつけてください!」

「うん、いや、困ったな……」


 男は熱意に押されているのか、悩んでるのか。やがて、一計を思いついたのか、


「そうだ、なら、こうしよう。私がこの街にいる間、私に一撃でも加えることができたら、キミを弟子にすることを約束する」

「本当ですか!?」


 女性の顔が喜びで染まる。


「ああ。我が名、『龍喰らいのマルドゥーク』の名に懸けて。必ず約束は守ろう。もし一撃でも加えられたら、だが」

「マルドゥーク様とおっしゃるのですね」

「……驚かないか。うん、悪くはない。滞在期間は3日間。私の方からは、反撃はするが基本的に攻撃はしない」

「はい! あの、質問なんですけど」

「なにかな」

「その約束って、今、この場ででもOK、ですよね?」


 だっ。

 不意に女性は男に飛びかかった。猫を思わせる俊敏な動きだ。

 けど、


「あれ?」

 

 次の瞬間、とすん、と情けない音がして、女性は地べたに転がっていた。今、あいつは何をした? 掌をくるっと返したようにしか見えなかったけど。

 呆然としてる女性に、


「ひとつアドバイスをしておくと、私に一撃を加えるのは正攻法では不可能だと思う。闇討ちでも、不意打ちでも、ああ、とにかく何でもいい、いろいろ試行錯誤してみてくれ、3日もあるんだから」


 男はマントをぱっぱっ、と払い、最後まで爽やかにその場を立ち去った。

 実力の差を思い知った女性、いや、フランさんは、諦めたのかと思いきや、


「やる気でてきた! ぜったいあの人の弟子になってやる!!」


 逆に闘志に火がついたのか何か叫びながら全力で男を追っていった。なんだかなあ。


「……行きましょうか」

「うん」


 あの二人の顛末を見届けたい気もしたけど、ギルドへ行かないとな。

 ちょっとした立ち回りでざわついている周囲を尻目に、俺たちは足早にギルドへ向かった。


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