9話 H-1 国田 観沙
少し引っ込み思案な子です。
M組4番 国田観沙 女 16歳
誕生日4月17日 牡羊座 AB型
成績は特に問題なし。気弱な性格。いじめを受けている
担任の平均評価「あまり自分の意見を言わない物静かな子です」
友人の平均評価「クラスの女子によくいじめられている」
両親の平均評価「とても清い子です」
個体特性1、アビリティ1:{慈愛人生}。他者への慈しみを持つ。だがそれは自身を相手と同格に置かないことを意味する。
少女は崖から落ちた。
いや落とされたという方が正しいだろう。十数mほど落下したあとその少女は水面に叩きつけられた。
背中に激痛が走ったあと沈んでいく。窒息はしない。それもそのはず少女はエラ呼吸ができる種族なのだから。
薄い緑色の髪、青白い肌を持つ彼女はアレマテラ・ジャコネイトとアレマテト・バンセルフォンのハーフで、陸と水中の両方で生きることができる。
ここはラシューニュー北部の山脈に存在する多種族が住む隠れ里。女神信仰の元に結束した人々が暮らしている。綺麗な空気と水に囲まれ、静かに生き、死んでいくのである。
少女の落ちた崖の上から子供たちの声がする。水面に浮かびながらミサディアはその少年たちを見上げる。
「はっ! 忌み子が調子に乗ってんじゃねえぞ! さっさと魚取ってこいよ。そして共食いしやがれ!
あっはははははは!!」
アレマテト・エンプリーバである彼ら3人が笑う。彼女は食料をとって来いと言われた。特に手伝う必要も感じられなく、他にやることもあったので断ったのだが、崖から突き落とされた。
こんなことは初めてではなかった。彼らは何か発散する相手が欲しかったのだ。
この里には様々な種族がいて異種族同士で交わることが多いのだがミサディアの場合はまた特別だった。
アレマテトは人型の種族だ。その識別方法は簡単に言えば手と足を2本ずつ持ち、二足歩行が可能なもの。
彼女の父親はアレマテラ。その特徴に当て余らないのだ。アレマテトに近い種だが地球で言うと爬虫類にあたる。蛇のようなものだったそうだ。
彼女の母親は美しかった父親に心を奪われ交わってしまった。この里のものではなかった父は処刑され、母はミサディアを産んだあと心を病み自死した。
アレマテトの母体から生まれたものはアレマテトと呼ばれる。意図せずにして新種として生まれた彼女はさすがに殺すのは可哀想だと一部に判断され、今は教会で育てられている。
アレマテトとしての特徴を持ってはいるが半分以上は人外のものだ。それを不気味がる人は多い。
ミサディアの下半身は尾ヒレのついた蛇だったのである。
服がずぶ濡れになってしまった。今日は生憎天気が悪い。まだやることが残っているのに余計な仕事が増えてしまった。
「おい!! 聞いてんのかよミサディア!! さっさと魚を取れよ!!」
もうじき夜が来る。今夜は冷えそうだから薪もたくさん用意しなければならない。
「おい!!」
「……うっ!」
雷の精霊の力を打ち込まれ体が痺れてしまう。
「無視するたあ、いい度胸だな?」
魔術で浮遊しながら彼らが降りてくる。ここの人々の能力は大陸の中でも高い。ミサディアにとっては普通のことではあるが。
動かない体が浮く。そして彼らの前に運ばれる。
「なんとか言えよミサディア。友達の言葉を無視するのかお前」
「…………」
「もういいよ。さっさと取ってきちまおうぜ? んな奴構ったってしょうがねえだろ」
「……チッ! 気持ちわりぃ半魚がよ」
そう捨て台詞を残し彼らは去った。再び水面に叩きつけられる。
その少女は泣いていた。その泉の水なのか涙なのかわからなかったが泣いていた。
「こんな遅くまでどこに行っていたのですか!? 早く夕食の準備と仕事をなさい!!」
「……はい、シスター」
教会にミサディアは帰ると数回の暴力を振るわれ、夕食を作っていた。その頬は真っ赤に腫れどこか左腕をかばっている。
この教会ではいつものことではあった。ここを管理しているシスターは外には優しい人で通っているが、教会に住む孤児たちに時々暴力を振るっている。
その標的にミサディアはなることが多く、暴力を怖がる他の子たちも自分達が殴られるのを恐れそれに対して何も言わなくなっていた。
下半身を這わせるように床を移動し食事を運ぶ。今年で10歳を迎える彼女の身長は尾先まで入れれば3mに近い。立っている部分だけで言えば140センチほどだ。
食堂の扉を開けその机に夕飯を配膳していく。シスターと子供たちが4人、その人数分置くが彼女の分はない。仕事をサボった罰だ。
「薪を割ってお湯を沸かしておくように」
「はい、シスター」
昼間にできなかった分の仕事を言い渡されミサディアはその場を去る。
「はい、それでは皆さん女神様へ感謝を」
シスターと子供たちは恵みを与えてくれる女神へ感謝し、美味しそうに食すのであった。
「ミサディアちゃんまだやってるの?」
「……うん、そうみたい」
食後の内職を終わらせ、これから寝ようとする子供たちがミサディアの話をしていた。
「やっぱり酷いと思う……」
「じゃあシスターにそう言ってこいよ。そしたらお前が殴られるだけだぜ」
「……しょうがないよ」
彼らはまだ子供だ。暴力に対する手段を持てない。小さい頃からミサディアと接してきたので差別意識を持ったことはない。
しかし、生物としての壁は少し感じていた。
彼女は水中で眠る。子供たちはアレマテト種でなおかつ陸上で暮らすものだったので噛み合わないことが多い。
なによりミサディアは彼らと仲良くしようとしない。一人の子が話しかけたことがあるが返事をするだけで何も言ってこないのだ。
助けを求めることもない。
「遅いッ!!!!」
話し込んでいると子供部屋の外でシスターの怒鳴り声が響いた。全員が反射的に黙る。
「ミサディア!! あなたのノルマは他の子に比べてたったの倍。優秀なあなたなら出来るでしょう!!? なんですかこの遅さは!」
「……ごめんなさい」
「許しません!! 早く終わらせて私の部屋に来なさい!! お仕置きです!」
そう言うとシスターの足音が遠ざかっていった。
「あれ倍って量じゃないだろ。俺ら4人合わせた分よりも多いぜ?」
「そんなこと分かってるだろ。ただ怒る理由が欲しいだけだ」
「……シスターの部屋なんて怖くて行けないよ……。何されるんだろ?」
それを聞いて何かを知っているらしい年長者の少年が急に黙ると、他の子がその子を見る。
「…………お前達には早い話だ。酷いことされてるには変わりない」
察することは難しいがとにかく酷いことをされている事がわかったので他の子は恐怖する。
だがそのあと彼らが感じたことは自分達がその被害に遭わなくてよかったという安堵であった。
「…………っ!!」
「くふふふ。痛い? ミサ?」
炎霊の小さな明かりが照らす薄暗い部屋で女は少女をいたぶっていた。
少女はベッドに縛り付けられ痛みに悶え涙を流している。それを楽しむ女の横には様々な道具がある。
それは拷問のようだった。暴力的なものから精神的なものへそして性的なものへ変わっていく。
女も初めからこのようなことをしたわけではなかった。この少女を預かったとき面倒事にしかならないと思っていたのだが、女神信仰の教えがその哀れな子を見捨てることを良しとしなかった。
里の上司の立場もある。その上司はこの女との関係を切ったのだが。
里の者たちの女を見る目は不快だ。
口では忌み子ですら助けるシスターとして褒めているが、内心厄介事を押し付けられた可哀想な人と思っているに違いない。
女は荒れた。
少女に全てをぶつけた。鬱憤を。苦しみを。情欲を。
「ミサ? ああ、なんてあなたは綺麗なんでしょう。あなたの母親が人外に心を奪われたのはこんな気分だったのでしょうか? まあ……その女のせいで私は……。ッ!!!」
「ぎゃふっ?! かふ……」
「あら? 誰が血を流していいと言いました? ……その穢らわしい血を!!!!」
「あっ!? あっ……ああああああっ!?」
「あははははははっ!!」
「………………」
少女は女を見ていた。見てはいた。だがその瞳に宿るものは怒りでも悲しみでもなかった。
三日月の照らす夜、教会の近くの泉にミサディアの姿があった。
【生命:3:原点回帰:水属性】
スキルにより水を得ることで彼女のキズは回復する。
水面に浮かび静かに夜空を見上げる。この中だけが彼女の居場所。母が生きた場所。この境界を出たことで母の人生は狂ったのだ。ならば自分は沈んでいこう。帰るのだ。
陸の方で草の揺れる音がした。ミサディアがだるそうにそちらを見ると一匹の狼がいた。里では見たことのない子だ。
その毛は金で目は赤い。するとその狼が声をかけてきた。
「やあ久しぶりだね。十年ぶりだけど元気してたかい? 国田さん」
「……暗黙のルールに反すると思うんだけど、茅沢君」
気さくに話しかけてきた狼にそうミサは返す。
「ごめんごめん。でもこうでも言わないと無視するでしょ君」
暗黙のルールとはM組以外の人がそばにいそうな場所では他人のふりをするというものだ。
もちろん話し合って、決めたわけではない。あちらの世界でM組であることを隠している彼女たちにとってそのクラスメイトの存在は知りえないものなのだ。よって例外もあるが、普段いきなり話しかけるようなことはしないという決まりがいつの間にか出来ていたのである。
ましてや生まれてから会ったこともないのにいきなり友人のように話すなど有り得ない。
しかし彼がこれを気にせずに声を掛けてきたとは思えない。懐かしいから話しかけたわけでもないだろう。
「それで何の用なの?」
「取引しよう。治癒スキルを持ってるかい?」
「……持ってるけど症状にもよるよ。あと人数。何くれるの?」
「情報。いや、警告と言ったほうが正しいね」
「……。同盟でも誰か組んだの? ナオさんは?」
レイジが警告するようなことは希にあった。M組内で同盟が生まれそれに対抗するために一時的に組もうと提案する時だ。
ミサもレイジも消極的な方であるため、無茶苦茶な攻めをしてくるメンバーに対抗する必要があった。まあその同盟は内部分裂を必ず起こすのだが。
「いや、今回は違う。というより範囲が広すぎてみんなの情報が掴めないんだ。この里を発見できたのも偶然さ。忌み子が君だって予想は立てたけどね。平気かい?」
「どうしてどこでも私苛められちゃうんだろう……」
「驚いた。君に苛められている自覚あったとはね。それで返事は?」
「……人に頼み事してるのに変装したままなの? わかった、いいよ。でも情報が先」
「まあ仕方ないか。ありがとう。
今この大陸の環境が悪化してるのは知ってるかい? 西側はほぼ壊滅状態。気候の低下で飢饉が大流行。食料の奪い合いで小国は大変さ」
「……それだけ?」
「ええー……。結構重要な情報だと思うんだけど。んで本命なんだけど、この里が狙われてる。
名前はわからないけど集団。目的は殺しだと思う。いや、狩りかな」
「接触したの?」
「……僕はしてない。連中に話し合いをする気はないみたいだ」
「……。追われてるの茅沢君で巻き添えってことでしょ……」
「あ、バレた? ははは」
話しぶりからして彼の連れがその集団に接触したらしい。彼が誰かと行動を共にしていることに驚いたが肝心なところは変わっていないようだ。
「ふーん。終わり?」
「…………全然反応しないね。いやそれでこそ君だけど。一応あの人たちの戦力も」
「いらない」
「……だよね。じゃあ、治癒お願いできるかな」
ゆっくりと泉から這い出し案内されるとそこには銀色の狼がいた。
辛そうに呼吸を繰り返し、右の脇辺りに怪我を負っている。
「……? 茅沢君冗談ではなくて本気でこの子を治療するの?」
少しミサは放心してしまったがなんとか質問する。レイジが人を助けるということはそれだけ彼女にとって珍しいことであった。皆無といってもいい。
「乾山や尾賀江さんには頼めないんだ……」
それだけで答えとしては十分だった。彼は本気だ。
【生命:3:生存加速】
再生力を高めるスキルによって治癒を行う。なにか暖かい光が出るわけでもなくその作業は地味だ。
「どうだい?」
「問題ないよ。ただ変身は解いたほうがいいかも、バランス悪いから」
「ああ、彼女は元々人間種じゃないんだ。こっちが本来の姿さ」
「……神よ……。君もそうなの?」
「どうだろうね」
しばらくこの世界の愚痴を言い合っていると銀狼の意識が戻った。
「れうぃん……?」
「やあおはよう。ありがとう助かったよ。見ず知らずの僕らを助けてくれるなんて優しいね」
この世界での名前を口にされレイジは喰い気味にそう言った。さっき自分は無視したくせに暗黙のルールを使い始めたことに呆れながら笑顔でミサも返す。
「いえ、神を崇めるものとして当然の行いです」
神様、私の話を聞いてください。
私は学校で虐めを受けています。毎日泣いています。心が苦しくなります。胸が痛くなります。
でも、ぜんぜん悲しくないのです。怒りも湧いてこないのです。もちろん楽しくもないのです。
私は狂っているのでしょうか? 壊れているのでしょうか?
神様、私の話を聞いてください。
人はとても尊い。
そのはずだろうと私は思っていました。
人はとても愚かだ。
それもそのはずだろうと私は思っていました。しかし、その愚かさもやがては聡明さにかわるはずだとも思っていました。
私は感謝します。
この素晴らしい体と心を与えてくれた神様に。父に、母に。人に。
神様、私の話を聞いてください。
ですがどうでしょう。私は人間ですが、周りにいるコレは違います。私とよく似たコレはなんなのでしょう。
口にするのを憚られる言葉を発するこの物体はなに?
全てを怠り、堕落する腐ったこの心はなに?
人間を穢し、まとわりつくこの邪悪な魂はなに?
校内のある場所で私を囲み暴言を吐くクラスメイトを眺めながら、ある日気付きました。
――「ああ、これは『なりそこない』だ。なんと可哀想なのだ。」――と。
私は泣きました。
たった一人の少女の尊厳を踏みにじることでしか楽しみを得られない貧弱な彼女らの人生に悲しくなりました。
私は人間なので彼女らの怒る理由が分かりません。あまりの格差を生んだこの社会に怒りました。
私は人間を探しました。そして15年が経つと現れてくれたのです。たった8人の友達。同種。同胞。
M組。やっと人間に会えた私はそれなりの道楽を得るようになりました。毎日が楽しいです。
この世に人間は少ない。いるのはそれ未満の物体。
ああ、主よ。とても哀れなあれらにどうかご慈悲を与え給え。私には必要ありません。
{慈愛人生}
「さっさと起きなさい!! そして私の背中を流すのよ」
「……はい、シスター」
{慈愛人生}
「そんな泣いたって許しませんよ!! 本当に泣き虫ですねあなたは!?」
少女は涙を流す。どうして目の前のモノは人間に成れないのか? 簡単なことなのに。
彼らは森を駆けていた。4人ほどのその集団は誰もが武器を持ち、確認すればかなりの高ステータス、スキルを持っていることがわかる。十代の青年で構成され、戦闘経験も豊富であるようだ。月夜に静かな足音が響く。
その目的は『狩り』。それもアレマテト狩りだ。
「逃げられたなあ、あの金銀コンビ」
「くそう。絶対かなりの経験値もらえたぜ?」
彼らは追っていた目的に逃げられた。二人組のコルフォン、それも人型に変身する能力持ちだ。
経験値。ゲームなどで使われるその単語は慣れた者からすれば分かりやすい。一定の量を得ればレベルが上がるというアレだ。
この世界には経験値という概念が明確に存在する。その入手条件は殺すこと。間接的でも良い。例えば生き物を食べる、生殖活動などなど。
一度に得る量は殺す相手の種類やどれだけ具体的かによって変わる。
この集団はこの世界の経験値の法則に気が付いた者たちだ。彼らは研究の末、異種族のアレマテトを自分たちの武器で殺すことが一番経験値を稼げると考えている。
一日の食事を経験値1とするならば一人殺せば平均3万だ。長寿な個体だとさらに増える。
それらを得ることで変わるものはステータスだ。人を一回殺すと1.5倍となる。二人で2倍。一定で増えていくわけではないがステータスは伸びる。
この世界では誰も殺さない人が殺したことがある人と競争したとき、基本的には勝てないのだ。
「リーダー。この先に村があるみたいだ」
「ほう。国があったか?」
「いやないだろ。ここら辺は治めるほどいいもんないはずだし」
「……おい、珍しい種族ばっかいるぜ? ハーフばっかだ!!」
全員の口が歪む。荒稼ぎするにはちょうどいい集落だ。都合がいい。誰も知らない場所がなくなろうが誰も気にしないのだから。
「俺やりたい!! 最近リーダーばっか稼いでたじゃん!」
「俺も俺も」
「まあ仕方ないか。ざっと見た感じ600万だな」
「しけてんなあ」
二人が飛ぶ。そして同時に詠唱をはじめる。
『精霊たちよ、その心臓を重ね我らにその莫大な力を授け給え!』
ありったけの魔力、霊力で2種類の精霊を集めその核を融合する。
「霊核融合弾!!」
望遠スキルによって確認した里の中心にその太陽のような光が打ち込まれる。するとそこを中心に光に包まれ里はいとも容易く消えた。あっけなく、最初から何もなかったように。
暴風が吹き荒れる。巨大なクレーターが出来上がる。
経験値を得たことで満足した二人が仲間と合流しようとすると違和感を覚えた。
頭と肩に走った感覚を確認すると、濡れていた。雨だ。
先ほど使用した精霊に水は含まれていない。ならばこれは誰かのスキルによるものだ。次第に雨雲が夜空を包み土砂降りになる。この辺り一帯が嵐に包まれたようだ。
「天候操作スキル? あの一撃を耐えたのか……なかなかの大物だな」
彼らが人を見る基準は経験値が多いか少ないかだ。
クレーターの中心に水が溜まっていき、その水が球体を作り浮く。その水球の中にこの嵐の主が姿を現した。
青白い肌、薄緑色の髪をなびかせその下半身は水中でとぐろを巻く。修道服で身を包んだ幼いがとても美しい少女だ。
「ヘビオンナ?……おわっ!?」
「……知らん種だな……グッ!?」
【抵抗:2:魔力】
先程まで頭を濡らしていた雨水が突如として動き出し彼らの鼻と口を塞いできた。すぐさま三人はスキルによる抵抗を行う。だがあとの一人はそれを使うことなく絶命した。
【変化:3:水属性】
突如として水が凍りその氷の刃がその男の喉を貫いたのである。
「リーダー!!!?」
「オイ!! 気をつけろ!!」
変化した雨が降る。それは10センチほどの針だ。
【防御:2:魔力】
魔力を消費するシールドを展開しその針の雨を防ぐが、シールドに弾かれた針がそのまま水に戻りそのシールドにかかる。
【吸収:3:水属性経由:魔力】
「?! なぜ俺の魔力量に抵抗できる!? 9千万は稼いでんだぞ!!」
押され、動揺が男達に走る。とても殺人を行っているような少女とは思えないのだ。少し悲しげなその表情からは先程までは存在した里の人々を偲んでいるようだった。
「くそう!! 魔力が吸われるぞ! 」
一人の男が防御を展開しながらその少女に近付こうとする。その両手に魔力を集中させ、何かを放つ。
しかしその閃光は彼女を包む水球に飲み込まれた。何の反応もない。
【操作:3:水属性】【付与:3:生物特性:ヴォルウェンデン】
大雨によって貯められていた水が変化し、巨大な蛇の形になる。それは数を増やしていき突進した男に襲い掛かった。
「うああああああああああああっ!!?」
必死に避けようとするが上から降る針に体を貫かれその水蛇に男は飲み込まれていった。
残るは二人だ。
男達も殺した相手の身内から復讐を受けるという経験は初めてではなかった。むしろ喜んで稼いでいたのだ。
だがこの状況はなんだ。スキル戦も、単純なステータスでも敵わない。
殺してきたのに、成長したはずなのに。
ゆっくりとこちらに近付いてくる化物が恐ろしかった。鑑定スキルは妨害され、やっと確認できた相手の魔力のステータスは自分の10倍だった。
相手の使うスキルは全てランク3。ランク3を一つでも使えればその人物が優秀とされるこの世界で、この女はいくつ使ったのか。
無言が恐ろしい。冷たい。魔力を半分以上吸われ、薄くなった防御を針が貫通し肩に刺さる。
遠くから見えたあの表情も今なら分かる。
あれは諦めている目だ。もう手遅れの人を看取るような、使えなくなってしまった家畜を処分するようなそんな目だ。
「……そんな目で見んじゃねえよ女ぁ!! お、俺は人間だぞ!!! 虫みたいな扱いをすんじゃねえよ!! ……!?」
その少女の顔が悲しみに包まれた。水の中にいる彼女が涙を流しているのかは分からないが、そう思えた。
「?!……ひいいいぃっ!!」
必死に逃げていたもう一人が蛇の津波に飲み込まれた。助かるはずがない。
絶望しているとあの悪魔が口を開いた。
『人ならば暴力に囚われてはいけない。人ならば裁かれなければならない。人ならば死ななくてはならない』
アビリティ2:{兇徒達の人への昇華}
知らない言語で知らない能力をその神聖な悪魔は起動した。
「うああああああああああああああああああああああああっ!?」
男は自身の足元の水面を見て恐怖した。そこにあるのは人だ。水の中に人々がいる。この辺りに住んでいた者たちなのだろう。分かる、分かってしまう。
その誰もが落ち着いた表情を浮かべている。気持ちよく眠るようなそんな表情だ。
先程苦悶の表情を浮かべ沈んでいった仲間の姿も見える。とても清々しい笑顔だ。
全ての人々が彼女のもとに集っていく。彼女の水球が人々を吸収し、消耗した魔力を彼女は回復している。もう彼女は隠す気がないようで鑑定してみるとステータスも上がっているようだった。アビリティも開示された。
{慈愛人生}:哀れんだものを救済する個体特性。その生い立ちからこれからも知ることとなる。
対象の全ステータス、スキル、アビリティを開示。発動条件、対象に対しての慈愛。
{兇徒達の人への昇華}:罪を抱く者達を救済する個体特性。全ては完成へ。未熟は不要。
対象の全てを得る。人未満だけに使用が許される。取得条件、信仰度100%。
「なんてあなたは可哀想な人なのでしょう。ベラルーク・カゼマフトラ」
澄んだ声で自分の名前を呼ばれる。バンセルフォンの声は心地が良い。
「他との能力差、劣等感。それらがあなたの道を決めた。なぜそんな力をあなたは求めてしまったのか私には理解できないの。能力の増やし方なんていくらでもあるのに……。
やっぱり理解できない……ごめんね。楽しかったの? 調子に乗ったの? リーダーのせい? 巻き込まれただけ? でも強くなれた? 昔馬鹿にしてきたモノに仕返しして、自分を見捨てた恋人を蹂躙したの?
なんで……どうして? 分からないよ。私には分からない。そんなことしかできないなんて可哀想。
ああ、可哀想に。あなたは人間にナれなかった。
――そう、未熟。未完。未了。未成……」
人間未満相手に何を言ってもダメだろう。諭したところでコレらは分かってくれない。変わってくれない。完成してくれない。
こんな一人の人間の言葉も聞き取れないなんて可哀想。
ほらアレを見てみて。目を閉じ涙を流し、口を開け獣のように声を荒げ、耳を塞ぎ必死に頭を振る。
私の姿が見えない。人間じゃないから。
私の声が聞こえない。人間じゃないから。
私に言葉を話さない。人間じゃないから。
この里のアレらもそうだね。
禁忌を犯し死んでしまった両親。
私の扱いに困る上の方々。
私のことが気になっていたけど親の目があるから仲良くできない男の子。
その子の友達で、リーダー格になりたい頭の良いフリをしている男の子。
自分は関係ない、賛同していないと考えつつも最後に私を蹴る男の子。
年齢を理由に何もしない女の子。
私を盾に生きていこうとする女の子。
生きる目的のない男の子。
私のされるお仕置きを覗き自慰にふける男の子。
本当は私を愛しているけど素直になれず暴力を振るってしまうという脳内妄想をしているシスター。
私に挨拶をすることができず、悪いことは言える住人たち。
どうして?
とても簡単なことなのよ?
仲良くしていきましょう。間違ったら直しましょう。清く生きましょう。
こんなこともできないなんて可哀想。
人間になれないアレらがとても悲しい。
もうそんな姿を私に見せないでよ。泣けてきちゃうのよ。必死に生きようとするけど人間に近づけないなんて、そんなの悲しすぎるよ。こっちが苦しくなるの。君たちの哀れさが辛い。
もういいのよ。君たちは頑張ったよ。でも無理なんだよ。
……もうやめよう? 生きるの。
空が泣いている。鋭く冷たく。
ミサディアと別れたあとレイジはギンと共にすぐに移動していた。幸い怪我もなく無事に森を抜けることができた。
ミサに会うことは賭けだった。彼女の発作が始まるまでに会えるかどうかだ。
彼女は周りを人とは思えない。その人に対する彼女の評価は言うなれば減点式だ。彼女をがっかりさせればさせるほどその人はミサの中で人権を失う。
レイジ自体人とあまり深くかかわらないのでちょうど良い距離感で接することができているはずだ。
考えるに彼女は人に対する期待が大きすぎるのだ。彼女の言う人間が多いのならば歴史は変わっていただろう。
彼女は人間ではない。人よりひとつ上の位置に立って見てしまっているのだ。
日本でカトリックなんて珍しいねと言ってみたことがある。彼女はこう答えた。
「そうだね。なんというか安心するの。罪深い私たちを見て戒めてくれているたった一つの存在に。
ああ、私より上の存在がいるなら目の前の人々は救われるって。
――じゃないと私がこの世界を清めていたかも……って。えへへ」
「ギンまだ辛いだろうけど全速でここから離れるよ」
「? うん!」
地球では大丈夫だった。なぜなら神がいるからだ。
ではここには?
スキルを全力で使用し金銀の狼は地平線の彼方へと消えていった。
夜が明けるといつの間にか巨大な湖ができていた。穏やかな朝日が差し込みその綺麗な水面に反射する。
歌が聞こえる。言葉の意味はわからない。この国の言葉ではないのだろうか。
安らぎと慈しみをその声から感じる。その声の主はこの世の誰かを愛おしむように、会えない寂しさを癒すように謳う。
美しい旋律を、心地よい律動を天を仰ぎ捧げる。
ここにはいない我が主を思い、この地に住む人未満、神の創りたもうた人の贋作に悲しみを覚える。
この地に誕生した彼女こそ神の子だ。哀れなアレらを救って見せよ。
さあ慈しみを始めよう。
{慈愛人生}