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8話 G-1 瀬川 梨南

恋愛脳な子です。

 M組5番 瀬川梨南 女 15歳


 誕生日12月25日 山羊座 B型


 成績は特に問題なし。教師や生徒の間での人気は高い。夜遊びをよくしている可能性アリ。


 担任の平均評価「あまり目立ちませんがクラスを影から支えている子です」

 友人の平均評価「よく恋愛の相談とか聞いてくれてうまくいくことが多いです」

 両親の平均評価「体に障害があるにもかかわらず強く生きているとても良い子なんです」
















 愛の結果とはなんだろう?



 人は愛し合う。

 それは心から? 体から?


 














 あたしが自分の子供を持てないと知ったのはその時付き合っていた人に無理矢理抱かれたあとのことだ。


 妊娠してしまうと心配になっていた自分が滑稽に思えた。なんだったんだろう。本当になんだったんだろう。

 別に両親を攻めることはしなかった。友達に比べて初潮が遅れていることを相談した時に話してくれなかったことも別に恨んではいない。彼氏が出来たと喜んでいる私を見て曖昧に笑っていた彼らを怒る気なんて全然ない。

 

 エッチなことも大好きだったし、むしろ何の心配もなくなったじゃないか。





 


 あたしはただ愛を求め、――破壊する。






 















 ラシューニュー東部、神聖ランブラズ帝国。太陽神アラメヒビカの子孫たる皇族が神権政治を行っている国である。ジリベリデン帝国の後継を名乗っているため帝国としている。

 現在はクガノサエヅク皇帝が即位し、アレマテト系で多く構成される国民とその魔術の技術力でラシューニューでも上位の力を持つ。

 地球で言えば日本人の考える中国像とでも言うのだろうか。木造の建築物が並び、袖の長く広い衣服を身にまとい人々は生活している。


 この国の首都モトガメルトでは盛大なお祭りが開かれていた。現皇帝の娘、第3皇女リナンサエツグの10歳の誕生日を迎えるからだ。

 国教としている太陽信仰の教えでは9が不吉な数字とされ、それを乗り越えた10年目は神に受けいられたという意味をなす。

 神の血を引く皇女が10歳になるということは人の身から神となり空に迎え入れられるということになるのだ。

 国民たちは不景気に苦しむ中でも新たな神の誕生を祝うのであった。


「どうしてヨ! ワタシちゃんとこの募集を見て来たんですヨ!!? なんでワタシだけ追い出されるんですか?!」


 祭りで賑わう町を少し外れ皇帝の住まう神殿の近くにある大きな木造建築の中で一人の少女が受付に文句を言っていた。

 布で包んだ荷物を背負い、髪を二つ後ろで纏めて身長は150cm程だ。


「納得出来ませんヨ!! ちゃんと募集条件にあったスキルも持ってるし、年齢だってこんなんですけど14歳です!!」

 そう言い対応している人物の座る机を叩く彼女。彼女が見たものはこの会社の求人情報だ。この会社は使用人を派遣していて、どこかの貴族や王族に使えたいと思う人物を教育しその面倒を見る代わりに、使用人を欲している場所へ働きに出てもらうのだ。


 今日はとある場所で使用人を求める依頼があり、その条件も踏まえそこへ派遣するものを選ぶため会社にいるものだけではなく一般の公募もかけたのである。


「確かに年齢もスキルも条件を満たしていますが……あなたこの国出身ではないですよね?」


「そうですけど今は国籍も変えていますヨ!」


「申し訳ありませんがそれが問題でして……」


「何がヨ!?」


「……流石に『皇女様の』使用人である巫女ともなりますと異国の血を持つ人は無理かと思われます。これから審査がありますが選ばれるのはたったの5人。現在500人程の方があなたのように募集を見ていらっしゃってますが全員ともこの国出身の純粋な血を引くランブラズ人ですので」


 少女は頭にきた。確かに生まれはここよりさらに東の海の向こうだが父はここの出身だ。


「でも父はランブラス人ですヨ! どうして審査を受ける前にあなたに止められなくちゃいけないんですか!? 決めるのはリナンサエツグ様ですヨ!!」



「そりゃあ太陽のお恵みを受けられないからでしょ?」


 突然後ろから声を掛けられ振り向くと、派手な着物を身にまとい桃色の髪を後ろでまとめる女がいた。


「太陽神アラメヒビカ様は我らランブラスの民だけをお救い下さる。その化身たるクガノサエツグ様の御息女、リナンサエツグ様もね。あんただってそれぐらいわかるでしょ?

 ていうかそんな田舎臭い格好してたら試験管様たちの目の毒だわ。やっぱりあんたみたいな子っているのね。消えてよ邪魔よ」


 周りで見ていた者たちは彼女のその言葉に同調し一斉に消えろと言い始める。


 確かに彼女、ジュアは田舎から上がってきたおのぼりさんだ。しかしそれなりに実力を持っているということは自負しているし容姿だって彼女達に負ける気もしない。

 劣るところがあるとすれば家柄や血だけだ。


 ジュアの実家は農家で、ここ最近の環境変化で育たなくなってしまった食物を育てていたため、とても不安定な生活を送っている。さらに下がる平均気温に体がついていかなくなり父は倒れてしまった。

 だが皇女様のお付きの巫女ともなれば十分な稼ぎが入る。競争率が高いことも覚悟していた。しかしその競い合うスタートラインにも立つことができないんて思いもしなかった。


 周りの者のその言葉は次第に罵倒に変わっていく。お金を稼ぎに来て何が悪い。母が異国のもので何が悪い。


 彼女が涙を流しながらそう叫んでやろうとした時その会場内に閃光が走った。500人以上が入るこの広い場所の中心に暖かい、まるで太陽のような明かりが現れ地に降り立つ。

 そしてその眩い光が収まると、正しく太陽の子とも言えるような少女が立っていた。


 艶のある黒髪を伸ばし、黒目。太陽神アラメヒビカの特徴であるそれはそのお方の子孫であることを確信させ、僅か10歳ながらにしてその佇まいは皇帝の娘としての貫禄を感じさせた。

 十二単を身にまとい降臨した彼女こそ神聖ランブルク帝国第3皇女リナンサエツグである。


「なんの騒ぎでございますか? これから我が巫女となるかもしれない方々がそんなことでよろしいのでしょうか? そこの方説明を」


「えっ? ……あ、その……」


 ジュアと話していた受付が聞かれるが言葉に詰まってしまう。この場に皇女が来るという話は聞いていなかったし、ジュアを追い出そうとしたのも彼女ではなく上司だ。その上司は今後退りをして逃げようとしている。


「皇女様!! ワタシ、ジュアと言います! あなた様のもとで働きたくテ今日ここに来ました!! ですが異国で育ったワタシではダメだと言われたのです!! そんなこと事前に言われていません。ですからここで抗議していたところなのです」


 ひと呼吸でジュアは喋りきった。足が震える。神の化身の顔を見ることなど一生にあるかないかだ。しかもこの状況で口を開くことすら失礼に当たる気がしたが黙っているわけにはいかなかった。

 自分の家族の生活がかかっているのだ。


「そうですか。確かにそれはあなたにとっては困ることですね」


 だが皇女様は大して気にした様子もなく答えてくださった。太陽のような笑みも崩れていない。

 安心したジュアだが次の言葉で絶望に叩きつけられた。


「ですがそれは当たり前のことなのです。条件に入れることが必要のないほどに。我が帝国はいつも異国に悩まされてきました。私の力も純粋な国民を救うためにあるのです。

 ですから一時とは言えこの国を出て異国で結ばれた方の娘であるあなたは私の巫女としては相応しくありません。他の方たちもちゃんと優しく彼女に注意して差し上げればよかったではありませんか。あなた達は神に使える巫女となるのです。いつまでも普通の人の考え方では困りますよ? 

 それでは私は気になって寄っただけですのでこれで失礼します」


 再び眩い光に会場が包まれる。


 ジュアは他の者たちが羨望の眼差しで光を見つめる中、下を向き唇を噛み締めるのだった。












「ごめんヨ父さん。無理だったヨ」

 さっきまでの建物から出たジュアはその出口から少し離れたところにある階段で蹲っていた。その表情は暗くうっすらと涙を目に浮かべている。


「すいませーん。もしかして不合格になった方ですか?」


「……?!」


 誰も近くにいなかったはずなのにいきなり女性が現れた。おそらくは瞬時に移動するスキルか何かを使ったのであろう。涙を袖で拭いその女性を見る。

 年はおそらく20後半、その物腰や仕草から使用人であることが分かった。

 驚いたのはその服装だ。皇族に仕える者の制服を着ている。ジュアもそれに憧れを抱いていたため間違えるはずがない。

 しかし彼女の青い髪は乱れており、着ているその服はあちこちが破れておりボロボロだ。よく見ると腕に包帯が巻かれ足も怪我しているようだ。


「……そうですけど。……大丈夫ですか? 何か困り事ですか?」

 その様子からただ事ではないと感じながらジュアは尋ねる。


「いやいや驚くのも無理はありません。気にしないでください自分は大丈夫です。

 あのいきなりで申し訳ないんですけどあなたこの後っておうちの方に帰ったりします?」


「? まあそうですけど……落ちちゃったし」


「ああ?! すいません! いや、違うんですそんなつもりで言ったんじゃなくて、これから住み込みで働くことになったらあなた来れますか?! もし良ければぁ……の話なんですけれど……」


「……え?」


 本当にいきなりだ。ジュアとしては願っても見ないことだが話がうますぎると思った。


「……失礼ですけどあなたは? どこで働いてるんです?」


「ああ……えっと、えっと……ご、ごめんなさい!! 言えません!! でも偉い方なのです!! どうか!……どうかお願いします!! 自分のところに来てもらえませんか?!! 皇女様の巫女のような給料はお出しできませんが!! 1年いや、半年だけでも!!! お願いします!!! こんなところ見つかったら怒られちゃうんです!!!!! 助けると思ってええええええ!!」


 その女性はジュアにすがり付くように彼女の肩をつかみ揺する。その目には涙、顔は蒼白だ。

 女性は立ち上がったジュアに抱きつく。


「な、なんだヨ!? 離れてヨ!!?」

「わあああああああっ!! お願いします! お願いします! もう自分一人じゃ無理なんです!! 働いてくれるまで離しませんっ!!!!!!」

「怪しすぎるんだヨ! ぐっ! チカラ強いですネ!?」


「怪しくないです! 怪しくないです!」


 その攻防はしばらく続くことになった。






「分かったヨ……もう好きにするといいヨ」


「やったあああああああああああああ!!」


 ジュアは負けた。彼女のそのしつこさに折れることとなったが、ちゃんとお金を払うということを念入りにそれもスキルによる約束を結ばせた。その時のあまりのジュアの剣幕ぶりに彼女の方が引いていたが。


「有難うございます! ありだどうございまず!!! ……ぐすっ!」


「……それで? どこで働かせる気なんだヨ……えっとアナタの名前は?」


「おっとそうでした! ではまず移動しましょうか!」


「えっ?」


 そうしてその女性がジュアの肩に触れたかと思うと周りの景色が一変した。

 巨大で荘厳な建物が多くあった場所から周りを畑に囲まれた懐かしさを感じさせる農村地帯になった。ジュアの実家とは違う場所のようだ。


「こちらです。まず覚えていただきたいことはこの場所の位置を知るのは私のみです。故にあなたが勝手にここから出ていくことも入ることもできません」


 ジュアを案内しながらそう説明する女性は纏う雰囲気を先程ものから変え凛としたものになった。ぼろぼろな服も髪もいつの間にか直っている。


「この場所にはとても強力な結界を張っています。刑務所に使われているシステムのさらに上の試作段階の最新技術を用いているため、脱出をしようとすれば確実に精神を壊してしまうでしょう。もしそうなった場合私はあなたの情報をこの世から消します」

 

 振り向いた彼女の顔は皇族に仕える者のモノだった。皇族直属の近衛兵はバリッターと呼ばれ時には冷酷な行動もすると聞く。

 そこまでの厳重な警備をされているこれから仕える人物は一体どんな人物なのか。まず皇族もしくは国にとっての重要人物なのは確かだろう。

 その迫力にジュアは押されるが身だしなみを整え礼をする。


「分かりました。今日より働かせていただきます。ジュア・フェインです」


「はい。よろしくお願いします! 私は……取り敢えず肩書きが多いので「家政婦長ハウスキーパー」とでもお呼びください。名はホウ・コロライル・シェイファと言います」


「王族の方ですカ!?」


 この国は神である皇族の下に10の王族がいる。人間・・の中では一番上の権力を持ち、王や女王のみが政治に介入することを許されている。ただ口を挟めるということ程度だが。

 王家や貴族たちは家名をミドルネームとして持っているのでジュアでも判断できた。


「流石にそこはわかりましたか。はいそうですよー。ボロボロな格好の私に対しても態度を変えず、この国のこともちゃんと勉強している。訛りはありますが礼儀も分かってはいそうですね。

 ……見えてきました。あなたが仕える御方の住むお屋敷です。スキルでちゃんと幻覚を解除してくださいね」


【看破:2:対干渉感覚】


 スキルで目を凝らして前を見ると木造の素朴な建物が見えてきた。かかっていたモヤが取れるようにその屋敷の全貌が現れる。それは日本の神社のようだ。華やかさは何もなく偉い方が住んでいるようなイメージのものとは違う。


「見えましたか?」


「……はい。それにしてもかなり厳重な守りですね。あちこちに罠が仕掛けられています。その方は誰かに狙われているのでしょうか?」


「……普通はそう思いますよね……。はい、私もそうだったらどんなに楽かと思ったことか……。まあ主にあなたのことを伝えてきますので少し待っていてください。……寝起きだったらどうしようぅぅ……」


 そう言いながらホウは屋敷の中へ入っていった。

 少し接していただけで彼女の実力がジュアより上なのは分かったが、その彼女をあそこまで怯えさせる人物とは一体なんなのだろうか。

 ついてきてしまった後悔はもちろんあるが、やはり給料が魅力的だった。皇女付き巫女と比べると確かに見劣りするがそれは上流階級内での話だ。ジュアからすれば大金に変わりはない。今はホウだけで回しているようで、やめていく人も多い職場なのだろうとその大変さはわかってきたつもりだ。

 だが一番はそんな人物のもとで働けるということだ。彼女の村では彼女より優秀なものはいなかったし、それなりの経験だって積んでいるのだ。逆にこちらが仕えるにふさわしい人物なのかとも不敬には当たるが考え始めてさえいる。







「あなたは誰? なぜあたしの家にいるの?」


 後ろから声を掛けられ振り向くとそこには貧乏臭い格好をした黒髪黒目の少女が手に畑から取ってきたのかエラーク(地球でのさつま芋)を持ち、こちらを見上げている。年は10ほどだろうか。


「こんにちは。ワタシ今日からここで働かせてもらえることになったジュアと言いますヨ。アナタは?」


 嫌な予感を感じつつジュアは聞き返す。まだ決まったわけではない。


「ふーん。こんにちは。名前はないんで。好きに読んで頂戴」


「……? あ、あのそれでアナタはここ家の子な……のですか?」


「そうだけど。てか入ればいいじゃないここで働くんでしょ、何してんの? ホウは?」


「ひっ、姫さまあああああああああああああっ!!! ど、どこに行ってたんですか!!!!!!??」

「うぐっ!」


 ホウが文字通り飛んできたかと思うとその少女に抱きつく。胸の中に姫と呼んだその子を抱き、締め付けている。

 それよりも今ホウは姫と言っていた。この国で姫と呼ばれるのは王族と皇族の娘のみ。王族であるホウが様を付けて呼ぶ姫。


「……あの、もしかして家政婦長? 此の方が主人で……しかも……」

「はーい! ストップですよジュアちゃん!! そこからはまた後で話します! 

 姫さまこの子が今日からここの侍女です。……姫さま? 姫さま?!」


 その胸で窒息していた少女は崩れ落ちた。  


 ボロボロな少女を抱え大泣きしながら必死に謝罪する女性。それを見ながらジュアはやはり後悔したのだった。









「起きたらいないしご飯もないし戻ってきたかと思えば私を絞め落とすなんてさすがねホウ。

 明日からもう来なくていいわよ。ああ、そのためにジュア連れてきたんでしょ? ばいばい」

 屋敷内、畳の敷かれた茶の間で座布団に座りその姫は言った。


「ふええ、ごめんなさい姫さまぁ。謝ってるじゃないですかあ……そんな意地悪言わないでくださいよぉ」


「だぁから抱きつくんじゃないわよ。鬱陶しい。というかどういう風の吹き回し? あれだけここに人を連れてくるの嫌がってたじゃない。あんた以外の人間が動いて喋ってるの初めて見たわよ」


 ジュアは驚いていた。その姫の姿にだ。泥だらけで水簿らしかった格好から、体を清め白い衣服を着る彼女は美しかった。そして確信した。

 ジュアが追い出されたあの会場に降臨した皇女と同じ黒目黒髪を持つこの少女は紛れもなく皇族であると。リナンサエツグが太陽ならこの少女は月だ。

 見るものを落ち着かせる静かな動作。荒い言葉遣いだがどこか気品を感じさせる声。そしてその夜の暗がりで映えるような美貌だ。



「それで? 何しに来たのあんたは?」


「えっ?」


 質問されるが困ってしまった。詳しい仕事は何も聞かされていないのだ。


「姫さま。彼女には侍女として姫さまの付き人をやってもらおうと思っています」


「うげぇ……」


「もう! そんな顔をしてもダメです!! 目を離すとすぐどこかへ行っちゃうんですから! 年々強力にしてる罠を全部破っちゃうなんて私一人じゃもう限界です! ただでさえ私には神殿の仕事があるんですから!」


「だからいつもさっさと出てけって言ってるでしょ。別に一人でも問題ないってーの」

 溜息をつきながら姫はそう言うが、ホウはそれを聞くと絶望したような顔になり大声で話し始める。

 


「嫌です!!! 姫さまと離れ離れなんてそんなの無理です! もしそう命令されたら私姫さまを連れて逃げます!!!」


「……あんた滅茶苦茶言ってるの理解してる? ああーきもい」


「ひどいですよぉ~。私の愛を受け止めてくださいよ!!」


「ああ、うるさい疲れた。もう寝る。じゃ、まあ明日からよろしくってことでジュア」

「姫さまああああああぁぁぁぁ」


「は、はい!! よろしくお願いしますヨ!」


 そう言うと姫は襖を開け部屋を出ていった。食事もとっていないようだが何も言わなかった。


「……さて。いろいろ聞きたいことがあると思いますが、ここでの生活を決して家族にも恋人にも話さないと誓ってもらわなくてはなりません。スキルを使った契約を結んでもいいのですがそれを利用している輩もいるためそれでも安心できません。あなたの言葉で言っていただきたいのです」


 先程の緩んだ気のなくなったホウは正座になりその対面に座るジュアにかなりの威圧をかけている。ここで何も言わなければ殺されてしまうだろう。

 おそらく今日あの場で姫に会ったことはホウにとって誤算だったのだ。あの姫は生きている人物を見たことがないと言っていた。ジュアの前に来た人物はいたのかもしれないがその者たちは殺されたと考えるほうがいいだろう。

 今ここでまだ殺されていないのはジュアに見所があると思っているからだ。最初にホウに出会った時にその格好から彼女の職業を判断できず、汚れた彼女を見て顔をしかめていたらその時点で誘われることはなく、結界や幻覚を発見できるスキルを持たなければこの屋敷すら入れなかったはずだ。

 あの姫に失礼な態度をとっていたら一体どうなっていたのか。想像するだけで嫌な汗をかく。


「ワタシは半分異国の血が混じっている身です。それがあり巫女となることができませんでした。しかしその点にさえ目をつぶって頂ければ決して無様なことは致しません。

 能力も容姿も自信があります。主が成長なされ様々なことに興味を持ち何をお願いされようとも完璧にこなしてみせます。ここを一生出られないことがあろうとも家族に仕送りをしていただけるならば文句を言いません。

 ……なにより、あの御方の物静かな儚い雰囲気に魅せられました。仕えるべき御方だとそう思いました。どうか……私を雇ってください」


 両手を付き頭を下げる。嘘ではなかった。それだけでもう理由としては十分なのだ。 

 ジュアはただ皇族の下で働くことに憧れていたのだから。


「……正直なところ驚きました。あなたから見れば私はただの不審人物ですから。

 言っておきましょう。私はあちこちの使用人を目指している人物に話をしてきましたが、あなたの前に来た人物は全員この仕事を断りました。その理由は正直には言っていませんでしたが、思い描いていた神殿やお屋敷のものとは違ったからでしょう。

あなたがおそらく考えているように殺したりなんてしませんよ。忘れてもらうだけです。あなたの場合はダメでしたけど……。

 合格です。あなたの目的、観察力、スキルお見逸れしました。あなた以上を望むなど罰が当たりますね」


 そう言ってホウは微笑んだ。それを聞いてジュアも微笑む。


「よろしくお願いします家政婦長」

「はい。本当に・・・よろしくお願いしますジュアさん。私の留守の間は姫さまを頼みますね」

 挨拶を交わすとホウはまた真面目な雰囲気に戻る。


「では聞いてもらいます。あなたも気づいていると思いますけど姫さまは皇族です。……それも現皇帝の娘です」


「……!?」


 現在、皇女は一人しかいない。リナンサエツグだ。


「知っての通り第3子であるリナンサエツグ様が皇女とされています。が、しかし今日あなたが会った人はリナンサエツグではありません。……ここまでは平気ですか?」


「……はい、それはつまり……」

 冷や汗をかきながらジュアはなんとか答えた。



「察しが良くて助かります。――姫さまこそが神聖ランブラズ帝国第3皇女リナンサエツグなのです」












 リナンは今日干したばかりの布団に入るがすぐには眠ることができなかった。理由はまた監視・・が増えたからだ。ホウだけでも厄介なのにさらにもう一人。あのホウが自分に会わせるほどに優秀な人物。面倒でしかない。


 この世界で生まれた場所はとても運が良かった。だがタイミングがダメだった。


 不吉の9。九の月九の日九凶星の輝く中リナンは生まれた。神殿内でそのことを知る者はリナンを悪魔の子、不吉な子と呼んだ。

 皇帝も国中の預言者を集め神の声を聞いた。だが誰もが同じことを言うのだった。



 ――その悪魔はこの国に災いをもたらす。



 妻である女帝コハカの反対を押し切り皇帝は赤子を交換した。

 神の子であるはずの皇女が悪魔だということを言われては仕方がなかった。そしてなにより大事だったのはオピスメーラを通じて発覚したことだった。



 リナンサエツグは妊娠できない。



 禁術を行い皇帝と九凶星を信じる王と家臣は皇女を作ったのだ。理想の皇女を。

 『リナンサエツグ』は名前を奪われ、『リナンサエツグ』が生まれた。


 赤子ながらスキルを扱うことができたリナンは処分されそうな時に必死に抵抗した。


 泣き叫ぶ生みの母と恐れを成す父。悪魔と罵られつつなんとかその場を切り抜けたが、人里遠くに封印されたのだった。

 女帝だけはリナンの身を案じ当時部下だったホウを送り込み、この場所を作った。


 それ以来リナンはここから出ることができない。歩けるようになり毎日出ようと試みるのだが結界に阻まれ、ホウに勘付かれ失敗するのだった。

 

 リナンは只々退屈だった。人も愛もない生活が。あっちと同じ自分の体が。












「そんなのひどいヨ!!!!」


 姫の話を聞き終わったジュアは涙を流しながら怒りをあらわにした。信じることができなかった。皇帝たちのその非道な行いを。娘を捨てたも同然だ。何も知らない赤子を殺そうとしたのだ。家族のために働く彼女からすればそれは悪行だ。家族の繋がりを捨てるなんて。


「姫さまは自分の親が誰かなのかもわかっていないのですが、きっと捨てられたことは分かっていることでしょう。せめて、コハカ様だけでも会わせてあげられたら……。姫さまを知っているのはこの世でコハカ様と私と、あなただけです……」


「……はい」


 ジュアにはとても想像できなかった。生まれた時から自分の周りには一人だけ。

 家族のことも知らない。友達もいない。育ててくれた人物と二人きり、結界の効果から考えて生物もいない本当の二人きりだ。


「姫さまは毎日結界の近くまで行って外に出ようとしていのです。あの強力な結界を前にして怯むこともなく気絶するまで向かって行くのです。……それを毎日助けに行くのです。あの方が外に……家族を探そうとしていることを止めるのです……」


 ホウは焦点の合わない目で上を見ながら消え入りそうな声でそう言う。

 もう一人では耐えられそうにないと誘いに来たとき彼女は言った。その日々を彼女は10年間続けたのだ。

 聞けばホウは未だに神殿で魔術研究の仕事をしているらしい。さらに活発になる姫のお世話を一人で同時にこなさなければならない。さすがに無理だろう。


「家政婦長!! 任せるヨ!! あなたの不在の時もワタシがちゃんと姫さまを守りますヨ!」


「わあ、有難うございます!! ……でもジュアさんひとついいですか?」


「はい! なんですか!」


「……ちゃんと魅了耐性スキル使ってくださいよ!? もし姫さまが可愛すぎても我を忘れて髪の匂いを吸ったり、体を洗う時に……」

「わああああ!? わかってるヨ!!!? 平気だからそんな殺気だしてこないでヨ!?」










「失礼いたします姫様」


「んあ? なによまだ全然明るいじゃないのよ。お休み」


「ちゃんと起こしておけと家政婦長より言われております。さあ起きてください」


 朝、ジュアが寝室に向かうと姫はまだ眠っていたようだ。昨日ある程度の仕事の内容を聞き、物の場所と部屋の場所も教えて貰い問題ないと判断されホウは仕事に向かった。

 今まで従者の仕事と神殿での仕事を掛け持ちしていたことはその仕事内容を聞いて驚いた。

 ほぼ全て姫のそばにいるようなものだ。体を分離させるスキルなど使っていたのだろうか。聞いたことがないが。

 この場所も分かっていないのでもしかしたら神殿の傍にあるのかもかもしれない。


「姫様、お風呂に入ってきてはどうですカ? 寝汗をかなりかいたようですし」


「別にいいわよ。ただオナってただけだし」


「おな?」


「ああ、……なんつったけ? 自慰してただけよ」


「!? ひっひひひひ姫様!? 何をなさっているので?! なんて汚いことをしているのですか!? おやめくださいヨ!!」


「なに? あんたしたことないの?」


「するわけないじゃないですか!! ……はやすぎませッ……はっ!!」


 ここまででジュアは姫にからかわれていると気づいた。ホウにも言われたばかりだ。

 姫さまは可愛いけどすごいからかってくると。誰の影響か下世話な話が大好きだと。この家には大量の書物がありそれを読んで育った姫さまはいろいろな知識を得たと。もちろん全部ホウの所有物である。


「結構ウブなのね。ヤってないわけじゃないでしょうに」


「いっ! いいから!! 朝ごはん食べるヨ!!!」

 顔を真っ赤にしながらジュアが叫ぶとやれやれと頭を振りながら姫は茶の間へ向かっていった。




 仕える身でありながらあまり壁を感じないとジュアは思った。食事もそうだ。この場所は少し大きな机があるだけの日本の食卓そのもの。床ではないが畳の主と同じ高さに座るなどど使用人の教育をしているものに知られたら叱られるだろう。

 眠そうな顔をしながらその主はジュアの作った汁物と煮物を食べていく。この場所は農作物しかないがその種類は豊富だった。井戸もすぐそばにある。本当にただ生きていくには困らない場所だった。


 この場所で生まれた時からずっと……。


 姫は自分が皇族であることを知らない。ホウによりそれらに関することは隠されているからだ。だから彼女にとっては自分のことを姫と呼ぶホウとジュアはおかしな存在だろう。ホウは彼女の育ての親で実の親は出掛けていると姫は聞かされているらしい。

 初めからいない家族とはどんなものなのだろう。大家族に囲まれていたジュアには理解できない。


「まさか自分と同い年の女の子に食事を作ってもらうなんてね……」

 汁を吸いながら姫が言う


「? ワタシもう14になるヨ?」


「……年下じゃん。ごめんごめんこっちの話。なんか十年生きた気がしないのよねぇ~」


 姫が時々おかしなことを言うのは聞いていたのでなんとか対応できた。ホウはそのことをとても気にしているようだった。知識の吸収も早い、それを活かす頭も持っているが時々狂うことがある。

 きっと姫にとっては普通のことなのだろうがはっきり言って聞いた話が異常だ。


 その際たる例が時々出てくる変な言葉だ。姫が最初に喋った時ホウはかなり怯えたらしい。それ以来その発作はおさまっていてはいるが時々変な言葉を発する。

 あとはお風呂が好きなことだろうか。スキルでこの国の人々は体を清潔にしてしまう。下手をすれば入るお湯の方が汚いのだ。だが彼女はわざわざお湯を木箱に溜めるものを作りそれに入る。一度それをホウが壊してしまった時は一週間口をきいてもらえず地獄だったと聞いた。


 姫がおかしい理由はもちろんわかっている。彼女には基準となるものが無いに等しいのだ。周りに存在するものはどれも無機質だ。生命と呼べるものがホウしかいないのだ。書物で知識があろうが精神的発達に乏しいのであろう。


「で? 結局あんたあたしのメイドなの?」


「めいど? はい従者として働かせてもらえることになりました。よろしくお願いします。改めましてジュア・フェインと申します」

 分からない単語があったが文脈から察して返事をする。


「はいはい。まあお金払ってんのあたしじゃないし。お好きにどうぞ。ゴチソーサン」

 食器を姫は持つと流しへ向かった。


「ちょっ!? ちょっと姫様私がやりますヨ!!! 家政婦長だってそう言ってるんじゃありませんカ!?」

 食器を姫から奪うように取るとジュアは流しへ慌てていく。


「んあ? 一緒に食器片付けてるけど? 嬉しそうよあいつ」


 ジュアはホウへの尊敬度をガクッと下げる。何をしているのだあの従者は。昨日の様子からして姫を大好きなのは分かっていたが仮にも女帝の部下だったものがそんなことを許してはいけない。


「今度からはワタシがやりますヨ。姫様はそんな事やらないで下さい」


「ふーん。まあいいけどね楽で。つーかいい加減聞きたいんだけどあたしの親あんたみたいな子雇うくらい金持ちなわけ? こんなジンジャみたいなとこなのに」


「申し訳ございませんワタシにはわかりません。家政婦長に雇われた身ですので」


「……あっそう。部屋で本読んでるから」


 その時の姫の横顔をジュアは忘れないだろう。無表情ながら少し寂しげなその顔を。







 姫のお世話は全く大変ではなかった。ジュアとしてはいろいろなタイプの主を想定した訓練をしていたので少し寂しくもあったが。

 ホウが仕事を掛け持ち出来ていたのも納得だ。まず姫は一日部屋に篭るか畑にいる。スキルを使い作物を育てる彼女にジュアは妹たちを思い浮かべた。皇族が農作業などと最初は止めようかと思ったが唯一の暇つぶしを取らないでと言われてしまえば何も言えない。しばらくすればジュアも手伝うようになり慣れてしまった。もう分担が決まっているくらいだ。

 不思議なことにホウに聞いていたような脱出を姫が図ることはなかった。


 一番大変なのは姫の湯浴みくらいだろうか。姫のお風呂は長い。最長で一日の四分の一は入っている。一緒に入ろうと誘われるがもちろん断る。そういう主従もいるにはいるがさすがにあの狭い浴室では肌を合わせてしまう。

 一番の理由としてはホウが怒り狂うからだ。帰って来る彼女は姫との入浴を楽しみにしており、二人の入った浴室からは楽しそうな会話が聞こえてくる。反対に入らなかったときはジュアが絡まれ酒の被害者となる。


 ジュアの思い描いていた主人と従者との関係や屋敷の生活とは違ったが、どちらのほうがいいかと聞かれればこちらを答えるだろう。まるで家ではだらける姉と生意気な妹が増えた気分だ。

 あの屋敷の丁度いい狭さが心地よかった。


 姫はホウやジュアに呆れながらもよく笑った。でもそのあとに必ず少し寂しそうな表情になるのだった。どこか色気のあるその雰囲気はとても儚い美しい。

 ジュアの視線に彼女は気づくとまた微笑むのだった。






 それは勤めて数ヶ月たった頃のことだ。畑で雑草を刈っていた姫はふと手を止め空を見上げた。


「ねえジュア。あんたここの外ってどうなってるか知ってるんでしょ?」


 ジュアも手を止める。姫を見る。

 またあの顔だ。


「……そうですヨ」


「あっちはこんなに静かなの? 昔の詩とか読むとさ、あちこちに鳥の鳴き声だとか町の喧騒が書いてあんのよ。海って何? 山って何? 男って何? 女って何? 両親って何?」


「…………」


「あたしあんたが来るまで外があるなんて信じられなかった。だって外出ようとすると眠くなるから。いつの間にか家にいる。この世はホウとあたしだけであとは全部死んじゃったんじゃないかって毎日不安だったの。だってそうでしょ? 帰ってこないんだもの!」


「……」


 いつも無愛想な儚い少女。初めて見せる弱気な部分にジュアは何と答えたらいいかわからなかった。


「あんたが来たとき嬉しかった!! 外はあるんだって!! 世界はここだけじゃないって!!

 でも……でもね……同時に分かっちゃったのよ……あたしの親は……」

「姫様!!」


 涙さえ流し始めたその年下の少女をジュアは抱きしめる。


「ワタシがいるヨ!! 家政婦長だって!!! ワタシは絶対に姫様を置いてかないです!!!」


 ジュアも涙を流し始める。もうここを辞める気なんてなかった。むしろここに来たことを運命だと思った。


「……あたし外に出たいよジュア……。出してよ!!! ここから出してよっ!!!!」


「姫様……」


 ただ抱きしめることしかできなかった。主の悩みを相談されることはそこそこの地位にいればあるだろう。そしてどう対処するかなどマニュアルに書いてあることだ。

 でもジュアにはどうすることもできなかった。


「ねえ助けてよ! 助けてよジュア!! あたしの侍女なんでしょ!?」


 主従などではなかった。いつの間にか家族となっていた。

 その悩みを、頼みを聞き流すことなどできなかったのだ。


「なんか言ってよ!!! ……うぅ、うわあああああああああああああああああっ!!!」


 心が軋む。何も言えないのだ。言ってはならぬのだ。

 なぜ彼女を閉じ込めるのか。なぜ両親は来ないのか。


 ただの傲慢な主ならばよかった。性格の悪いだけの豚ならばよかった。気軽に話しかけられる位置にいなければよかった。一緒に料理をしなければよかった。

 あの時、この少女の姿に心奪われなければよかった。



 涙で自分の服を濡らす少女の頭を撫でる。もし皇女であったならば出会うことができなかった。彼女の不幸と自分のなんてことのない不幸が奇妙に噛み合った結果だ。

 

 悲しげな瞳がこちらを見上げる。夕焼けがそこに反射しジュアの胸を焼く。



 ああ、なんということだろう。


 この感覚は持ってはならぬ。許されぬ心だ。尊敬を、憧れを超えてしまってはいけない。

 最初はその美しさに魅了され、次にはその境遇に哀れみを覚えさせられ、お世話を任せられれば程よく手を焼かせられ、そしてその心を打ち明けられ魂を掴まれる。




 その白い肌に吸い寄せられるようにジュアは姫の唇を奪った。












 間も無く日が落ちる。月が登る彼女の時間だ。ジュアはその唇を塞いでいた無様な自分の口を話すとその瞳を見た。

 

 全てを飲み込むような黒。穢れを知らぬ白。しかしその表情はとても妖艶で彼女の中で唯一の赤である唇は三日月のように歪んだ。


 ああ、もう逃れられないのだ。





 ――この少女は確かに悪魔だ。




 


 

 

 


  






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