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7話 F-1 茅沢 玲治

ひねくれた子です。

 M組3番 茅沢玲治 男 15歳


 誕生日5月4日 牡牛座 B型


 成績優秀。友人の数が非常に多い。その交友範囲は学校内外、性別、年齢関係なく広い。


 担任の平均評価「いつもグループの中心にいるみんなのリーダー的存在です」

 友人の平均評価「彼がいない時に限って問題が起こるので大切な存在」

 両親の平均評価「とても友達が多いらしいのですが家には連れてきません」








 裏・理事長ちゃんの日記 その6


 対象レイジ・カヤサワ


 ○月×日


 デス・ゲーム6組目。今回のグループはなかなか問題児が多いようですがどうでしょう。

 お? さっそく喧嘩ですねえ。あら、誰かなだめていますね。茅沢君ですか。サワヤカですね~。

 無事おさめてくれやがりましたけどどうするんですかね。仲良しこよしENDですか?


 ○月×2日


 まさかの全員死亡とは……って茅沢君? 生きていましたかどこにいたんでしょう? あなた以外一箇所で殺し合いをして全滅ですよ! おやそんなにおどろいていないようですね。

 ううむ、彼が勝者ですね。どうしましょうか合格ですかね? まあリプレイしますか、地球の時間操作なんて誰も禁止してませんし。


 ○月×3日


 これは驚きました。彼が喧嘩を抑えたのは最初の一回のみですね。それ以外の衝突は彼がいないところで必ず起こっています。いやはやこれはまたまた。

 彼逃げてますね。確実に予想しています。うむ。良い子ですね! 気に入りました!! おーけーおーけー。他の皆さんに比べれば積極性にかけますが十分な器持ってます。


 ここまで人間を嫌っている子は珍しいですね。
















 彼らは旅をしている。生まれた国も何処かで待つ家族もいない。他人との関わりもなく組織へ所属することもない旅する民だ。

 予言騒ぎも何のその。自由に気ままにその一団は馬車――引っ張るのは馬ではないが、を走らせるのだった。



「おおー、なんか空にあるぞ。綺麗だなあ」


 馬車を止め彼らは荷をおろしていた。今夜はここで休むのだ。

 その人数は大人から子供までで50人はいるだろうか。火を起こしているものと水を運ぶものいろいろな人がいる中の一人が空を見上げそんなことを言う。

 皆釣られ見上げると赤色の星が九つ輝いていた。


「ほんとだー。いいもの見れたよ。ん? お前ら何ビビってんだ?」


 女がそう聞くのは少し震えて空を見る狼のようなもの。この一団には人型以外にもたくさんの生き物たちがいた。

 それらは四足の犬型、猫型、馬型から鳥型、爬虫類のようなものまで大小様々だ。ここの人々は言葉以外でやり取りが可能で、家族同然にその者たちとも暮らしている。


 先ほどの女性の声を聞き周りを見ればほとんどが怯えているようだ。


「どうしたんだこいつら? また一人仲間が増えそうなこんなめでたい時に」


「そうだなあ。もう生まれるんか?」


 となりで慌てたように走る少女に男が聞く。


「そうだよ! ぼさっとしてないでお湯持ってきてよ!!」


 そう怒鳴られ男達は慌てて走り出す。

 今日、また一人子供が生まれるのだ。人型の子だ。他の場所でも人型以外のオスがメスに叱られているようだ。


「あの星たちもあの子の誕生を祝ってくれてるみたいだべ」

「グルル……」

「え? 違うんか? なんだべ」




 家ともなる大きな車から赤ん坊の鳴き声が聞こえてきた。どうやら無事に生まれてきたようだ。


「どうだ、カーメイ」


「団長。ええすごい可愛いです。ついに私も母親かあ……。ちょっとやめなさいポル! あんた抱っこできないでしょ!」


 その一団のリーダー的存在の男。彼がたった今生まれた子を抱く少女に調子を尋ねると、彼女は相棒の猫型とじゃれあい始めた。

 まだ若い彼女の出産は不安もあったがそれは杞憂に終わったようだ。


 彼女に夫はいない。彼女の妊娠を知った者達は怒ったのだが、相手に裏切られた彼女に庇われてしまうと何も言えなかった。

 少しだけ物の売買で寄った町で恋に落ちる者も少なくはないが、大体の者がそこに留まるか一緒にまた旅をするかを選ぶ。

 彼女は町に残ることを選んだのだが、相手の男には家庭があり結局のところ捨てられたのだ。彼女の相棒が追いついて知らせてくれなければ親子共々路頭に迷わせるところだった。


「ありがとうポル、あなたのおかげよ……」


 その猫を涙を流しながら彼女は抱きしめ、共に我が子を慈しむのだった。


 空も彼女に合わせるように九回泣いた。






 


「団長ー。レイン知らなーい?」


「知らんぞ。また後ろの方で本でも読んでるんじゃないか?」


「ホント私の子に思えないわ。本読むとか冗談じゃない。レイーーーン!!


 そう言いながらその女性は走って後ろの馬車の方へ行ってしまう。数年で彼女も立派な母親になった。もちろん、子育ての先輩方の助けを得てだが彼女は一人でなんとか頑張っていた。

 その息子のレインも今では10歳だ。物覚えも良かったので団員達は次々に面白がって知識を披露した。

 その次の日には逆にさらに知識を増やしたレインに驚かされることになるのだが。


 今日はそんな彼が共に生きていく相棒を人型以外の者たちから決める日だ。

 大抵の者は小さい頃から仲良くしてきたものと自然と親友以上の関係になるのだが、彼はあまり触れ合おうとはしていなかった。

 この一団の持つ特有の感覚「波覚」を持っていることは確かだ。彼らは波覚でモノの波長を感じることができる。それを使って言葉を話さぬ彼らと信頼関係を築いているのである。 


 馬車の速度は遅い。歩く速度と変わらない。周りでは子犬たちが仲良く走り回っている。鳥たちも自分の羽の手入れをし、狩りのない者も暇なので屋根のある所に乗り込み眠る。

 のんびり生きればいいのだ。今日でなくとも明日。それでもダメならまたその次の日だ。

 きっと彼にも良い相手ができるだろう。







 冗談ではない。やってられるか。


 彼、レイン――いやレイジは最後尾の車の屋根の上で空を見上げていた。


 彼にとって人の密度とは「毒」だった。

 薄ければまだ耐えられるのだが、その濃さが増すと息苦しくてとてもじゃないが立ってられなかった。

 

 そんなに偉そうなことは考えていない。ただ人の繋がりを見るのが人より得意だったということだ。


 それは友好や恋愛、崇拝、蔑み、さらには殺意――。その繋がりが、関係が気持ち悪かった。

 でもそんなことを言ってはいられないのがあの(・・)世の中だ。生きていく上で人とかかわらないなど不可能だ。ただ自分が毒に侵されていれば良い。そう思っていた。


 あのクラスに入るまでは。


 あそこにいたのは人間ではなかった。担任もクラスメイトも。誰もが他者との関係を持っていなかった。繋がりを完全にコントロールしていた。

 もう息を詰まらせることもなかった。デス・ゲームの時は自殺でもしようかとも思ったが、あれを耐えてよかった、あれらヒトモドキに出会えてよかったとそう思った。


 ――だというのに。そうだったというのに。


 ここの人々の持つ毒は色濃く強力だ。人も猫も犬も鳥も何もかもが繋がっている。とてつもなく太いモノで長く、強く。

 まだ地球の方がマシだったかもしれない。お金があればある程度一人だけで生活できる。現に将来はそう生きようと決めていた。


 あとまだ10年もある。そのあとも向こうで苦痛の時間が待っている。




 もう読み飽きた本を顔に乗せ寝る体勢に入る。

 すると、体に何か乗ってきた。見ると小さなヒョウのようなものが自分の上に乗っかり体を丸めていた。


「重いよポル……」


 母親の相棒である彼女はもうひとりの母親のようなものだ。人の知識だけでは足りないところは彼女に教えてもらった。もちろん感謝しているし、もちろん命をかけて守るだろうとも思っている。

 

「レイン! どこー?」


 生みの親もやってきた。せっかく父がいないというのに。

 母という(つながり)が二つある。そんな事実が彼に重くのしかかるのだった。









「こりゃあひでぇ……」


 誰かがそう呟いた。今旅団は進みを止めていた。前を走っていた狼型のコルフォン・ソッソゾート達が慌てて戻ってきたためである。

 彼らの報告を受けその場所へ向かえばそこは地獄だった。死体があちこちにあり、そのどれもが酷く破損していた。何百もの何十種類もの群れがそこで息絶えていたのだ。

 ラシューニューの南西部。カガラド地方と呼ばれるそこは未開の地が多く、生物達の争いも尋常ではないとは知っているが一度にこんな多くの、しかも他地方との境界線のあたりでここまでの虐殺があるとは思わなかった。

 悲しげな声を上げる獣たち。団長たちも悲しみや怨恨の波しか感じることしかできない。


 そこにカーメイとポルに連れられレインもやってきていた。

 辺りには血と肉と腐臭。彼にはそれはどうでもよかった。重要なのはこの惨事の原因だ。


「ねえ生きてる子はいないの? 探そうよ」


 皆がレインを見る。少しその瞳には驚きが見えるがそれもそうだとある者は走り、ある者は空から探す。


「僕も行ってくるよオカアサン達」


「こら待ちなさい! ポルついて行って!」

 任せろ、とポルは鳴きレインの後についていく。【速度:2】のスキルをポルに教えてもらい習得している彼にはカーメイは追いつけないのだ。

 あっという間に走り去る息子の後ろ姿を母は見守るのみだ。


 その殺戮の跡は何かとてつもない大きなものが通り過ぎたようだった。まさに蹂躙だ。

 その者にとっては何の気なくやっていたことなのだろう。


 だがその跡とはまた別のものがあった。おそらくは人間の使う武器だ。素材は分からないが剣や斧のようなものとその破片がいくつもあった。

 それらが傷つけていたものは銀色の毛を持つ巨大な犬型の生物だ。ポルに尋ねるとコルフォン・ムーンライトと呼ばれるコルフォン種の中でも知性があり誇り高いものらしい。

 それらが焼かれ、踏み潰され、切り裂かれている。数体、家族だろうか。


 レインは「荒野となった元草原では二つの争いがあった」と考えた。

 それは今この目の前にある人間達の死体で確定した。噛まれたあとがそこらじゅうにある。失血死だろう。

 ムーンライトとこの人間たちは争っていた。そしておそらくスキル持ちの彼らを焼き尽くすほどの巨大な何かが現れた。

 さらに進むと車輪の跡が見つかった。


「どうしよかポル。多分この人たち生きてるよ」


 その跡は森林地帯まで続いていた。


「ポルの方が早いだろうから誰か読んできてくれないかい? 事情を聞けるかも」

 少し迷っていたがポルはひと鳴きすると走っていった。


 「んー。先に接触しておく? いや、様子見だね」


 【変化:3:コルフォン】


 彼がスキルを使うとその体は金色の毛を持つ狼となった。波覚を持つ彼らはその波を感じることで物事を理解する。その波長を合わせることで彼らは波を発する生命に変身することが可能だ。

 その生命の波を感じたことがあるのが条件に入るのに加え、種族を変えることまでしかできない。その外見は個体によって違う。ランクが最高の4ともなればまた話が違うのだろうが。


 幸い匂いは消えていないようだ。この種族にならなければ分からないが、人の匂いを感じることができた。それと少しの別種の匂いも。


 それは先程のムーンライトの匂いだ。





 森の奥で一台の馬車が木に激突し転倒していた。それを引っ張っていたであろう馬は死んでいる。周りに人影はない。

 だがその近くの洞窟には数人の男とそれらに群がられている少女の姿があった。


「くそが!! なんだよあれは!? 聞いたことないぞあんな化物! ふざけるなとんだ貧乏くじだ! この責任どうとってくれんだよ?! 仲間がかなり殺られた! ムーンライトの群れにも苦労したのに!!!! なんだよあのでっけえヴォルクウラは?!!!」


「うるさい落ち着け。だから傷モノにはしたくなかったがそのガキをヤらせてやってるだろ」


 二人の男が話している。地面に座る男に大柄な男が怒鳴っていて、そのどちらも体のあちこちに火傷を負っている。


「チッ! すぐ壊れちまうよ。変化薬もこのために大量に買ったのに全部パァだ。結局捕まえられたのも一匹だけ。利益も出やしねえ」


 彼らの目線の先にはズボンを下ろしている男達とそれに無理矢理抱かれている銀髪の少女の姿があった。最初は声を荒げ泣き叫んでいた娘は今はもう抵抗すらしていない。その顔は無表情だ。

 うまく表情を作れないのだろう。なぜなら今の彼女の姿は本来のものではなく、変化スキルを強制発動させる薬によって人間に変えられたものだからだ。


 彼らはクレフラトロー。主に生物の研究をしている者たちからの依頼を受けている。今回の依頼はコルフォン・ムーンライトの捕獲と擬人化。

 金持ち達の間では最近ペットとして珍しい種族を飼うことが流行っていた。しかし、獣をそのまま飼うのは危険で、それらと致すくらいなら人の方がいい。かと言って珍しい種族の奴隷は高いし、非公式のモノも不安だ。そこで獣型を捕獲し擬人化させてしまうというのが流行った。

 彼等に舞い込んだその依頼もそれに違わずムーンライト、もしくはそれ並に珍しいカガラド地方の種の捕獲である。

 だが、一匹を捉えたあとにその群れに襲われ、さらには黒い化物に遭遇したのである。


「畜生が!! てめえのせいで! 仲間があっ!!! このっ!! このっ!!」

 銀の少女に群がる男達は恨み言を吐きながら彼女を傷つけ、その欲望をぶつける。その行為は半日ほど続いておりもう少しで皆落ち着くだろう。


 そんな汚れた波を感じ取る者たちが彼らを見つめていた。


 まず音もなく見張りの二人が息絶える。一頭が指示を出し他の者達が洞窟内に侵入する。その一番後ろには金色のモノとそれに寄り添うメスのコルフォンと猫型の姿があった。


「なんだ!?」


 男たちが洞窟の出口の方を見るとそこにはコルフォンの群れがいた。明らかに彼らを狙っている。


「ぎゃあああああああああっ!!」


 この地方で行われていた殺戮ではない。これは会ったことのない仲間を殺され、汚された彼らの復讐だった。

 洞窟には綺麗に急所を切られ絶命した男たちの姿だけが残るのだった。













 こういうのが大嫌いなんだよ僕は。


 男たちの会話は全部聞いていた。捕獲を依頼する奴も受ける奴も捕獲される奴も仲間を助けようとする奴もさらに強姦されてた奴を助けようとする奴ら。気分が悪い。

 見つけた僕は褒められた。お前が助けたのだと。ありがとうと。あの子がここら辺の最後の生き残りらしかった。まだ生きてた男達はここの人達に殺されたし。


 気持ちが悪い。




「オカアサン助けられた子の調子はどう?」


「……ま、まだ悪そうよ……」


 助けられた娘はひどく消耗していたようで今は医療車の中で安静にされている。


「……レイン? その……あんたは大丈夫?」 

 

「? うん」


「そう? ここ数日顔色が悪いから心配だったのよ」


 それポルにも何回も言われたよ。あの時自分が洞窟に行っていればって謝られた。なんでヒョウが無理矢理とは言え交尾見ただけで僕がショック受けると思うんだろうね。


「うーんそうかな? まあでも元気になった彼女は早く見たいよ」


 僕は笑う。これは本心だ。ただそのあとのことが予想出来るだけに気持ち悪い。


 彼女は心を開いていないらしい。まあそうだろうね。

 とても、気持ち悪いよ。


「取り敢えず会ってみてもいい?」


 ここから逃げて一人になろうかな。













 少女は何も考えていなかった。今感じることは体中が、特に下腹部が痛いこととお腹が空いたことくらいだ。

 今の体は昔のように前足を曲げることができないので少し苦労する。どの態勢で寝ればいいのかもわからない。何かを言ってくる肉がいる。1ヶ月に一度は食べていた肉に似ている。

 一度食べようとしたが爪も短く、顎も弱くなっていて殺せなかった。目の前で死んでいった同族に良く似た動物に止められ、また何か言われた気がしたが分からない。

 今は首に何か付けられその鎖が邪魔で移動も制限されている。声も出し方がわからない。感覚の何もかもが違った。


 皿に入れられている水を飲む。少女はとてもお腹がすいていた。




 最初に母に案内されその少女のいる部屋に入ったとき、レインは驚いた。予想外だった。

 首輪をはめられ硬い床に寝る少女。この旅団の人がこんな扱いをするとは思っていなかったのだ。


「オカアサンなんで彼女に首輪を?」


「……団長に噛み付いたのよ。近い種族の子が言っても何も聞いてくれなかったわ。それで……。私は反対したんだけど……。レイン、あんたはいろんな子と仲良く出来るでしょ……? もしかしたらあんたにはこの子の波を理解できるかもしれないと思って……どう?」

「うん! 僕彼女を相棒にするよ!」

「……え?」


 レインは性格の難しい子とも仲良くしている。その事をカーメイは知っていた。暴力的な子もレインが説得すると不思議と落ち着いた。

 それでも誰とも相棒になろうとレインはしなかった。


 相棒とは【契約】というスキルによりなる。このスキルをお互いに使うことで契約が完了し、離れた場所でも相手の気持ちが伝わってきたり、ランクが上がれば離れた場所から相棒の場所へ飛ぶことができるのだ。

 魔力量によるが基本的に一人と結ぶのが限界だ。その相手を選ぶのはたしかに迷うことだろう。

 だがレインは最初からそんなことを考えていないようだった。


 その息子が相棒を選んだ。


「でもこの子スキルの使い方が分からないだろうし、できるようになるまでは仮契約だね!」


 そういうことか。

 ちゃっかりした息子に呆れつつ団長に報告するべく部屋から出ようとするが釘を刺しておく。


「でもちゃんと面倒は見るのよ? 彼女のパートナーなんだから!」

「……はい」

 少し息子の笑顔が引きつっていたようだが気のせいだろう。


  








 肉が肉を持ってきてくれたと少女は思った。その肉は今の自分と同じ格好している。髪は金髪、目は赤い。自分は銀髪で青い目だと水に映った顔を見て知っていた。

 

 自分とは違う?


 そう思った。 


「はい。食べなよ。キミ僕の言葉分かる?」

 そう鳴かれるがよくわからない。置かれた肉を食べる。


「だよね。波からも疑問と空腹しか感じないや。災難だねキミも。結局あいつらに連れてかれたってここにいたって扱いは変わらないんだからね」


 そう言うレインの隣で少女は食べ続ける。


「知能と誇りとはなんだったんだ。キミ警戒心はないのかい? ……食欲かあ。ま、勝てないか」


 まあ少し精神に異常をきたしているのは確かだろう。本能と理性のバランスが狂っている。


「でも助かったよ。これでうるさく言われる心配もなくなった。よろしくパートナー!」


 そう言うと彼女の届かない位置に移動しレインは本を読み始める。

 すると突然部屋が揺れた。少女は驚き部屋の隅に行こうとするが鎖に引っ張られる。


「うぁ!? ああああっああああっぁぁあぁ!」


「大丈夫だよ。やっと出発したんだね。君のせいもあって遅れてたから」

 レイジはそれを無視して本を読み続ける。


「あああああうう! うあああっ!!」


 ここは良い。少なくとも毒がない。この少女は全てを失いなんの毒も持っていないのだから。


 レインは暴れる少女を無視し、男たちの言っていた黒龍について調べ始めるのだった。










 彼らはラシューニュー、カガラド地方の西部にある小さな町に来ていた。この地方で起こっている生物達のおかしな動きについて情報を得るためである。

 いろいろな種族たちが群れで大移動をしているのである。その動きは炎神カガラド山を中心として、そこから離れるようなものであることがその町の住人の話からわかった。

 ここからでもよく見えるほど大きいあの火山は富士山の倍ある。旧き神がいた時代に火の神の怒りで爆発したと言われているが今では落ち着いた火山だ。


「巨人達と連絡が取れない?」

「ああ、数年前から彼らの使いが来なくなった。あそこらへんは小さな噴火が多いから巻き込まれたのだろうかねえ」

「彼らがそんなことになるとは思えんが」

「あとは……そうだなあ。九凶星の日があっただろ? あの日あの山の方に星が落ちてったよ」


 彼らの会話を車の中からレインは聞いていた。音波を拾うことで木の壁の向こうくらいなら簡単に拾えるのだ。盗聴を気にしない彼らには呆れる。

 彼の座る木の上には大量の紙がある。それらの全てに彼の字で何かが大量に書かれていた。それらは全て日本語だ。


「んんー?」


「こら、メモを弄らないでくるかいギン」


 名前を付けることを強制されたレインはどうでもいい銀髪の少女にギンと名をつけた。毎日彼女に会いにいく彼を家族は微笑ましく思っている。

 あれから数週間が経ち、彼とギンは多少の意思の疎通をできるくらいにはなってしまった。理由は簡単で餌付けだ。


「あう、あう」


「僕の指は肉じゃないんだけど。いい加減邪魔だよ」


 ギンはレインが少し不機嫌になったことを感じ取ったのか彼の胡座をかく足の上に乗る。そしてそのまま落ち着く。

 レインはしばらく呆然としていたがやがて負けたよと首を振り降参し、そのまま考えにふける。



 取り敢えず嫌な予感しかしない。



 まず、この前のギンを発見したゴタゴタで知った黒龍の存在。調べたが黒い竜はヴォルクウラという種しか存在しない。

 確かに火を吐くこともあるがそれは殺すためのものではなく防衛手段らしい。あの焼き方をできるものではない。

 そして、何より空を飛んでいたことである。ヴォルクウラは平均体長15mであるがそのサイズの生物の歩いた跡がなかった。

 ヴォルクウラは飛行が得意ではないはずだ。


 このことからあの人間の男たちが話していたモノは本に載っていない新種だ。それも他の種族を簡単に絶滅させるほどの凶暴なものだろう。


 そして次に消えた巨人族。原因はいくつか考えつく。

 火山噴火による災害で住処を移動した。


 その黒龍が襲った。


 その両方。


 今思いつくのはこんなところだろうか。無視するレインに対してギンがなにか唸る。またそれを無視していると外からまた会話が聞こえる。


「やっぱり全部10年前の九凶星のせいだよ。そのあたりからだよ、ここら辺の生き物が荒れだしたの」


 九凶星とは何かをよくレインは知らないが、有名な預言者の残した終末の予言だとは知っている。

 その内容自体はどうでもよかったが、それが起こったのが10年前ということが気になった。


 予感が当たっていれば自分の誕生と同じになっているかもしれない。レインはそう考えた。M組の担任はそういう演出をやらないとも言い切れないからだ。

 不吉な子などと言われ捨てられなくてよかった。


(もし、他のみんなが僕と同じ日に誕生していたとしたら。もし例の黒龍が……)


 あの人外は言っていた。


 「ランダムです」と。



 レインは溜息をついた。それはとてもとても重いものだった。嫌な予感が予感ではなくなった。

 外の男達は話を続けているがもうその情報はいいだろう。


 あと気になったことといえばしばらく噴火していない火山だ。絶対に噴火すると、そう思った。こういう彼の予感は当たる。

 額に嫌な汗が流れる。


「う?」

 さすがにいつものレインとの違いを感じ取ったのかギンが彼の方を振り向く。


「いやあ、まあ安穏と暮らせるとは思ってなかったけどさ。どうしようかね」

 ギンの頭に手を載せ撫でる。彼女は少し目を瞑り気持ちよさそうにしている。レインとしては嫌がって離れてくれればよかったのだが。


 もし黒龍と言われているものがM組だとすればここまで生態系を荒らすのも分かる。そして誰なのかも大体絞り込める。

 ロノコやリョウ、ケンザン、リナンは記憶がないなどの異常がない限り静かに生きるだろう。動くとしても無駄に殺戮を繰り返したり、目立つようなことはしない。

 ヒオイチは逆に生物を従わせ、戦力を増やすだろう。

 残るは三人。ミサがもしなっていた場合襲うのは人型だ。暴走する子ではなく静かに虐殺を行うような子なので可能性はなくはないが除外。

 ここまでのことからナクニとナオの可能性が非常に高い。ナクニは嬉々として殺しを繰り返し、ナオはただ面白がっているだけでの可能性がある。

 どちらの可能性も捨てきれないがどっちにしろ録なことにはならない。この町を見れば両方襲ってくるだろう。それに加え、能力があれば火山を噴火させることもやってしまう。そんな人達だ。


 レイジは決断した。幸いこの世界は狩りさえできれば生きていけるし、通貨も必要ない。これから起こることに巻き込まれるのは御免だ。ついでにここの毒ともおさらばできるかもしれない。

 彼はメモ用紙をスキルで腐らせバラバラにした。そして部屋から出ようとする。


「……なんだい?」


 レインは立ち止まった。ギンが彼の服に噛み付き引っ張っているからだ。


「うう!」


「餌係を随分好いてくれるようだけど、今日の餌はもう終わりだよ。また明日ね」


「うあああああああああああああああああああっ!!! あああああああああああああ!!」


 ギンが吠えた。いや叫んだ。こんなことは初めてだったので驚くが、冷静に振りほどく。もう彼女は鎖に繋がているためこれ以上近づけない。


「あああああああああああっ! うううぅぅ……」


 鎖の音が部屋に響く。一体どうしたのだろうか。とても落ち着いている子なのに。


「レイン? どうしたの?」


 この車の医者がやって来る。しまった。時間をかけすぎてしまったようだ。仕方なく予定を変更する。


「いやなんだか彼女もずっとここに居るからかなりイライラしているようでさ。外に出せってうるさいんだ」


「うう!? ああああああああっ!!!?」


「そうなの? ……確かになにか怒っているわね。団長の許可を貰ってきてあげるから出してあげなさいよ。さすがに彼女の扱いは私もどうかと思っていたのよ」

 彼女の波を読みその医者が許可をくれた。ギンは少し呆然として黙ってしまう。


「ありがとう。ほら行こうかギン。……痛っ!?」


 ギンの鎖を外し近づくと腕を噛まれた。本気ではないが確実に歯の跡が残るだろう。


「平気? ……やっぱりやめといたほうがいいのかしら」

「いや平気だよ。ハハハ、このまま行くよ。彼女僕を噛むのが好きでね、いつものことさ」


 レインはギンをそのまま抱きしめ抱えて立ち上がる。体格差はギンの方が少し小さい程度なのだがその格好は男の子が頑張って女の子を抱き上げているように見える。


【変化:3:エンパラ・ドルコ】


「ぎゃうっ!」

 レインは医者から見えないように体の一部を麻痺性の毒を持つ種に変化させ、毒針をギンに刺した。

 ギンの力は抜け、そのままレインにもたれかかる。


「あら落ち着いたわね。仲のよろしいことで。夕方には戻ってきなさいよ」


「うん了解」




 もう二度と戻ってこないであろうその部屋、車、人々、家族。彼は一切それらに振り返ることなく町から出ていくのであった。












 人の気配がしなくなった場所で岩場にギンを下ろす。全くなんなんだ今日に限って。いつの間にか僕の感情が読めるようになったのだろうか。

 まあもう動けないだろうから関係ないか。


 出ていくことはもちろん前から考えていた。どこかの町の適当な女性に惚れたフリをしようとしたり、何かの事故に巻き込まれたふりをしたりとそんな方法を考えていたんだけど、全て無駄だったね。

 もしあの火山が噴火したらこの距離でも危ない。富士山の噴火では100キロ先にも火山灰の被害が及ぶという話だしね。あの大きさだ。


【変化:3:コルフォン】


 僕が変身できる中で一番早いのがこれだから仕方ないけど間に合うかなあ。食事なしの全力疾走でどこまで行けるかだ。


「あう……あ……!? ら……れ……れうぃん?」


 意識が戻っちゃったか。まあいいや。


【速度:2:オーバーブースト】


 魔力を追加して消費する全力疾走をする。銀髪の人間もどきはすぐ見えなくなった。バイクとか運転したことがないから分からないんだけど軽く時速200kmは超えるかな?スキルは便利だけど少し危険だね。


 ……後ろから気配がする。早いね。というかいつの間にスキル使えるようになったんだろう。


 追いつかれ横に並ばれる。青目銀毛のコルフォンだ。無理矢理変化スキルを追加された彼女はもちろんそのスキルを使える。人と狼の姿だけにしか成れない中途半端なものだが。

 半人のくせにちゃんと考えていたようだね。スキルを使えないふりをしていたのか、今急にできたのかはわからないけど。


 彼女がその速度で横から飛びかかってくる。それを避けると彼女はバランスを崩し速度を落とす。

 また速度を彼女は上げるが、今度は岩場を飛ぶように僕は移動しスキルでその足場を動かす。彼女は岩に少し体をぶつけ、速度が下がる。

 だがすぐに追いついてくる。岩場を抜け、草が邪魔してきて少し痛い草原を走る。

 泥がはねる湿地帯をさらに抜ける。彼女と僕には肉体的な差が有り、彼女は純粋な肉体能力で僕に追いついているのに対してこちらは魔力で補いスキルで対抗している。どちらがすごいかといえば彼女の方だろうけどお互いの体力が一緒なら先に息が切れるのは彼女の方だ。僕は体力と魔力を均等に使っているが彼女の場合は体力を全力で使っているからね。


「ゼハッ!!……グウルルル……ハアハア」


 数時間後、後ろでもはや波にすら力がない彼女の息遣いが聞こえてくる。


 一体何だって言うんだ? キミもどっか行けばいいじゃないか。せっかく全部リセットされたっていうのに。


 彼女の波、それは焦りと悲しみ。ホンの少しの怒り。


 ホントなんで好かれたんだろうね。

 肉を持っていったせいで? 毎日会いに行っていったから? 会話ができようができまいが話しかけ続けたから? 人間の体に慣れない彼女の下のお世話もやったから? 毎日体をスキルで洗ってあげたから? 暑そうな彼女を見かねてうちわで扇いであげたから? 時々何かを思い出し、恐怖の波を出していた彼女を落ち着かせてそのまま一緒に眠ったから?


 僕には分からないよ。



 その時地面が揺れた。いや、割れた。







 ぎん。


 そう彼女は呼ばれた。肉を持ってくる肉。今の自分と似たような匂いを持つけど違う存在。自分のことを呼んでいるのだと何回か言われて気付いた。

 目の前の存在は食事を持ってきたあとも近くにいて何かをしていた。眠くないときはその存在が気になって近づこうとするのだが首についたものが邪魔をする。煩わしくなり声を出すのだが存在はこちらに関心を払わない。こちらが諦めて眠り始めるとそれは話しかけてくる癖に。


 それまでは部屋のどこかしらで用を足していた彼女だが、ある日別の肉に何か言われたのか例のアイツが急に彼女の世話をし始めた。今まではなんの干渉もして来なかったのに今ではあちこちを触られるほどになった。


「ぎん。ここでおしっこはしちゃだめだよ。……ねえこれはさすがにぼくもやるひつようないんじゃない?」

「ぎん。きみもらしたでしょ。ほらぬいで。こら、にげないでよ。……こんなのくらすめいとにはしられたくないよ……」

「ぎん。きみいいかげんおぼえなよ。……まさかとはおもうけどわざとじゃないだろうね? このなみは……さすがにおこるよぼくも」


 また時が経つと体のお手入れをされた。


「ぎん。きいてくれるかい? ぼくは反対したんだよ。だってそうだろ? いくらコルフォンとは言え女の子の体を洗うだなんて……。まあ10歳じゃ近所のお姉さんとギリギリ一緒に入ったりもしたっけ。うわっ!? 頭を振らないでよぎん! ん? 嫉妬? はあ……」

「ぎん。ブラッシングっていうのかなこれ。まあ、そのブラッシング中に寝ちゃうのは構わないけどもう起きてるでしょ? おーい。意外と図太いねキミ……」


 いつしか彼もここで寝泊りするようになった。


「ギン。君の寝床はあっち。……確かにうるさい連中と会わなくていいけどさ。いいのかい君。別にパートナーとは言え仮なわけだし、他に友達でも探しに行ったらいいんじゃないかな?

 いたっ!? 蹴らないでよ、びっくりするなあ」

「ギン。震えているねどうしたんだい? 怖い夢でも見たのかな? 半人なのに。そんな怖い顔しないでよ。仕方ないよあんな毒喰らえばね。……そんなひっついていいの? 僕だってあの男達と同じ人間なんだよ?」


 いつの間にかギンの届く範囲にレインはいるようになった。


 

 だがある日、そんな彼が冷気をまとった顔で決意を固めたような顔をした。今見送ったらもう二度と会えないような気がした。

 ギンは必死に止めた。嫌だと、離れたくないと。


 彼女の育った群れでは周りのものに対する認識などリーダー、母、メス、オス、子供くらいしかなかった。別に彼女以外が攫われたとしても群れは一丸となって戦ったであろう。

 人間にされたあとにもなんの認識もなかった。あるのは痛みと不快感のみ。


 他者と自分の境界が曖昧な彼女には繋がりなどないも同然だったのだ。そう、彼と出会うまでは。名前を貰うまでは。話しかけられ触れ合うまでは。

 この不便な体になるまで感じなかったもの。





 後ろでは何かが爆発する音が響き渡り、今彼女が駆ける地面も大きく揺れている。空は灰色に染まり、命が燃えていく。

 絶対に彼を見逃したくはない。限界を超えて足を動かす。意識は朦朧としている。


 すると、視界が突然拓けた。目の前に広がるのは大量の水だ。見渡す限りの水だ。

 走りにくい肌色の砂の塊の上で彼を追いかける。そのとても大きな川の前で彼が急に止まり、こちらを振り返る。


「ギン。よくここまで追ってきたものだよ。いやあ噴火するとは思っていたけどあれはすごいね。破局噴火ってやつだろ? このあたりはもう住めないし大陸の環境も変わるね。

 でも君なら大丈夫だ。ここでお別れだよ。そのままの姿でのんびり暮らすもいいし、人の姿で生きてくのもいいんじゃないかな。可愛いから誰か拾ってくれるよ! じゃあね」


 彼は姿を変えてその大水に入っていく。ギンは泳げない。


【変化:3:アレマテト:ジュレイリィ】


 しかし彼女は迷いなく二本の足で走った。覚束無い足取りで波にまた押し返されそうになりながら必死に追いかけた。


「ああっ!! れうぃん!!! れうぃん!! れっ……!?」


 しばらくなんとか泳げていたが大きな波にさらわれ彼女は沈んだ。


 大噴火によって赤く染まった空を映す海も真っ赤に染まっていた。銀色の少女は沈んでいく。結局彼女の繋がりはここで切れるのだ。偶然、運命のいたずらで知ることになった感情。

 それも全て沈む。


 彼のことが大好きなだけの気持ち。














 ――ああ、やっぱり毒だ。





 この繋がり(どく)がやがて人を殺すのだ。


 善良な民は不幸な民を。


 汚れた鬼は純粋な小人を。






 沈んでいく銀色の毒を吸いながら金色はそう思うのだった。




 

 







 

 








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