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6話 E-1 源田 乾山

お調子者です。

 M組9番 源田乾山 男 15歳

 

 誕生日11月11日 蠍座 A型


 成績は余りよくない。部活動や委員会もやる気なし。放課後は不良仲間と遊び歩いている。


 担任の平均評価「家族との問題で少し荒れているようですが悪い子ではありません」

 友人の平均評価「親が金持ちらしいけどそのことを鼻にかけたりしない親友」

 両親の平均評価「特に言うことはありません」









 昔、言葉をすぐに喋ったり、なんでも一回でできるようになったら嫌われたことがある。

 お金をたかられそうになったことがある。女の子達が泣き始めたことがある。


 親の跡を継ぐのが嫌でそれに反抗しているというフリをしてみた。小学校に上がる前のことだ。


 するとどうだろう。世の中がすごく生きやすく感じた。












 この大陸に住む者は必ず「トロット」と呼ばれるものを持っておる。スキルや才能と言ったほうが分かり易いかもしれん。

 このことを最初に唱えたものは異国から来た男だったそうじゃ。

 人間だけではなく他の動物たちもこのトロットと呼ばれるものを持っていると男は語った。自分にはそれを確認するトロットがあることも。それを聞いた者は尋ねた。ならば自分のトロットはなにか、と。

 男は時間をかけその者のトロットを全て書き出した。そこに書いてあったものは尋ねたものが得意とすることや日々使う言語、名前やその家系図、果てには体力、精神力、魔力を数値化したモノさえあったいう。


 人々は驚いたと同時に恐怖した。当然だろう。この理論からすれば自分にできることとできないことがはっきりと分かってしまうからの。

 例えば料理のトロットを持っていないとしたら料理をすることができず、不運というトロットを持っていれば不運に苛まれ続けることになるのじゃ。

 だが男の一言でまた人々は驚いた。


 トロットは条件を満たせば手に入れることができる。


 これはある意味自然だといえばそうじゃった。学べば言語は習得でき、教われば泳ぐことができる。もちろん人によって手に入れられるものは違うともその男は言っておったが、人々はトロットを習得し始めた。

 【美貌】を手に入れれば異性を虜にし、【金運】のトロットを成長させれば大金持ちとなる。やがて世の中はこのトロットを基準として動くことになり、トロット主義者がジリベリデン帝国を立ち上げるまでになったのじゃ。


 そしてこのエーピア国もその流れを汲んでおる。トロットを確認する技術を開発し、人々は自身のトロットが刻まれたカードを所持しそれを身分証としているのじゃ。

 そのトロットは国が確認し、管理しているという話じゃが一体どこまで本当なのだかわからんの。


 やがてトロットという言葉が分かりやすく「ステータス」、「スキル」、「アビリティ」といくつかに分けられ呼ばれるようになるまで生きておる儂が、こんなことを考えておるのにはワケがある。


「魔女ジュンクレイル・バリエトタ。長年この城に仕えてくれたあなたにこんなことを言うのは非常に心苦しいが、……王家顧問魔術師長の職を降りていただく」


 儂は国王と大臣たちに呼び出されたかと思うとクビを言い渡されておった。わけがわからん。


「国王陛下。このような老婆を歩かせ呼び出したかと思えばそのような頓珍漢なことを言うときた。その理由を聞かせてもらえますかの? このわたくしめの教育が間違っていなければ理由も無しに世迷言をいうようなことはありますまい」


「なんたる無礼なもの言いだ」


 他の魔術師がそんなこと言う。当たり前じゃ。敬語など使う気もない。なるほど、こいつら何かしおったな。


「よい。余が幼少の頃より世話になった人だ。この程度無礼に入れていたら何度牢屋に入れることになったか分からん」


 言うようになったのう此奴。たった35の小童が。


「貴方には禁則スキルの習得の容疑がかかっている。それも複数だ。そのどれもが習得方法に殺人や強姦を要する禁止クラスA以上のものばかりだ」


「!!? 馬鹿な!!」


 トロット、いやスキルの種類は様々じゃ。その中には人を殺した数を条件に習得するというものや人を一瞬で壊してしまうような強力なものまである。それらを際限なく入手することを許していては混乱が起こるためこの国ではそれらのスキル習得を禁止し、誤って入手した場合でも罰則を与えている。

 そのスキルを儂が取っただと? 馬鹿も休み休み言え。


 自身を【調査:4】のスキルを使って確認するが禁則スキルなどどこにもない。戦時中に入手したものは予め報告し、認められているはずじゃ。新たに禁則スキルを手に入れる必要もない。 


「そんなもの儂はとっておらんのじゃが? おい! そこのもの! お主は確認のためにおるのじゃろう! さっさと確認してくれんか?」


 大臣たちの後ろに控える仕え魔達にそう提案する。護衛を任務とする奴らならば確認系のスキルは持っていて当然じゃ。

 ステータスを見られることを防ぐスキル【隠蔽:4】のランクを下げスキルまでの確認を許可する。


「国王様、ジュンクレイル様は禁則スキルを持っています!」

「こ、こちらでも確認できました!!」

「こちらでも」


「ああ、それは戦時中に取ってしまったものじゃ。習得日の一番新しいものは【料理】じゃろう? いやはや恥ずかしいのう」


「何をおっしゃっているのです。そのあとにスキルがあるではないですか」


「なんじゃと!!!!? 嘘を言うな!! 何をふざけておる!」


 一人の仕え魔に怒鳴る。何を言っておるのじゃ此奴らは。するとその前に立っていた者がこちらに顔を向ける。


「では魔術師長殿はこの者たちが嘘を言っているとおっしゃるわけですかな? 全員が言っているのですよ?」


「そうじゃよ情報大臣。おいお主達! 一体儂がなんのスキルを取ったというのじゃ!? 答えい!」


 そう言うと一斉に顔を逸らす三流共。舐めておるのか?


「ふぅむ、まあこうなった時のために私がいるわけですな。よろしいでしょうか陛下」


 国王が情報大臣の言葉に頷くと丸い宝石のはめられた石版を持ってくる。

 帝国時代より使われるステータスを調べて出力する装置、「オピスメーラ」じゃ。この国はこの装置を門などに配置することで防犯を強化しておる。

 その情報はこの大臣の担当する情報管理局が握ることになる……。


「よろしいですかな魔術師長殿? 手をこの石版に乗せてください。出力された板は初めに陛下に見てもらいます」


 いや、そんな馬鹿なことがあるはずがない。国の機関じゃろう? 建国から行ってきた我々の努力を、あやつの頑張りを踏みにじる気か?

 この国を見守るためにあ奴らを見送った儂の覚悟を無に帰す気か?


「ふむ。出たようですな。陛下、これを」


「……では見るぞ。……ジュンばあちゃん。この装置なら細工できないの分かる……よね」


 幼い頃より教師として接してきた生徒が何かを真剣な目で言ってくるがほとんど聞こえておらん。細工じゃと? ありえん。そうじゃありえんのじゃ。あれは古くから儂らを支えてきたものじゃ。

 あの装置を以てこの繁栄があったのじゃ。帝国も、この国も、この街も……。


「…………その魔女を捉えよ。なぜなんだ、ばあちゃん! 俺は信じたくなかった! だからこの場を設けたのに!! ふざけるなこの殺戮者め!! 【楽園の追放者:3】など一体いくつの外道を行えば習得できるのだ!!!!?」


 国王が吠えた。儂は頭が真っ白になった。


「……そんな……馬鹿な……。アレが細工されたというのか? オピスメーラが自在にコントロールされるなどあってはならん……!!。ガル、それは本物か!? 本物なのか?!」


「悪あがきはやめろ!! これは俺も生まれた時に使った王家の伝統のモノだっ!!」


「待ってくれガル! これは謀略じゃ! 儂はここ最近ずっと弟子とおった! 儂の弟子を! クリッドホンプを呼んでくれ!!」


「この期に及んで!!! さっさと捉えろ仕え魔ども! この重罪人を死刑にしろ!!」


 儂は無抵抗のまま拘束魔術で足の動きを制限され、魔力により生成された縄で拘束される。


「……私も非常に残念であります魔術師長殿。スキル研究の魔術分野でのあなたの貢献は素晴らしいものでしたから。その研究意欲が悪の道へ向いてしまったのはとても惜しい。その数々の禁則スキルは裁判の後に全力を持って消してあげましょう」


「なんじゃと!!!? やめろ!! それだけはやめてくれ!!!」


 スキルを消すことはできる。

 だがその方法は決して痛み無く終わるものではなく、スキルを全て失う(・・・・)


 ――何もできなくなる。



「裁判では儂の弟子に証言台に立ってもらうぞ! 絶対に儂は無実じゃ!!」


「……だそうですよクリッドホンプ・ヴォレット魔術師長補佐殿?」


 儂が振り向くとそこには愛弟子がいた。息を切らせて入ってきたところを見るに儂の異常を感じ取ったようじゃ。

 今年でまだ20の若輩者じゃがとても素晴らしいスキルを持ち努力家の此奴は、子供のいない儂にとっては息子のようなものじゃった。


「師匠……」


 クリッドは顔面蒼白で顔色が悪い。今罪人として連行されそうにしている儂を見れば当然か。だがこれで助かった。


「クリッドホンプ、国王命令だ!! この老婆のスキルを見てみろ!! 禁則スキルを3つとっているはずだ!!」


 アホめ。そんなに禁則スキルを取る暇があるなら弟子達の教育に専念するわ。


「まったくのう。おうあのバカタレに言ってやってくれんかクリッド。儂はなんの罪も犯しておらんとな」


『……ごめんなさい。……ごめんなさい師匠』



 え?



「陛下。報告します。魔女ジュンクレイル・バリエトタは……陛下の言う通り新たに三つの禁則スキルをを習得したようです。【楽園の追放者】、【堕落】、【悪魔の先導者】、全てランク3を超えています」


「な……何を言うておるクリッド……。儂の……儂の顔を見ておくれ……」


 嘘じゃ。うそじゃ。冗談じゃ。なぜ? どうやって? 誰が……?



 考えるんじゃ儂よ。いつも弟子に言っておることではないか。なるべくいつも落ち着いて。

 国王は怒り、弟子は瞳に涙を浮かべ、周りにいる者は――?




 ――全員笑っておった。






「国王陛下。もう裁判は必要ないのではないですか?」

「左様ですな。あの魔女はもう堕ちております改心などしないでしょう」

「もうこの国にはいらないでしょうな。補佐殿はその技術だけは受け継いだようですから、彼がすぐにその穴を埋めてくれるでしょう」



 拘束がきつくなる。なんなのだこれは? 私はあの人との約束のために。この国に仕えるために生きながらえてきたというのに……。どうして? 私が一体何をしたというの? カラ……。


「!? 拘束を解いた!? 仕え魔達よ攻撃しろ! 殺して構わん!」


 魔術が、私を陥れたスキルというものが私の体に傷を付ける。同時に私のしている指輪が光る。ああ、この魔術は敵の魔術・・・・、それも私が死ぬレベルにしか反応しないはずなのに。

 もう抵抗する気力も湧かない。為すがままだ。


 私は、儂は、建国以来王宮に住んでいた魔女は九凶星の光るこの日、エーピア国から姿を消したのだった。











 目の前にいた魔女が消えた。国王をはじめ大臣たちも驚きを隠せなかった。すぐに城中を探すがその姿は見つからない。城の外にも捜索範囲を広げようとしたとき、全ての者の動きが止まった。

 それらは全員空を見上げている。


「何をしている! あの魔女を捉えるのだ! おい! どこを見てい……る?」


 空に浮かぶ九つの星。あんなものは知らない。どの星よりも巨大で明るいそれらは赤く輝いている。


「……キャラメティ・ドーモスの予言か? 今日だったのか? あれは何だクリッド!」


「……分かりません。分かりません国王陛下……あれ……は」


「はっ!! ジュンなら何かしら予想を立てていたぞ! ……チッ! 大臣!! 手配書だ!! 国中に出せ!!! あの魔女を探すのだ!!」


 そう言って国王達は何処かへ行ってしまった。一人残されたクリッドホンプは空を見続ける。


 その表情は悲しみに満ち、手を握るその肩は震えている。

 思い出すのは母親よりも長い時間共に過ごした魔女の表情。誇り高い精神を持つ彼女の放った弱々しい声。


「師匠……ごめんなさい、ごめ……んなさい……?!」


 彼の謝罪の言葉と共に空に輝く凶星が堕ちた。全てだ。城中から悲鳴が上がる。城下町の方からも人々の騒ぐ声が聞こえてきた気がした。

 大予言者の残した終末を告げる九凶星。今の彼にはそれが当たっている気がした。


 少なくともこの国には当てはまるだろう。


 涙を彼は拭うと魔術師長としての初任務に向かうのだった。






 そこは古びた教会。かつて存在した女神信仰のために作られたものだ。今はもう使われることはない。


 冷たい雨の降る中とある女性が立っていた。年は20歳くらいだ。濡れた髪は緑色に淡く光り、その青い瞳はどこか濁っている。服装は少し華美で、ローブを羽織っているが彼女の体の凹凸が出てしまうくらいにはサイズが小さいようだ。その左胸にはここより西のとある王国の紋章が刻まれたバッジを付けていて、右手の指につけている指輪の宝石にはヒビが入っている。

 そして彼女の目の前には籠があった。木で編まれたその籠の大きさは両手で抱えることができるほどだ。

 そしてその中には生まれたばかりであろう赤子がいた。


 女性は膝をつき、その赤子を優しく抱きかかえる。そしてその顔をしばらく見つめ、呟いた。


「異性魂憑きか。お主もトロットによってこんな目に遭っておるのじゃよ? ははは、儂らは似たもの同士よのう」


 この大陸のほとんどの場所では生まれた子にオピスメーラを触らせ、そのステータスを確認する。その際に病気が見つかることも多い。すぐに医者に見せることでその殆どは何事もなく回復するのだ。

 しかし、その際に異種族の獣還りの部分を発見したり、障害が見つかることも多い。


 異性魂憑きとはオピスメーラにより性別を確認できるため見つかることのある異常で、肉体の性別と表示される性別に違いが見られる子をそう呼ぶ。

 その多くの子は性別違和を発症することが多く、子孫を残すことを必要とされる家ではこの子のように捨てられることが多いのだ。

 教会に預けられることもあるが、こんな誰もいない教会に置いていったのでは捨てたも同然だろう。ご丁寧に家系図や血の表示には高いランクの【隠蔽】と【虚偽】が掛けられている。


「こんなに愛らしいのに魂は男なのか? 不思議じゃのう。ん? なんじゃ?」


 その子が女性に手を伸ばす。女性がその手の先に人差し指を出すと、その指を強く握った。そして笑った。


「ははは、なんじゃ? おかしいかのう? いや、おかしいなぁ。おかしいのう。」


 その笑顔を見ていた女性は眉を顰め、声を震わせる。こんな子の人生すら奪ってしまうトロットを基準とした社会。その中心とも言える国で自分は何をしていたのか。

 見守るとはよく言ったものだ。何もしないのと同義ではないか。国の腐敗も弟子の異常も気づくことができなかったのだ。


 赤子が泣き出す。


「おおっ?! すまんのう! 寒かったかの?」


 【魔術:火:1:加熱】


「どうかのう?」


 女性が無言で集中すると、その手から暖かい色の火が現れ赤子を包む。その子は驚いたようだが、その火で女性があやすと心地よさを感じたようで眠り始めた。


「ふふふ……可愛いのう。お主このババアに育てられてみるか? 儂はもう疲れた。こんな見ず知らずの地で不自由な生活も悪くないと思うがどうじゃ?」



 誰の目も届かない古びた教会、冷たい雨の中に暖かな光が微かに灯っている。赤子は眠っているがその右手は女性の指を離すことはなかった。












 ケンザンは生まれたときすぐに思った。


 これは詰み、チェックメイトだと――。もちろん自分の人生の終わりへ、のだ。


 生まれたあとすぐに意識を持った彼だが、母親と父親の口論が聞こえた。言語はわからなかったが、何度も繰り返す単語から自分の性別のことだと気付き確認すると、肉体が女性になっていた。

 確かにあの未確認生物は転生先はランダムだと言っていた。だが性別もそうだとは思わなかった。


 父親は何やらケンザンを指差し怒鳴る。


 「これを現す代名詞、分からないおそらくBE動詞的ななにか、男。分からない単語が続く、おそらく女性を指す言葉」


 語尾に変化があったようだから何かを質問したようだ。それに対し母親は首を横に振り彼を抱え抵抗する。


(これ、やばくね? 捨てられる流れっしょ!)


 無理矢理父親はケンザンを母親から引き剥がすと馬車に放り投げ、どこかへ向かう。


 雨の中、産んでくれた人の悲鳴だけが後ろから聞こえた。



 ああ、死にそうだと籠の中で雲ばかりの空を見上げ思った。20年間生きたあとに成績をつけることになっているが、その前に死んだ場合どうなるかは聞いていなかった。

 いや、聞く必要がないと思った。多分、M組全員がそう思っていたことだろう。笑ってしまう。今自分はこんな絶体絶命だというのに。

 地球ではそれなりの企業の御曹司だというのに。あんまりではないか。確かに生まれた家はこちらで言う企業の社長のようなものなのだろう。

 しかし、なかなかどうしてうまくいかないものである。


 体温が下がり、目を閉じようか迷っていると近くの何かが光った。そしてそこに老婆が現れた。


 目を疑った。なんだあの技術は、是非とも持ち帰りたい。祖父や父親に自慢したい。必死にかすれた声を出し、アピールしようとするが雨の音が邪魔をする。


「……まさか、こんなことになるとはのう。取り敢えずこの姿ではまずいかの」


 その老婆が何か言ったかと思うとその姿が変わった。いや、若返ったようだ。白髪は緑の色を含み、曲がった腰は真っ直ぐに肌には張りが戻る。


 ケンザンは何も考えられないどころか、無心になった。呼吸すら止めていたかもしれない。

 絶対にあの技術は欲しい。あれをなんとかして地球に持っていけば我が社はいや、世界はとんでもない発展を迎えるはずだ。


(うおおおおおおおおおおっ!! 気付いてくれ!! 死んじゃうよ!!!)


「ん? 人の……追っ手か!? ……なんじゃ? ……?!」


 ケンザンは後ろにある教会の知らない神様に感謝した。この世界の神様も自分のことが好きらしい。


 優しく女性に抱きかかえられる。何かを言われるが、感情しか伝わってこない。取り敢えず営業スマイルを浮かべ、女性の指を掴む。死んでも離したくない。純粋にそんな思いだった。

 女性の手が発火し自分をその火が包んだ時は火葬されると恐怖し、この女は死神かとも思ったがもう体力がなかったようで限界だ。


 こちらの世界に来て初めて暖かみを感じ、それに少し安心するのだった。














「デュラウ!! デュラウグーノン!! いい加減起きるのじゃ!! 起きんかい!!」


【魔術:風:2】


 風が吹き荒れる。それは小型の竜巻となりデュラウのベッドに直撃した。三重にして包まっていた羽毛の掛け布団ごと巻き上げられ、天井にぶつかった後に彼女・・は落下した。


「ってえ!! ママ! その起こし方はやめろって言ってんしょいつも!!」


 落下した布団の塊から頭を抑え這い出て来て床に座る少女。年は見た限り10歳いかない位だろう。

 金髪金眼で前髪で右目は隠れている。髪の手入れはあまりしていない様で今も寝癖だらけだ。


 そんな彼女に対し額に青筋を浮かべた女性は料理に使っていたとみられるおたまを向け怒鳴った。 


「2回は普通に起こしたわ戯け! おなごが胡座をかくなと言うとるじゃろ!」


「は~い。うっせえババアだなあ……あっ! 待って痛い! 痛い! 虐待!! 虐待!?」


 緑色の髪の女性がおたまを振るうとデュラウは足を閉じ膝を真っ直ぐにし、長座体前屈の形になる。


「かったいのぅ。朝の運動じゃ。いやもうお昼か。朝の分も含めこのジュラウグーノンの愛情のたっぷり篭った料理を用意しておる。さっさと食わんか」


「……昼間からおもーい」


 これがこの森にある木造建ての小さな家での、ジュラウとデュラウの毎昼のやりとりだった。


 

 

 部屋は寝室とリビングしかないこの家はジュラウが時間をかけて増改築を繰り返したため形は少しいびつだ。外には洗濯物を干す竿が木の枝にかかっている。近くを川が流れ、熟した木の実を付ける木々と鳥達の優しい囁きも聞こえてくる。


「ふああぁ……。ねむ……」


 目を擦り、寝巻きのまま食卓に座るデュラウ。彼女の服はジュラウがどこかに持っていたお下がりだ。

 朝食兼昼食を見ると、今日のメニューは切られた果物、地球で言う柑橘系のものとこの山に住む草食の小型動物の肉を焼いたものを混ぜたスープだ。本当にこの母親は朝食の分も作っていたようで、2種類あるのだが。


「さっすが【料理:1】。素材の味を生かしたやつって感じですね……。ママ、何年ワシの食事作ってるんだっけ?」


 おかしい一人称を混ぜながらデュラウは聞く。味付けはどうしたという意味だ。不味いはずはないが、薄いのだ。彼女の母親の総合料理スキルのランクは1。全く上がっていない。毎日作っているのだが切る、焼く、煮るだけで得る経験値だけではもうランクアップの条件は達成できないのだ。


「これ! ちゃんとワタシと言わんか。もう10年近くになるかのう、早いもんじゃ」


 しみじみとそう言う彼女にデュラウは溜息をこぼす。一人称は母の真似をしているだけ、ということにしている。油断するとこの隠居暮らしの自分では知るはずのない男の使う一人称を言ってしまいそうになる時もあったが今では慣れた。日本と同じように様々な人称代名詞があるようで、彼女の今使っているものは発音は違うが感覚では「ワシ」なので地球に戻った時に苦労しそうだ。

 ジュラウの喋りやどこかから出される本で「言語スキル」も習得済みだ。スキルを習得した瞬間に全てを理解したのには驚いたが。


「へいへ~い。ワテクシもうお腹いっぱいでしてよ~。んなわけでご馳走様! 早く勉強しよ!」


「慌てるでない! その前におぬしは水でも浴びてこい。ついでに洗濯も頼むのじゃ」


「ちえっ! りょうか~い。よっと! よっしゃホールインワン!! いってきマース!」


「こりゃ!!」


 食べ終わったあとに食器を浮遊魔術で運び流しに落として、元気に走っていくデュラウに向かって怒鳴る。日に日にやんちゃになっていく娘を見るとジュラウはどうしようもない気分になる。

 異性魂憑き。障害とも呼べるそれを話すべきか彼女は迷っていた。もうそろそろ自分の性別に違和感を覚える時期のはずだ。いや他人を見たことがなく同年代の子と自分を比べることがなかったからこそこの年齢にして安定しているのではないだろうか。

 遅かれ早かれ確認スキルを得ることになればそのことに気づくだろう。


 恋こそしたことはあるものの子供など持ったことのないジュラウには子育ては苦労の連続だった。妊娠して一線を退く同僚を見てきたが今となっては納得できるというものだ。元・王家顧問魔術師長という肩書きなどなんの意味もなく、スキルも役には立つものの肝心なところでは無力だ。

 夜泣きに食事、下のお世話。動けるようになればすぐにどこかへ消える。その度にスキルをフル活用して必死に探し、幸せそうに眠る娘を見つけ安心する。

 言葉を覚え、歩けるようになればいたずらの嵐。好き嫌いを言い出したかと思えば反論してくるようになり、叱りつければ拗ねて家出する。そしていつもどこかで泣きながら膝を抱えているのだあの馬鹿娘は。

 そこに近づけば泣きはらした顔でこちらに気づき、満遍の笑顔で走って抱きついてくる。叱ろうと思ってるのに抱きしめることしかできなくなってしまう。卑怯者めと心の中で罵倒することはできた。


 ジュラウの誕生日を聞けば、お祝いすると言って食事を作ろうと娘は張り切った。食材集め、包丁を使ったり、火を起こしたり。危なっかしくて見ていられなくて手伝おうとすれば、 すっこんでてと言われる。

 完成した拙い料理は今まで食べた中で一番美味しかった。


 気がつけば10年だ。あっという間に時が過ぎた。あの子に出会う前の辛い出来事も、時間とともに悲しさは薄れ今ではあの娘の笑顔で幸せだといってもいい。

 魔女ジュンクレイルとしての自分のことを話すべきだろうか。本当は百を超える老婆なのだと伝えたらきっと目を丸くして大げさなリアクションを取るだろう。でも、本当の親ではないということを話すのはジュラウが耐えられそうにもなかった。


 外からは陽気で呑気な愛娘の気の抜ける鼻歌が聞こえてくる。


 ジュラウは少し笑うと食事の後片付けを始めるのだった。






 



 ガレム・メルトゲーレは数人の部下とともに森の中を歩いていた。その装備は詳しい人が見れば戦争にでも行くのかと疑いたくなってしまうものだ。

 彼らの顔には疲労が浮かび、数人は息も荒い。


「隊長。自分もう限界かもしれません」


 一人の部下が弱音を吐く。ほぼ二日不眠不休で絶食に近い状態だ。


「待て軍曹。水の、川の流れる気配がする。誰か霊覚で感じられるか」


「はっ。確かに水霊の集まりを1キロほど先に感じます」


「よし。喜べ貴様ら。水の女神様が俺らを癒してくれるようだ。そこで一旦落ち着くぞ」


 隊員たちは喜びの声を上げる。その足取りも少し軽くなったようだ。


「隊長。現在の我々の任務は意味があるものなのでしょうか。不満を持つものも多くいます」


 副隊長が小声で話しかけてくる。彼の部隊はとある者から依頼を受けそのために移動していた。

 彼らは依頼を受けてその報酬で暮らす何でも屋のようなものだ。「クレフラトロー」と呼ばれ、ファンタジーの好きな者たちからすれば冒険者といったほうがわかりやすいだろうか。彼らの受ける依頼の内容は傭兵の仕事に近いが。

 元々国軍に所属していてそこそこに実力もある彼らのもとに送られた来たその依頼の内容はとある人物の捜索と捕獲または殺害である。


「まだ手配書の出ていない凶悪犯の捜索。別に珍しくもないのではないか副隊長」


「確かにそうですが。名前も姿も分からない人物の捜索とはなんでしょうか。しかも極秘の」


 手配書とは国や個人が捜索を願う人物の情報が載せてあるもので、情報ギルドを通じて大陸中に掲示される。情報提供だけで報酬をもらえることもあればその殺害を求めるものまである。

 依頼主が取り下げるまで掲示され、1年掲載されるごとにその報酬金も上がる。10年経てば危険度自体も上昇し、報酬の桁が変わる。クレフラトロー達が最近必死に捜索しているものもいくつかあり、最近ではあと少しで10年経ちランクの変わるエーピア国直々に手配した魔女を皆血眼になって追っている。


 しかし彼らの追っているものは「悪魔笑い」と言われる謎の人物だ。

 ある日、ある東国の手練れの剣士が殺された。一人でいたところを狙われ、仲間が駆けつけた時には現場には死体があり、不気味な笑い声だけが響いていたそうである。

 このような事件が大陸の西へ東へとあちこちで起こったのだ。殺されるのは身元不明の異国の者や強力なスキルを持つ者、英雄の子孫など優秀なものばかりだ。

 その人物たちの周りの者は全員が彼らを殺す動機がない。親しいものが語るのは不気味な笑い声を聞いたということのみ。


 各国のもの好きはそれぞれ調査に乗り出した。今回の依頼者もそんな変わり者の一人で狂った人物だと聞いている。


「……最近の殺人事件を追っていった限り、未解決事件のものは多い。冤罪を含めればその数は数十件だろう。その殺害方法はバラバラで出没地点も予測できない。だがもしこれが同一犯ならばこの調査は重要なものになるだろう」


「……はっ」


 それに彼らも闇雲にこの森に入ったのではない。2週間ほど前にこの山の麓で天才だと言われていた魔術師の村の少年が殺されていたのだ。村の誰もが犯人に心当たりがなく、野盗にでも襲われたのかもしれないと言っていたがその少年の死体を見ればそうではないことがわかった。


「隊長見えてきました。小さいけど綺麗な川ですね」


「よし、休むぞ……っ!? 前方を確認しろ。 何かいるぞ」


 何人かが先に進み、望遠スキルで確認する。すると、全員が顔を逸らしたり前屈みになった。


「おい。報告しろ」


「……あの、隊長俺らは無実ですぜ?」

 一人が困りながらそんなことを言う。


「いいから言え。何が見えた」


「裸の美少女です! 天使かよ!」


「誰かそのアホを殴れ。ビオついてこい。近くで確認する。警戒は怠るな」


 今は状況が状況だ。悪魔笑いの可能性がないわけではない。そうして油断を誘っている可能性もある。ガレムが川の近くに行くと、その人物が見えてきた。気配を消す。


 それはまだ幼い少女だった。金髪の髪を濡らし何やら歌っている。膨らみかけた女性の象徴と下の方も丸見えだ。川の中で何やら洗っている。近くには布の入った籠があり鳥たちが止まっている。

 確かにバカが女神の水浴びと言うのも分からなくはない。その少女の笑顔と陽気な声は森と水の音と合わさりとても幻想的な風景を作り出していた。


 すると少女がこちらを向いた。気付かれたのか。退避しようとするが少女はその場から消えていた。


「ペルトガーハン!!」


 後ろから声がした。振り向くとさっきの少女だ。自分の格好を気にする事もなく明るい声でこちらに話しかけてくる。その表情は興味津々といったところだ。


「? ……アヌー・サマラフクルアーデ?」


 何やら少女は首を傾げる。言葉が通じないのを感じ取ったようだ。ガレムもある程度の言語を覚えているが母国語以外は最低限のレベルだ。流暢に喋ることはできないし、聞くこともあまり得意ではない。会話担当のものを連れてくれば良かったか。隣のビオも首を横に振っている。


「ああー……。ジュンテュク? クファ・フォンイエン? ギョッポサナッサ?! ううー!!」


 少女が興奮し始め、どんどん声が荒くなっていく。不機嫌になっている少女に苦笑することしかできない。ビオと視線が合うと肩をすくめる。

 不思議と警戒心はなくなっていた。


「バラザレッゾ!!? ……コンニチハ!!? 糞ガ!! どれデスか!!!? むきゃあああ!」


「「それだ」」


「えっ……?」


 おそらく色々な国の言葉で挨拶していたのであろう少女はその回数が20に届きそうな時に悪態をつき、奇しくもそれが彼等に通じるシャクエイ国のシャクエイ語であった。

 ちょっと気まずくなった彼女だがすぐに笑顔になったと思うとガレムに抱きついてきた。


「おおっ!! これがニンゲン!! ママ以外で初めてデスので!! 二人も、大量デス!」


 公用語になっているエーピア語を話せずここより遥か北の母国語を知っていることにも驚いたが、この少女は母親と二人でこの山奥に住んでいるようだ。


「君はずっとここに住んでいるのか? お母さんと二人で?」


「うん? そうデス!! 家アチラ!!」

 

 そう言って流れの急な上流の方を指差す。その方向の木々の間に目を凝らせば確かに木造の建物のようなものがあるようだ。


「あああっ!? 隊長が裸の幼女を抱いてる?! ずるいぞ!!」


 バカがこちらにやってきた。異常を感じ取ったところは優秀だがその言い草はなんだ。

 少女はそう言う男も興味津々に見ている。それを好意と見たのかその部下はニヤケ顔で話し始める。


「君名前は?! いやあ可愛いね! マジ天使だよ!」


「? 名前はデュラウ。ごめんね最後の方聞き取るナイです」


「片言フォオオオオオオオォォォウ!!!」


「!?」


 さすがにそのテンションには引いたようで少女はガレムに抱きつく力を強める。


「デュラウ。まずは服を着たほうがいいぞ。これだけの男には君のその体は毒だ」


「? オトコ? 服ぅ着る。待てデス」

 そう言うと再び少女が消えた。すぐに探すと川を挟んだ向こうで籠から服を取り出している。


「……隊長」


 さすがにバカも気付く。


「転換スキル、それも自身の位置を入れ替えるものらしい。……気になるなあの子の母親とやらが」


 少女は今度は川の中を走ってくる。その服は濡れていない。


「デュラウ。おじさんたちちょっと疲れていてね。休めるところを探してたんだ。

 あとお腹も空いていてね。ちょっとだけでいいから何か分けてくれないかい?」


「!? お腹減る苦しい! 家に食べ物いっぱいある休メ! 付いてきてくださいますせ!」


 少女の返事を聞き隊員たちは皆笑顔を浮かべる。


「ありがとう!」

「さっすが天使!! ありがとぉ~!」


 少女は籠を放置したままダレムの手を引っ張り家へ案内する。


「片言フォウさんはママの料理あげる。味しないヤツデスけどネ」


「ええっ!?」


 隊員たちが笑う。ガレムは付いてきていない残りの者たちにそのまま潜んでいるように手話でそれとなく伝え、この不思議な少女の母親の元へと向かう。

 先程少女が使ったスキルの習得方法など知る者は少ない。誰もが知っていたら馬など必要ない。この少女にそれを教えることができるほどの人物。

 悪魔笑いだという確証はない。だが確かめておく必要はある。そう思った。






 ジュラウは溜息をついた。あの娘は見つけたモノはなんでも興味を持ち拾ってくる。純粋に好奇心からだ。

 だが明らかに武装し、練度の高い男たちを拾ってくるとは。面倒なことになりそうだ。

 外界と関わらずに生きていくことは不可能ではあると思っていたが、まさかこんなに早くそうなることは予想していなかった。

 奥に進めば進むほどこの水神シャルフォルン山は穏やかなものになるが、その周りには少し油断すれば命を落とすような危険なものばかりあるのだ。こんな山奥まで一体彼らは何を探しに来たのか。

 準備はしてある。あとはあの馬鹿娘にどう説明するか。


 いや、もう全てを話す時なのかもしれない。きっとそう言う運命なのだ。


 もう一度溜息をつくと窓の外に見える娘の笑顔を見つめるのだった。















 

 



 人を支配するには何が必要だと思う?


 権力? 財力? 暴力? 正解でいいよ。


 だってそうじゃん。




 でもさそれって相手に不快感を与えるんだよね。屈する感覚って言うのかな? あっごめん、もちろんそう言うのがいいっていう人もいるかもしれないけどさ。

 

 駒を動かすとき重さを感じるのと勝手に動いてくれるのどっちがいい? 俺は断然動いてくれる方っしょ。

 いちいち抵抗されたんじゃ面倒だし。何度も動かせば結局動かせなくなっちゃう。


 だから俺は気持ちよく駒には動いてもらいたいんだよね。皆俺のこと親友って言ってくれる。

 いいよね。平和だよね。そいつら退学したけど。




 まあ何が言いたいかっていうと、君の周りって馬鹿いる? いたら気をつけた方がいいっしょ。

 例を出すと、ここシャルフォルン山って言うんだけどその周りに住んでる魔術師の人は特にね。


 支配してる人そっちで合ってる? どっちが支配されてるか考えたことないなら考えたほうがいいよ。


 馬鹿からの忠告っしょ。











 なーんて、俺馬鹿だから何が言いたいか分かんなくなっちゃったよ!!



 

 


 





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